2001年に「IT基本法」(正式名称は「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」)が施行され、内閣官房に内閣総理大臣を本部長とする「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」、通称「IT戦略本部」ができてから9年がたった。当時は1990年代後半から続いたITバブルが崩壊した後で、非常に遅まきながら日本政府は「e-Japan戦略」という国家IT戦略を策定した。
昨年、民主党が政権交代を果たし、今年の6月22日、IT戦略本部は、「新たな情報通信技術戦略 工程表」、通称「新IT戦略の工程表」を策定している。新政権が誕生してから10カ月目のことだが、実際、野党時代の民主党には国家IT戦略というものがなかったので、この時間のかかり方も仕方がないのかもしれない。
民主党に国家IT戦略がなかったのも当然で、ITバブル以降、国民の目がITから離れてしまい、ITで票がとれる時代ではなくなったからだ。現実には、野党時代の民主党には明確な経済成長戦略すらなかったが、新IT戦略と歩調を合わせるように新成長戦略も策定された。タイミングから見ても、これは今年7月の参院選を睨んだものだったのは明らかだ(図1)。

では、なぜ民主党政権は、票にならないIT戦略の構築を急いだのだろうか。その答えも明確だ。現在日本の国家的課題は数多いが、一昨年のリーマンショック以来の不況を脱するためにも、また危機的な財政状況を打破するためにも、経済成長が必須であり、その経済成長にはITが必須なのが明確になっているからである。
ようやく成長戦略とIT戦略の重要性に気付いた民主党
平成22年版の情報通信白書によると、名目GDPで全体の9.6%しかない情報通信産業が、最近5年間の実質GDP成長に34%も寄与している。不況時でも一貫してプラスに貢献しているこの産業こそが、経済成長力の原動力となることは明らかなのだ(図2)。
単純計算では、情報通信産業が10.3%成長すれば、全体の名目GDPはその分1%増えるが、成長への寄与率が34%あるので、他の産業の成長にも寄与して全体でGDP3%成長が達成できることになる。
実は、経済成長にITが欠かせないことは主要国では常識となっている。民主党がよく政治モデルとして使う英国では、「デジタルブリテン」戦略を昨年に策定し、IT産業の成長加速化を明確に打ち出している。フランスでは2008年に「デジタルフランス2012」で、GDPに占めるITのシェアを6%から12%に倍増することを打ち出した。また、韓国では、2008年「ニューIT戦略」で、2012年までにIT産業を44%成長させることを明記している。さらに米国オバマ政権は「イノベーション戦略」を主要施策にし、スマートグリッドで巨大なITビジネスを創出させようとしているのは有名だ。つまり、日本は出遅れていたのだ。
かといって、ITバブルの時代と違って、パソコンやIT機器といったハードウエアがどんどん売れて、情報通信産業だけが成長する時代ではない。ソフトウエアやサービスといった国民の目にはほとんど映らない分野が情報通信産業を支えているのであり、成長のためには、ソフトウエアやサービスの対象となる成長市場が必要なのだ。
日本のGDPを実質と名目の間をとって500兆円とするならば、15兆円分の市場創出で3%成長ができる。つまり、ITを活用した成長市場を15兆円用意すれば、民主党政権の言う3%成長が可能なのだ。もちろん、持続的に3%成長を維持するためには、毎年15兆円以上の市場が創出されなければならない。新IT戦略工程表が発表された時に、マスコミが「ITで70兆円の市場創出」と騒いだのは、このような経済成長の論理が背景にあるからだ。
その成長市場を、今年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」では、環境、医療・福祉、アジア、観光・地域経済、科学技術・情報通信、雇用・人材、金融――の7つの戦略分野として定義している。
このように、国家IT戦略と経済成長戦略とは、切り離して考えることはできない。野党時代には明確な成長戦略もIT戦略もなかった民主党は、与党となり現実の壁にぶつかった。期待された事業仕分けは、人気だけはあったが、マニフェスト実現に必要な財源確保にはほとんど貢献しなかった。野党もメディアも国民もこの不況を何とかすべきだ、成長戦略が不可欠だと騒ぎ立て、民主党はようやく成長戦略と、それに欠かせぬIT戦略の重要性に気付いたように見える。
7月の参院選挙に向けて現実路線の戦略を打ち出してきたのは、このような政治的な背景もあるからだが、経緯はともかくとしても、せっかく作った新IT戦略は、ぜひとも工程表通りに実現してもらいたいものだ。それができなければ経済成長はおぼつかないばかりか、財政危機がさらに悪化していくことだろう。
インターフュージョンコンサルティング代表取締役会長
本文冒頭で「内閣府」としていたのは、正確には「内閣官房」です。お詫びして訂正 します。本文は修正済みです。[2010/08/18 14:30]