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2010.05.07
書誌オンチと岩波文庫という「毒麦」
今、あなたは、ある翻訳書を読んでいる。
何百年か前にヨーロッパのどこかで書かれた原典を、日本の学者が翻訳したものだ。
実は、その原典についていえば、古い本なので、他にも翻訳がある。
その手の本を読み馴れた人なら、あるいはその分野の業界にいる人なら、どの翻訳が読みやすいとか、どの翻訳はほとんど弟子が訳したものを師匠が訳したことにして出しているとか、○○先生はあんまりだけど(下訳をする)あそこの院生は優秀だから、といった事情を知っている。
しかし、自分が今読んでいる本に、他の翻訳があることを知らない人、あることは知っているが気にしない人、というのも意外に多い。
どんな訳でも、原典が一緒なんだから(いや、原典が違っていることだって、ままあるのだが)大した違いはないだろうと思っている人だって、少なくない。
今では、少し調べれば、たとえばネットでどこかの大きな図書館のOPAC(おぱっく・おーぱっく Online Public Access Catalog;図書館において公共利用に供されるオンライン蔵書目録のこと)を検索すれば、複数の翻訳が存在することも、具体的に、誰が訳した本が、どこの出版社から、何年に出版されているかまで、すぐにわかる。
そして、こちらがより重要だが、実際に、これも大きな図書館かどこかで、異なる翻訳を実際に比べてみれば、その違いは思っていた以上に大きいことも、一目瞭然だったりする。
極端な例だと、金子武蔵が訳したヘーゲル『精神の現象学』と、長谷川宏が訳した『精神現象学』なんかだと、本当にこれらは同じものを訳したものかと思うだろう(果たして日本語と言う同じ言語に訳したのかさえ疑わしい)。個人的な好き嫌いでいえば、金子武蔵は捨て難いのだが、それでも長谷川宏訳の読みやすさは認めざるを得ない。
山田 吉彦と林達夫が訳した『ファーブル昆虫記』と、奥本大三郎が訳した『ファーブル昆虫記』も(他にも『昆虫記』の翻訳はいろいろある)、かなり違う。
誤訳というのは、どんな翻訳にも付き物だが、繰り返し話題になるもののひとつに、アダム=スミスの『諸国民の富(国富論)』の翻訳がある。著名な学者が何人も翻訳しているのだが(近年では経済書の翻訳を守備範囲にする翻訳家の訳書がこれらに加わった)、誰かが訳す度に、難癖がつく。加えて従来の翻訳は、どれも決して読みやすいものではない。
古典といえば岩波文庫を無自覚に勧める人が未だにいるが(昔は他に翻訳が無いか、あってもどっこいどっこいの出来だったとか、岩波文庫が相対的に廉価であった、という事情はもちろんあるのだが)、この点で害毒をふりまいていると思う。
一般的に言って、他により新しい訳書がある場合は、岩波文庫以外をお勧めする。もちろん例外はつきものだし、岩波文庫自体、かつての翻訳調の古い訳文を取り替えて来ているのだからそこは認めなければならないが、一方で原書を隣に置いて時々参照することに最適化されているがごとき翻訳もまだまだ多く残っている。
しかし、どの訳がいいとか悪いとかは、本当は(1)自分で複数の翻訳書の存在に気付き、(2)それぞれを手に取ってみて自分で比べてみることで判断すべきだし、判断できるはすである。自分が読みにくいと感じるなら、それは自分にとって悪い翻訳なのだ。
多くの人が(1)の段階でけつまずいている。
OPACで検索し、書誌データをチェックすれば気付くこれらのことに気付かないままでいる(あるいは、そうした状態に置かれている)ことを、ビブリオグラフィカル・ブラインドネスなどとはさすがに呼びたくないから、「書誌オンチ」と仮に呼ぶことにしよう。
「書誌オンチ」は、すぐに治る。ネットにつなぐ環境があれば、どこかの図書館のOPACで検索する癖をつけるだけでいい。原書名が書誌データには入っているから、今度はその原書名で検索して、他にあるかもしれない翻訳書を根こそぎリストアップすればいい。
国立国会図書館蔵書検索・申込システムhttp://opac.ndl.go.jp/index.html
での手順を例示しよう。
(1)簡易検索窓のタイトル欄に「ファーブル昆虫記」と入力し、「検索」ボタンを押す。
(2)「書誌 一覧表示」という画面になって、「ファーブル昆虫記」をタイトルの一部にでも含むすべての図書がリストアップされる。結果件数: 和図書 137件である。
(3)表示を「出版年順」「逆順」(これで古い出版年のものからリストが並び変わる)「200件」として「再表示」ボタンを押そう。
(4)結果は下記の通り
1. ファブル昆虫記物語 / アンリ・ファーブル[他]. -- 婦人之友社, 昭和5. -- (フレンドライブラリー ; 3)
2. ファブル昆虫記. 第1巻 / 岩田豊雄. -- アルス, 昭和6
3. ファーブル昆虫記. 第9 / ファーブル[他]. -- 壮文社, 昭和21
4. ファブル昆虫記 / 平野威馬雄. -- 牧陽社, 昭和22
5. 少年少女のためのファーブル昆虫記. 下 / アンリ・ファーブル[他]. -- 東西文明社, 昭和29
6. 少年少女ファーブル昆虫記. 1 / ファーブル[他]. -- あかね書房, 昭和31
(中略)
132. ファーブル昆虫記. かみきりむし / ファーブル[他]. -- ひさかたチャイルド, 2008.5. -- (科学絵本ライブラリー)
133. ファーブル昆虫記. ぞうむし / ファーブル[他]. -- ひさかたチャイルド, 2008.6. -- (科学絵本ライブラリー)
134. 完訳ファーブル昆虫記. 第7巻 上 / ジャン=アンリ・ファーブル[他]. -- 集英社, 2009.3
135. ロボットで探る昆虫の脳と匂いの世界 / 神崎亮平. -- フレグランスジャーナル社, 2009.5. -- (香り選書 ; 10)
136. 完訳ファーブル昆虫記. 第7巻 下 / ジャン=アンリ・ファーブル[他]. -- 集英社, 2009.9
137. 完訳ファーブル昆虫記. 第8巻 上 / ジャン=アンリ・ファーブル[他]. -- 集英社, 2010.3
(5)リストの中から選んでクリックすると、「書誌 詳細表示」という画面になり、その一冊についての書誌情報が表示される。137冊目について、クリックし、書誌情報を表示させると以下の通り。奥本大三郎訳の『ファーブル昆虫記』の一冊であることがわかる。
書誌情報 和図書(137/137件目)
請求記号 RA531-J135
タイトル 完訳ファーブル昆虫記. 第8巻 上
責任表示 ジャン=アンリ・ファーブル著
責任表示 奥本大三郎訳
出版地 東京
出版者 集英社∥シュウエイシャ
出版年 2010.3
形態 359p ; 22cm
付属資料 12p : 月報 第15号
注記 原タイトル: Souvenirs entomologiques.
注記 文献あり
ISBN 978-4-08-131015-9
入手条件・定価 2800円
全国書誌番号 21726732
NS-MARC番号 110709600
個人著者標目 Fabre,Jean Henri (1823-1915)
個人著者標目 奥本, 大三郎 (1944-)∥オクモト,ダイサブロウ
普通件名 昆虫 -- フランス∥コンチュウ -- フランス
NDLC RA531
NDC(9) 486
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000010747546
何百年か前にヨーロッパのどこかで書かれた原典を、日本の学者が翻訳したものだ。
実は、その原典についていえば、古い本なので、他にも翻訳がある。
その手の本を読み馴れた人なら、あるいはその分野の業界にいる人なら、どの翻訳が読みやすいとか、どの翻訳はほとんど弟子が訳したものを師匠が訳したことにして出しているとか、○○先生はあんまりだけど(下訳をする)あそこの院生は優秀だから、といった事情を知っている。
しかし、自分が今読んでいる本に、他の翻訳があることを知らない人、あることは知っているが気にしない人、というのも意外に多い。
どんな訳でも、原典が一緒なんだから(いや、原典が違っていることだって、ままあるのだが)大した違いはないだろうと思っている人だって、少なくない。
今では、少し調べれば、たとえばネットでどこかの大きな図書館のOPAC(おぱっく・おーぱっく Online Public Access Catalog;図書館において公共利用に供されるオンライン蔵書目録のこと)を検索すれば、複数の翻訳が存在することも、具体的に、誰が訳した本が、どこの出版社から、何年に出版されているかまで、すぐにわかる。
そして、こちらがより重要だが、実際に、これも大きな図書館かどこかで、異なる翻訳を実際に比べてみれば、その違いは思っていた以上に大きいことも、一目瞭然だったりする。
極端な例だと、金子武蔵が訳したヘーゲル『精神の現象学』と、長谷川宏が訳した『精神現象学』なんかだと、本当にこれらは同じものを訳したものかと思うだろう(果たして日本語と言う同じ言語に訳したのかさえ疑わしい)。個人的な好き嫌いでいえば、金子武蔵は捨て難いのだが、それでも長谷川宏訳の読みやすさは認めざるを得ない。
山田 吉彦と林達夫が訳した『ファーブル昆虫記』と、奥本大三郎が訳した『ファーブル昆虫記』も(他にも『昆虫記』の翻訳はいろいろある)、かなり違う。
誤訳というのは、どんな翻訳にも付き物だが、繰り返し話題になるもののひとつに、アダム=スミスの『諸国民の富(国富論)』の翻訳がある。著名な学者が何人も翻訳しているのだが(近年では経済書の翻訳を守備範囲にする翻訳家の訳書がこれらに加わった)、誰かが訳す度に、難癖がつく。加えて従来の翻訳は、どれも決して読みやすいものではない。
古典といえば岩波文庫を無自覚に勧める人が未だにいるが(昔は他に翻訳が無いか、あってもどっこいどっこいの出来だったとか、岩波文庫が相対的に廉価であった、という事情はもちろんあるのだが)、この点で害毒をふりまいていると思う。
一般的に言って、他により新しい訳書がある場合は、岩波文庫以外をお勧めする。もちろん例外はつきものだし、岩波文庫自体、かつての翻訳調の古い訳文を取り替えて来ているのだからそこは認めなければならないが、一方で原書を隣に置いて時々参照することに最適化されているがごとき翻訳もまだまだ多く残っている。
しかし、どの訳がいいとか悪いとかは、本当は(1)自分で複数の翻訳書の存在に気付き、(2)それぞれを手に取ってみて自分で比べてみることで判断すべきだし、判断できるはすである。自分が読みにくいと感じるなら、それは自分にとって悪い翻訳なのだ。
多くの人が(1)の段階でけつまずいている。
OPACで検索し、書誌データをチェックすれば気付くこれらのことに気付かないままでいる(あるいは、そうした状態に置かれている)ことを、ビブリオグラフィカル・ブラインドネスなどとはさすがに呼びたくないから、「書誌オンチ」と仮に呼ぶことにしよう。
「書誌オンチ」は、すぐに治る。ネットにつなぐ環境があれば、どこかの図書館のOPACで検索する癖をつけるだけでいい。原書名が書誌データには入っているから、今度はその原書名で検索して、他にあるかもしれない翻訳書を根こそぎリストアップすればいい。
国立国会図書館蔵書検索・申込システムhttp://opac.ndl.go.jp/index.html
での手順を例示しよう。
(1)簡易検索窓のタイトル欄に「ファーブル昆虫記」と入力し、「検索」ボタンを押す。
(2)「書誌 一覧表示」という画面になって、「ファーブル昆虫記」をタイトルの一部にでも含むすべての図書がリストアップされる。結果件数: 和図書 137件である。
(3)表示を「出版年順」「逆順」(これで古い出版年のものからリストが並び変わる)「200件」として「再表示」ボタンを押そう。
(4)結果は下記の通り
1. ファブル昆虫記物語 / アンリ・ファーブル[他]. -- 婦人之友社, 昭和5. -- (フレンドライブラリー ; 3)
2. ファブル昆虫記. 第1巻 / 岩田豊雄. -- アルス, 昭和6
3. ファーブル昆虫記. 第9 / ファーブル[他]. -- 壮文社, 昭和21
4. ファブル昆虫記 / 平野威馬雄. -- 牧陽社, 昭和22
5. 少年少女のためのファーブル昆虫記. 下 / アンリ・ファーブル[他]. -- 東西文明社, 昭和29
6. 少年少女ファーブル昆虫記. 1 / ファーブル[他]. -- あかね書房, 昭和31
(中略)
132. ファーブル昆虫記. かみきりむし / ファーブル[他]. -- ひさかたチャイルド, 2008.5. -- (科学絵本ライブラリー)
133. ファーブル昆虫記. ぞうむし / ファーブル[他]. -- ひさかたチャイルド, 2008.6. -- (科学絵本ライブラリー)
134. 完訳ファーブル昆虫記. 第7巻 上 / ジャン=アンリ・ファーブル[他]. -- 集英社, 2009.3
135. ロボットで探る昆虫の脳と匂いの世界 / 神崎亮平. -- フレグランスジャーナル社, 2009.5. -- (香り選書 ; 10)
136. 完訳ファーブル昆虫記. 第7巻 下 / ジャン=アンリ・ファーブル[他]. -- 集英社, 2009.9
137. 完訳ファーブル昆虫記. 第8巻 上 / ジャン=アンリ・ファーブル[他]. -- 集英社, 2010.3
(5)リストの中から選んでクリックすると、「書誌 詳細表示」という画面になり、その一冊についての書誌情報が表示される。137冊目について、クリックし、書誌情報を表示させると以下の通り。奥本大三郎訳の『ファーブル昆虫記』の一冊であることがわかる。
書誌情報 和図書(137/137件目)
請求記号 RA531-J135
タイトル 完訳ファーブル昆虫記. 第8巻 上
責任表示 ジャン=アンリ・ファーブル著
責任表示 奥本大三郎訳
出版地 東京
出版者 集英社∥シュウエイシャ
出版年 2010.3
形態 359p ; 22cm
付属資料 12p : 月報 第15号
注記 原タイトル: Souvenirs entomologiques.
注記 文献あり
ISBN 978-4-08-131015-9
入手条件・定価 2800円
全国書誌番号 21726732
NS-MARC番号 110709600
個人著者標目 Fabre,Jean Henri (1823-1915)
個人著者標目 奥本, 大三郎 (1944-)∥オクモト,ダイサブロウ
普通件名 昆虫 -- フランス∥コンチュウ -- フランス
NDLC RA531
NDC(9) 486
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000010747546
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