本当のアルスロンガ
2020年8月 『無言館』を訪れた
アルスロンガはアルスロンガ農園の名前として使ってきた。
アルスロンガとはラテン語で、
ARS LONGA VITA BREVIS
アルスロンガ、ウィータブレウィス
その意味は、
「芸術家の命は短く、その作品は永遠に残る。」
本当のアルスロンガを訪れた。
真夏8月の蒸し暑い午後だった。2020年8月5日の信州上田。
そこには『無言館』と呼ぶ小さな美術館がある。
上田市の森の丘にひっそりと建っていた。
(上田市郊外の小さな森の丘にひっそりと建っている。)
第二次世界大戦で戦没した画学生の慰霊のために作られた展示施設といえる。
そこで展示されている作品は全て彼等の遺作ばかりである。
「画学生は戦没したが、その作品は永遠に残る。」
本当のアルスロンガといえるだろう。
(『無言館』の入口。壁面はコンクリート打ちっ放しで無言だ。キリスト教教会のよう。)
館長である窪島誠一郎氏(作家水上勉氏の御子息)の言葉をそのまま引用させてもらった。出典は「https://mugonkan.jp」である。
あなたを知らない
遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺のこしたたった一枚の絵だ
あなたの絵は朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕灼やけ色
あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ
どうか恨まないでほしい
どうか咽なかないでほしい
愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく五十年も経ってたどりついたことを
どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを
遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻きざまれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ
窪島氏のこの素晴らしい言葉だけで『無言館』の解説は完璧である。
(絵画だけでなく、絵の道具や手紙などもあった。無言の空間だ。)
涙が出た。これは反戦のメッセージではない。戦後75年も過ぎて新型コロナで揺らぐ今の日本そして世界中の悲痛な叫び。これもやがて絵画の題材になるだろう。
(ある画学生は最愛の妻の裸婦像を描く。事実は違っていた。)
若者達が戦没するまでに残された貴重な生きる時間。画学生という才能があったからこそ最後まで絵筆を取ることができた。ある画学生は母親や妹の姿を描く。あるものは最愛の妻の裸婦像を描く。妻といつまでも抱き合って生きていきたかった。乳房は生々しく、大きな手と指は美しく描かれている。さぞかし無念だったろう。絵画は物語として永遠に語ってくれる。
裸婦像の顔は鼻筋のとおる面長美人。かなり緊張している。自分の妻の赤裸々な姿をよくまあここまで描けたものと感心していた。しかし間違っていた。
この裸婦像の絵学生(日高安典さん)は、アルバイトのモデルを描いたのだ。その事実は2020年8月9日NHK放送の特集番組によって明らかにされた。75年過ぎてモデルであった女性が名乗り出たのである。そして手紙を書いてよこした。番組では、窪島氏がみずからの言葉で80歳過ぎになったモデルの手紙を読んだ。せつない心情が伝わってきた。(私がテレビ放送から要約)
下北沢駅で待ち合わせました。・・・・
あの夏の日を忘れていません。・・・・・
私は絵に会いにとうとうやって来ました。
・・・・・・、
私は緊張していました・・・。
あまりにもの緊張で私がしゃがみこむと
安典さんは絵の具だらけの汚れた両手で
私を抱きしめてくれましたね・・・。
素晴らしい内容だった。このモデルは独身を通してきたという。彼女はどんな人生を過ごしたのだろうか。
(内部の展示場は真夏でも涼しい。静かだった。館内は撮影禁止。そこで絵葉書やパンフレットの写真を利用した。右の婦人像は実際の奥さんらしい。美人でまるでルノワールの絵。)
展示されているものは絵画だけでなく、絵の道具や手紙などもあった。遺作は未完のものも多く、それだけに画学生らが才能を花開かせる前に戦場で散った残念さを汲み取ることができる。どれもが素朴であるからなおさら深く感動させられた。
鹿児島知覧にある特攻平和会館とは全く違い反戦のメッセージを前面に出さず、すがすがしく心地よいアルスロンガだった。心からご冥福を祈り平和を誓った。
「武器は破片として残るが、芸術は永遠に輝いている。」
(キリスト教会のような天井に描かれたデッサンの遺品集)
なお、NHK日曜美術館で『無言館』が取り上げられた。
「無言館の扉 語り続ける戦没画学生」という題名。
2020年8月9日(日)午前9:00〜9:45に放送された。
再放送は2020年8月16日(日)午後8:00〜8:45である。
遺作の保存状態はどれもが良好。もちろん復元には莫大なお金が必要だった。現在も寄付金で運営されている。多くの支援者を待っている。
2020年8月5日は、実に感動したアルスロンガの夏だった。
『無言館』のWebサイトは下記の通りである。作品と談話など引用させてもらい心から感謝する。多数のみなさまが『無言館』を訪れることを希望したい。
追記
2022年8月27日、日本テレビ系番組「24時間テレビ」の中でスペシャルドラマ「無言館」が放送された。主演の窪島誠一郎役は浅野忠信が演じ、絵を集めることに協力する洋画家「野見山暁治」役は寺尾聰が演じた。さらに裸婦のモデル役は、壇ふみが演じた。なかなかの感動作であった。ドラマの監督「劇団ひとり」は、窪島さんたちが画学生の絵を集めようとした思い、絵を守り抜いてきた遺族の思いに焦点を当てたという。
なお、2022年8月15日の終戦記念日にも「無言館」の特集番組があり、吉永小百合の朗読と音楽、そして窪島誠一郎さんとの対談があった。
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