2026-01-24

anond:20260124184217

この主張の核心は、「『甘え』は厳密な規範語ではなく、日常的な軽い評価なのだから、そこまで問題視するのは過剰だ」という点にある。だが、この理解こそが論理的破綻している。

まず、「甘え」は学術語ではない、という指摘自体は正しい。だがそれは免罪符にはならない。むしろ逆だ。日常であるからこそ、その言葉が実際に何をしているかを見なければならない。日常語の評価は、軽いから無害なのではない。説明なしで使えるからこそ、発言正当性を下げ、相手に応答のコストだけを押し付ける力を持つ。「配慮してないよね」「自分都合だよね」という圧縮表現は、まさにそのための言葉だ。圧縮されているということは、判断根拠が省略されているということでもある。

ここでこちらが言っているのは、「評価するな」ではない。「評価するなら、少なくとも評価として扱え」ということだ。「甘え」という言葉を使いながら、「これはただの感想から正当化不要だ」と言うのは、自分にだけ都合のいい二重基準である評価語として使いたいなら、それが評価であることを引き受けるべきだし、引き受けたくないなら、感情表明にとどめるべきだ。

次に、「義務が明文化されていなくても、空気が読めないと評価されるのは普通だ」という反論について。これも事実だが、論点はそこではない。問題にされているのは、評価存在することではなく、評価正当性根拠を持つかどうかである。「普通にそう言われている」「よくある」という事実は、「それが正しい」「それが妥当だ」という規範結論を一切導かない。慣習があることと、批判が免責されることは別問題だ。

また、「ケース依存で線引きできないから、雑に『甘え』と言われる余地がある」という主張は、論理的に完全に逆である。線引きができない、判断が分かれる行為からこそ、雑な評価語で処理することが最も不当になる。判断が難しい領域では、行為基準を丁寧に扱う必要があるのであって、人格姿勢を指す言葉一刀両断してよい理由にはならない。「難しいから雑でいい」という発想は、評価放棄しかない。

さらに、「『甘え』は人格否定ではなく行為評価だ」という点も成り立たない。なぜなら、「甘え」は行為のものではなく、行為の背後にある態度や性向を指す言葉からだ。「その行為は多すぎる」ではなく、「それは甘えだ」と言った瞬間、評価行為から主体へ滑っている。軽く使われていようが、日常的であろうが、その構造は変わらない。

そして、「評価批評まで説明を求めたら萎縮が起きる」という懸念について。これも誤解だ。説明を求めているのは、すべての発言ではない。説明を求められているのは、「相手正当性を下げる評価」を投げる行為だけだ。これは発言自由を狭める要求ではない。むしろ、「強い言葉を使うなら、その分の責任を引き受けろ」という、ごく当たり前の対称性を求めているだけである

最後に、「再投稿しただけで規範的に劣位に置くな、という主張は強すぎる」という点について。これは強すぎるのではなく、弱く、限定された主張だ。「評価するな」とは言っていない。「嫌がるな」とも言っていない。ただ、「再投稿という形式だけで、主体姿勢人格まで下げる理由にはならない」と言っているだけだ。周囲の主観存在することと、その主観正当化されることは同義ではない。

結論は変わらない。

投稿する自由はある。

嫌がられる自由もある。

「甘え」と言う自由もある。

だが、「甘え」という言葉を使って相手正当性を下げるなら、それは感想ではなく評価であり、評価である以上、批判に耐えなければならない。

それを「日常語だから」「よくあるから」「説明すると重くなるから」と免責しようとする態度こそが、実は一番、言葉を雑に使い、相手発言空間コントロールしている。

これは理想論ではない。

雑な評価で済ませてきた慣行のものを、評価対象に戻しているだけである

記事への反応 -
  • 「再投稿は甘えだ」と言う人間がいる。しかしこの言葉は、批評でも指摘でもなく、単なる思考停止の表明にすぎない。なぜならその発言は、再投稿という行為がどのような権利に基づ...

    • それって、前提からちょっとおかしいと思うんですけど。 「再投稿は甘えだ」と言う人が思考停止してる、って断定してますけど、まずその根拠が示されてないんですよね。 再投稿が...

      • 「再投稿は甘えだ」という批判は、一見すると穏健で現実的に見える。しかしこの言葉は、よく見ると、説明されない評価を相手に押し付けているだけで、論としては成立していない。 ...

        • その文章、すごく丁寧に書いてるんですけど、結局「評価と言うな、説明しろ」って言ってるだけなんですよね。 でもそれって、現実の言論空間の使われ方を無視してると思うんですよ...

          • この主張の核心は、「『甘え』は厳密な規範語ではなく、日常的な軽い評価なのだから、そこまで問題視するのは過剰だ」という点にある。だが、この理解こそが論理的に破綻している...

    • 「再投稿は甘え」と言う人権は無視なの?

      • 「『再投稿は甘え』と言う人権は無視なの?」という問いは、そもそも権利の取り違えから始まっている。 「甘えだ」と言う自由はある。だがそれは人権ではなく、単なる発言の自由に...

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