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プログラマに向いている人、向いていない人。あるいはプログラムが完成するまでの障壁。

プログラミングを学ぶには 最近、某界隈ではプログラミングを学ぶためにプログラミングスクールが必要かどうかの話題で盛り上がっている。 数日遅れで自分なりに話題を消化できたので、ここに書き連ねていこうと思う。 プログラミングをやる前に行なうことが多すぎる プログラミングを学ぶ前には、 プログラミング環境 を整える必要がある。 そもそもの大前提として、 プログラミング環境 って何という話になる人がいるだろう。 もうこの時点で 9 割の人は脱落する(偏見)。 ここを自力で乗り越えることが出来る人は少数であろう。 歴戦の猛者の大半はプログラミング環境を自力で構築してきた人が殆どだと思う。 それを乗り越えられなかった人は、プログラミングスクールや大学や専門学校などで、この辺を学ぶかもしれない。 ドットインストール なんかは、この辺をかなり丁寧に教えてくれている。 この辺に たどり着ける 事ができた人はプログラミング適正があるといえる。 プログラミング中に行なうことが多すぎる (一応)プログラミング環境を整えたとしよう。例えば、コンパイラを用意したとか IDE のセットアップが終わったとか、環境変数を設定したなどである。 さあ、コードを書くぞと言ってコードを書き始めたは良いが、今度は大量のエラーとの格闘になる。 プログラムは書いたとおりに動くというのは至言であるが、実際にそのエラーを生み出した源である本人はそのエラーの意味をさっぱり理解できない。 プログラムの流れを追った所で、その流れすらも理解できない。 そのうち、IDE じゃなくてエディタが良いとか、あのライブラリよりこのライブラリが良いといった記事を読み出したりしたら、さあ大変。 デバッグを完全に終わらせることが出来なくなってしまう。 自分が理解できない現象に出くわした時、足を止めて考えることが出来るか。 プログラマにとって欠かせない素質の一つである。 足を止めて考えて、そして仮説を立てる。その仮説を検証する。 検証する際には、プログラムを書き直してみたり、入力データを変えてみたり、時間を変えてみたり、画面を変えてみたり、OS を変えてみたり色々する。 それをしてなお、仮説が駄目だった場合、潔くその仮説を捨てることが出来るか。 自分の仮説を大胆に捨てる。 プログラマにとって欠かせない素質の一つである。 ...

某マスクが届いた

アベノマスクが届いた 話題のアベノマスクが届いた。 本当に実装されていたのかどうか半信半疑であったが、どうやらしっかりと実装されていたようだ。 ここ数日の感染者数の激減に伴い、どうやら第一波を乗り切ったという所であろうか。 とはいえ、多くの人にとって、今回のコロナウイルスの影響の大きさは計り知れない。 実際、自分自身も働き方がガラッと変わってしまった。以前からリモートワークを一部で導入していたものの、全仕事をリモートワーク化する事は全く想定していなかった。 ある会社に関しては(なぜか)自分がリモートワーク関連のマニュアルやら設定やらをやるハメにもなったが、それはそれで良い経験になった。 いずにれせよ、自分が接している範囲に関してはフルリモートにせざるを得なくなったのは、僥倖と見るべきなのだろうか。 様々な仕事も色々と変えざるを得なくなった状態で、気がつけば3ヶ月以上が経過している。 緊急事態宣言が徐々に解除されつつある状況だが、予断は全く許されていない。 特に、東京のように人の密集度が高い地域ではそうだ。 どこかが決壊したら後はドミノ倒しのように何もかもが駄目になる可能性が高いと思っている。 そうならないかもしれないが、そうなる可能性のほうがずっと高いと私は見ている。 既に他国の失敗は散々ニュースとして入ってきている。 日本は幸いにして、様々な人が自重及び自衛した事により社会崩壊を既の所で食い止めることが出来たと私は認識している。 清潔さを愛する国民性や生活習慣が上手いことハマっただけで、今後はどうなるか全く分からないのは今の状況になっても変わっていない。 ちなみに、自分が毎週顔を出していた某ビルと某ビルと某ビルでは、階層は違うが、コロナ感染者が出ていたので、もしかしたら自分もワンチャンス罹患していた可能性があった。 そういう情報を得ているからこそ、今回のコロナ禍に関しては、ギリギリの所で踏みとどまる事が出来たという認識である。 自分もなるべく外出や買い物を控えて、色々と耐えてきた。 これから後数ヶ月耐えるようにと言われるかもしれない。 耐えるのは難しいかもしれない。 それでも、出来る限り外に出ないで過ごすことを努めたいと思っている。 それが、他者の命を救うことに繋がると確信しているので。 もちろん、自分の命も。

STAY HOMEのメリット

STAY HOME も悪くない 家にずっと引きこもる STAY HOME である。最近、海見に行きたいなとか、山行きたいなとか、バーベキューしたいなとか色々な欲求が出てきてるけれど、ずっと家に引きこもっている事の反動であり、実際に自由に動けるようになったとしても普段とさして変わらない活動をしている気がする。 さて、STAY HOME のメリットについて行くか書こう。 通勤がない 今まで移動にどれだけ時間を浪費していたのか改めて感じている。通勤は悪だし、無駄だ。 世の中通勤が無くなるだけで相当に HAPPY だと思う。 もちろん、どうしても出勤しなければならない世界もあるだろうが、人間らしく生きるためにはもっと出勤しなくても良い状況を作るべきだろう 料理作るのが楽しい 人間食べていかないと行けない。人間していますか。 料理を作ることは楽しい。時間的に余裕がないとあまり手の込んだ料理を作ることが出来ないが、今は料理にある程度時間を掛けることが出来る。 専業主婦って大変だけど、料理の腕が上がるの意味が良く分かった。 誰かと結婚して、無駄に上がった料理スキルを披露したい。 ハンコよさらば 自分の周囲だけかもしれないが、ハンコ文化が無くなりつつある。どうしても必要な書類は郵送なで送ってもらい、送り返すみたいな事はしているが、最近は電子署名で良いよねとか結構ラフに扱うようになってる。 そもそも、なんかの慣習でハンコを使ってただけで、多くの取引はメールと電話さえあれば大体済んでしまう事が分かった。 ビデオ会議の良さ ちょっと離席したい時とかは自分の意思で画面を消せるのが良いし、一人くらい離れていてもみんなそこまで気にしない。無駄な発言もぐっと減るし、会議時間も短いしと色々とメリットがある。 人間同士近いと様々な情報が入ってきたり思考が邪魔されたりするが、その辺をすっきり整理して話せるというのはめちゃくちゃ良い。 だけど、最近、ZOOM 調子が悪いんだよね。流石にそろそろさばききれなくなってきたのかな。 それまではあまり使われていなかったが、今回の出来事でデファクトスタンダード化してきてるの凄いと思う。 ブログ熱再開 気がついている人は気がついているだろうが、ここ最近ちょくちょくブログ更新しているのである。 しかも複数。 書く時間が増えたこともそうだが、考える...

思考誘導について

思考誘導 コロナに関連する事を書こうと思ったが、別のアイディアが思いついたので、そちらの話を書いていく。 読者の方々は引き続き、STAY HOME をお楽しみください。 さて、思考誘導についての話をしよう。 ミスディレクション という言葉を聞いたことがあるかもしれない。 マジックが好きな人ならば、聞いたことがあるだろう。 他にも、ミステリが好きな人や、黒子のバスケットが好きだった人ならピンと来たかもしれない。 多かれ少なかれ、人間というのは受け取った情報に何かしら反応をする。 この習性を利用して様々な方法で相手の視線や考えなどを 誘導 リード するのが、ミスディレクションと呼ばれる手法だ。 これを将棋で実現出来ないだろうかというのが今回の話の趣旨だ。 将棋というのは様々な定跡を元に様々な戦法が展開され、そして指されていく。 そして、未知の領域に到達してからが勝負みたいになっているのがここ数年の傾向である。 AI の登場により様々な定跡の可能性が潰されているが、それでも尚将棋に魅せられてやまない人たちは多い。 他ならぬ私自身もそうである。 将棋の全ての手を網羅すれば恐らく「究極の答え」としての 1 手が出てくるのだろうけれども、それはまだまだ先の話である事が分かってきたからだ。 現在の将棋 AI の限界すら見えつつある。というのも、結局の所今の将棋 AI だって読み込んでいる手数は有限であるため、限界があるのだ。 手数だけでなく局面だって有限だ。後は、その指向性が偏ってるか否か程度ある。 一方、人間は指向性が大幅に偏っているものの、読み込む手数と局面に関しては明らかに AI を超える場面がある。 近年目覚ましい手の一つとして、藤井聡太七段(2020 å¹´ 5 月現在)が指した 7七同飛成 は AI にすら読めなかった手の一つである。 特化した人間の読みの深さに関して、まだまだ機械は追いついてはいない。 コンピュータ選手権を見るとやねうら王エンジンが隆盛を極めているが、それもいつまで続くか分からない。これは、Bonanza が席巻していたのと同じ現象である。 つまり、今のコンピュータ将棋も一つの賢いエンジンが出るだけであっという間にまた一歩進んでいってしまう可能性を持っているという事だ。 そこで考えたのは、思考誘導である。 例えどれだけ能力の...