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    Berliner Mauer


     1969年の夏、リチャードという名前の青年がベルリンの壁を訪れた。
     ハーバード大学を出たばかりで、その年の夏休みをヨーロッパ旅行に当てていた。

     ベルリンの壁(Berliner Mauer)は、冷戦の真っ只中にあった1961年8月13日に東ドイツ(ドイツ民主共和国)政府によって建設された。
     リチャードは大学では物理学を学んだが、自分が複雑な東西関係のパワーゲームを分析するのに役に立ちそうな知識を持っていないことと考えた。
     しかし、とにかくベルリンの壁ができた年は知っていた。
     たったそれだけの知識から、リチャードは、ベルリンの壁が今後いつまで存在しているかを予測した。
     「ベルリンの壁は存続するのは、長くてあと24年だろう」
     リチャードは、この予測の精度があまり高くないことも知っていた。
     だが、まったく的外れのものでないことも分かっていた。
     
     1989年11月、ベルリンの壁は崩壊した。リチャードの予測から20年後の事だった。
     
     
     1993年、リチャードが書いたImplications of the Copernican principle for our future prospectsというエッセイが科学雑誌Nature誌のHypothesis欄に掲載された。
     その中でリチャードは、人類という種がこの先いつまで存続するかを計算して、最悪で20万年、最高で800万年という数字を示した。今度は信頼度は95%(間違う確率は5%)というものだった。
     もちろんリチャードがかつてベルリンの壁の前で行った推論を、いくらか科学者好みにアレンジしたものだった。
     
     
     リチャードのアイデアを理解するには、いくらか数学的作業が必要だが、利用するだけならすごぶる簡単である。
     現在までの存続期間がx年とすれば、
    ・50%の信頼度で予想される余命の最大値はxの3倍、最小値はxの1/3になる。
    ・60%の信頼度で予想される余命の最大値はxの4倍、最小値はxの1/4になる。
    ・95%の信頼度で予想される余命の最大値はxの39倍、最小値はxの1/39になる。


    ※これらの倍数は次のように計算する。

     いま検討している出来事が始まった時をTbegin、終わるときをTend、現在時をTnowとし、これらから次の式でrを計算する。
     r=(Tnow - Tbegin)/(Tend - Tbegin)
     このrは0<=r<=1の値をとりTnowが出来事の寿命の中でどこにいるかを示す。すなわち現在時が出来事の始まりと一致していればTnow=Tbeginからr=0となり、現在時が出来事の終わりと一致すればTnow=Tendからr=1となる。

    さて、
     信頼度50%の予想の場合、rの範囲は0.25 < r < 0.75であり、
     信頼度60%の予想の場合、rの範囲は0.2 < r < 0.8であり、
     信頼度95%の予想の場合、rの範囲は0.025 < r < 0.975である。 

     ここで出来事が始まってから今までの時間をTpast、今から出来事が終わるまでの時間をTfutureとすると、r=(Tnow - Tbegin)/(Tend - Tbegin)=Tpast/(Tpast+Tfuture)となるから、

     信頼度50%の予想の場合、0.25 < Tpast/(Tpast+Tfuture) < 0.75であるから1/3past < Tfuture < 3 past
     信頼度60%の予想の場合、rの範囲は0.2 < Tpast/(Tpast+Tfuture) < 0.8であるから、1/4 Tpast < Tfuture < 4 Tpast
     信頼度95%の予想の場合、rの範囲は0.025 < Tpast/(Tpast+Tfuture) < 0.975であるから、1/39 Tpast < Tfuture < 39 Tpast
    となる。




     信頼度によって予想の幅は増減するが、そこのところは議論の本質ではないので、最初のベルリンの壁の例で考えよう。
     リチャードはひとつの仮定を置いた。これを彼は「コペルニクス原理 Copernican principle」と呼んでいるのだが、これはコペルニクスによって人類にもたらされた知見、すなわち「人間は(我々は、そして私は)、この宇宙において何ら特別な存在ではない」というものである。
     今知られているのは、ベルリンの壁が1961年に作られたこと(つまり現在まで8年間存続していること)だけである。
     リチャードは、自分がベルリンを訪れたその時点はベルリンの壁が存在する期間の任意の時点であり、何か特別な時点ではないと考えた。
     ここで壁がつくられてから存続する期間を θ 年とおこう
     すると区間 [1961 + (θ/4), 1961 + (3θ/4)] の中に、リチャードが訪れている時点 (1961 + X )年が入る可能性が五分と五分、すなわち確率 50% であると考えた。
     壁がその時点 (1961 + X) 年から存続する期間は (θ - X) 年であるから、θ/4 ≤ X ≤ 3θ/4 より、次の不等式が導きだされる。



     すなわち壁を訪れた時点からその壁が存続する期間が築年数の 1/3 倍から 築年数 の 3 倍となる確率は50%となる。

     さてリチャードがベルリンの壁を訪れたのは築後8年目(X = 8)であった。
     したがっての壁の存続期間は、50% の確率(信頼度)では、 2 年 8ヶ月以上 24 年以下になる。
     これがリチャードが行った計算であった。



    Ferris, Timothy. (1999). How to Predict Everything. The New Yorker, July 12 1999. [online: http://www.newyorker.com/archive/1999/07/12/1999_07_12_035_TNY_LIBRY_000018591]

    Gott III, J. Richard. (1993). Implications of the Copernican principle for our future prospects. Nature 363, 315 - 319 (27 May 1993); doi:10.1038/363315a0

    Gott III, J. Richard. (1997). A grim reckoning. New Scientist, 36ó39, Nov. 15. [online: http://pthbb.org/manual/services/grim/][邦訳: サイアス (朝日新聞社), 1998 年 1 月, 78-79]


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