インドでは、インターネットの契約者数が7億人を突破するなど、デジタル化が着実に進んでいる。政府も社会全体の効率化を目指してデジタル化を推進しており、最近では医療分野のデジタル化に注力している。
スマートフォンによるインターネット利用の増加
インドでは近年、デジタル化が着実に進展している。インターネットの契約者数は2014年の2.7億人から2019年には7.2億人へと、5年間で4.5億人増加した。そのうち最低でも月1回利用するユーザーの数も、2019年に初めて5億人を突破した(Internet and Mobile Association of India調査)。インターネットへのアクセスのほとんどはスマートフォンで行われている。インドでは、安価な端末と世界最低水準にまで下がった携帯電話の通信料金に後押しされて、スマートフォンがここ数年で急速に普及し、それがインターネット利用者の増加にもつながっている。
インターネットの利用で最も多いのがソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、次いで音楽や映画の視聴など娯楽関連である。配車アプリは、自動車のタクシーだけでなくバイクタクシーやオートリクシャー(三輪タクシー)においても普及し、都市部を中心に日常的に利用されるようになっている。電子商取引(Eコマース)の利用も徐々に増えており、EC化率(小売売上高全体に占めるEコマースの割合)はいまや5%(India Brand Equity Foundation予測、2020年)と、日本の6.8%(経済産業省調査、2019年)に近づきつつある。
ただし、電子決済の普及はやや遅れ気味である。インターネット上の支払いではデビットカードや電子マネーなどの電子的な手段が主流になりつつあるものの、圧倒的に多い実店舗での支払いでは依然として現金が多くを占める。2016年に、政府による闇経済対策の一環で流通紙幣額の86%に相当する高額紙幣が廃止された直後は、現金不足から電子決済の利用が一時的に増加したものの、その後は揺り戻しが生じ、定着には至らなかった。中国のキャッシュレス化をけん引したQRコード決済がインドでも拡大しているとはいえ、これまでのところ中国でみられたような爆発的な伸びは示していない。
インドでは新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、長期間にわたり全土封鎖が実施されるなど、世界的にみても厳しい感染拡大策が講じられた。それに伴い、さまざまな分野でリアルの取引からオンラインへのシフトが加速しており、電子決済の利用も急増している。新型コロナの収束後もこの傾向が定着するかが注目される。
政府によるデジタル化の推進
一方、政府は社会全体の効率化を目指してインドのデジタル化を推進している。2015年にスタートした「デジタル・インディア」では、①全国民に対するデジタル・インフラの提供、②行政サービスのオンデマンドでの提供、③デジタル化による国民のエンパワーメント(力をつけること)、という三つの目標が掲げられた。
政府によるデジタル化の具体的な取り組みの一つが、「JAMトリニティ(三位一体)」事業である。低所得者にも銀行口座を開設してもらい(Jan Dhan Yojana)、それを国民ID(Aadhaar)と紐づけし、モバイル端末(Mobile)でアクセスできるようにする、という取り組みの頭文字をとったものである。社会保障給付金・補助金を受給者に直接給付することを目的とする。この事業のおかげで、新型コロナ対策として低所得の女性2億人に現金を給付する際、迅速に実施することができた。
政府が最近注力しているのが、インドの劣悪な医療状況を改善するための医療分野でのデジタル化である。その一環として打ち出されたのが、医療ID構想である(右表)。国民に医療IDを設定し、それを医療情報とリンクさせて、本人の同意のもと病院や医師と共有する、という仕組みである。まずは希望者のみを対象とし、6カ所の連邦直轄領で試験的に導入される。この構想は世界的にみても野心的なものであり、実現にはさまざまな課題があるものの、成功すれば国ベースで医療情報を電子的に共有する一つのモデルとなることが期待される。
膨らむビジネスチャンス
インドでデジタル化が進んでいるとはいえ、いまだ道半ばである。前述の通りインターネット契約者の絶対数は多いものの、人口100人当たりでみると54.3人にすぎない。しかも、地方では23.9人にとどまるなど、都市と地方の格差がいまだ大きい(前掲図)。EC化率においても、例えば中国の20.7%(中国商務省調査、2019年)を大幅に下回る。これらは裏を返せば、インドのデジタル化の余地が依然として大きく、今後もさまざまな分野でデジタル化が進むとともに、13億人の人口を背景に、取得可能なデータも爆発的に増えていくことを意味する。
インドの実体経済の低迷や新型コロナ禍にもかかわらず、今年に入ってアメリカをはじめ世界の有力IT企業がインドへの投資を加速させている。インドの地場IT企業への巨額の投資、デジタル・インフラの整備などのための大規模なファンドの立ち上げ、地場中小企業のデジタル化の支援、などの計画が相次いで発表された。この背景には、インドのデジタル化への期待に加えて、印中関係の悪化で、これまでインドで存在感の大きかった中国IT企業の活動が縮小し、新たなビジネスチャンスが生じることへの期待もあると推測される。インドのデジタル化の過程に深く関与することでその果実を得る機会が、従来以上に高まっているといえよう。
関連リンク
- 《アジアマンスリー2020年10月号》
・アジアマンスリー全文(PDF:1090 KB)
・デジタル化が進むインド
・脱「中国依存」は本当に進むのか