労働市場における技術的破壊

というNBER論文をサマーズらが上げている(H/T サマーズがRTしたNBERツイート、タイラー・コーエン。昨年10月時点のまとめ記事&WP*1)。原題は「Technological Disruption in the Labor Market」で、著者はDavid J. Deming、Christopher Ong、Lawrence H. Summers(いずれもハーバード大)。
以下はその要旨。

This paper explores past episodes of technological disruption in the US labor market, with the goal of learning lessons about the likely future impact of artificial intelligence (AI). We measure changes in the structure of the US labor market going back over a century. We find, perhaps surprisingly, that the pace of change has slowed over time. The years spanning 1990 to 2017 were less disruptive than any prior period we measure, going back to 1880. This comparative decline is not because the job market is stable today but rather because past changes were so profound. General-purpose technologies (GPTs) like steam power and electricity dramatically disrupted the twentieth-century labor market, but the changes took place over decades. We argue that AI could be a GPT on the scale of prior disruptive innovations, which means it is likely too early to assess its full impacts. Nonetheless, we present four indications that the pace of labor market change has accelerated recently, possibly due to technological change. First, the labor market is no longer polarizing— employment in low- and middle-paid occupations has declined, while highly paid employment has grown. Second, employment growth has stalled in low-paid service jobs. Third, the share of employment in STEM jobs has increased by more than 50 percent since 2010, fueled by growth in software and computer-related occupations. Fourth, retail sales employment has declined by 25 percent in the last decade, likely because of technological improvements in online retail. The post-pandemic labor market is changing very rapidly, and a key question is whether this faster pace of change will persist into the future.
(拙訳)
本稿は、人工知能(AI)により今後起きるであろうインパクトについての教訓を学ぶことを目的として、米労働市場における技術的破壊*2の過去のエピソードを調べた。我々は一世紀以上前に遡って、米労働市場の構造変化を測った。おそらく驚くべきことに、変化のペースは時間とともに鈍化していることを我々は見い出した。1990年から2017年に掛けての期間は、1880年まで遡って我々が測定したそれ以前のすべての期間に比べて破壊度が少なかった。この相対的な減少は今日の雇用市場が安定しているためではなく、過去の変化があまりにも根本的なものだったためである。蒸気動力や電力のような汎用技術は20世紀の労働市場を劇的に破壊したが、変化には数十年掛かった。AIは従前の破壊的イノベーションに並ぶ規模の汎用技術になり得るため、完全なインパクトを評価するのは時期尚早である可能性が高い、と我々は論じる。とは言うものの、おそらくは技術変化によって労働市場の変化のペースが最近加速した4つの兆候を我々は提示する。第一に、労働市場はもはや分極化していない。給与が低い、もしくは中程度の職の雇用が減少した一方で、高給与の雇用が伸びた。第二に、低給与のサービス業の雇用の伸びは停滞している。第三に、STEM職の雇用の比率は、ソフトウェアとコンピューター関連の職の伸びが支える形で、2010年以降5割以上増えた。第四に、おそらくはオンライン小売の技術進歩により、小売業の雇用は過去10年に25%低下した。コロナ禍後の労働市場は急速に変化しており、主要な問題は、この加速した変化のペースが今後も持続するのか、である。

自動化と二極化 - himaginary’s diaryで紹介した論文でアセモグルは、自動化は雇用と賃金の二極化をもたらした後、最終的には賃金の二極化ではなく技能プレミアムの単調な増加をもたらす、と論じたが、この論文によるとあるいは米国ではその最終フェーズに移行しつつあるのかもしれない。
「人手不足」は本当か?データからわかる現実とは 労働市場に低待遇で舞い戻ってくる人々の存在 | ニュース・リポート | 東洋経済オンラインでの斉藤誠氏の指摘によると、日本はマクロでは人手不足とは言えない、とのことだが、氏がそこで論じている非労働力人口と失業人口の間の行き来とは別に(あるいはそれと関連して)、業種ないし職種によって人手不足の状況が違うというまだら模様が日本の労働市場の現状を見えにくくしているように思われる。もし日本でも現在人手不足の業種・職種のうちとりわけ低賃金の職で自動化が進んだら、米国と同様に高賃金の雇用だけが伸びていく、という状況がはっきりしてくるのかもしれない。

*1:このサイトには昨年12月にアレックス・タバロックがリンクしている。

*2:cf. 破壊的技術 - Wikipedia。