自己実現的な金融危機

表題のProject Syndicate論説(原題は「Self-Fulfilling Financial Crises」)でデロングが、 Nicola GennaioliとAndrei Shleiferの以下の共著書を、2008年の金融危機を理解する上で読むべき第5の本、として推奨している*1。

A Crisis of Beliefs: Investor Psychology and Financial Fragility

A Crisis of Beliefs: Investor Psychology and Financial Fragility

本書が重要である理由としてデロングは以下の3点を挙げている。
  1. 過去10年は米国の住宅バブルの必然的な帰結という主張への優れた反論を提供
    • 多くの論者は依然としてバブル崩壊が金融危機の引き金になったと主張しているが、危機発生前にバブルは崩壊していた。
      • 2008年半ばまでに、住宅価格はファンダメンタルズ価格に戻っていた、ないし、むしろそれを下回っていた。住宅建設業界の雇用と生産もトレンドを遥かに下回るところまで低下していた。資産評価のリバランスと、部門間の経済資源の再割り当ては完了していた。
      • 確かにその先には、サブプライムローンや住宅担保貸付の焦げ付きという形で約7500億ドル相当の金融資産の損失が待っていた。しかしその額は、1987å¹´10月19日の7時間で世界の株式市場から失われた価値の4分の1に過ぎない。言い換えれば、世界の金融システムを沈めるほどの額ではなかった。2008年当時、当時のバーナンキFRB議長は、住宅価格の修正によって制御不能な金融危機がもたらされることはない、という自信を示しており、むしろインフレ上昇の危険に注目していた。
    • しかしそこで底が抜けた。ジェンナイオリ=シュライファーが示した理由は、人々の考えが変わったこと。
    • それによりシャドウ銀行システムでも非シャドウ銀行システムでも突如として取り付け騒ぎが発生し、投資家は資産の投げ売りに走った。彼らがシステムに見い出だしたリスクの増大は現実のものとなった。緊急治療室のトリアージナースよろしく、彼らは患者を素早く診断して、他の選択肢は無いとばかりにその初期診断で行動した。
    • しかし、こうした危機の発生は決して不可避では無かった。FRBが、潰すには大きすぎる金融機関を管理下に置き、自身が最後のリスク負担者となる、というコンティンジェンシープラン(不測の事態への対応策)を持っていたならば、世界は変わっていただろう。住宅バブルの不可避の結末だったと結論する論者と異なり、ジェンナイオリ=シュライファーはコンティンジェンシー(不測の事態)が危機ならびに危機後において果たした中心的な役割を認識している。

  2. 「考えの変化による危機」が人間心理に深く根差していることを示したこと
    • それが2008-2009年の惨事をもたらした。我々はそれから決して自由になることはないので、マクロプルーデンシャル政策や危機対応策は、それが例外的な偶然の出来事だと想定すべきではない。考えの変化による危機は、管理すべき慢性的な症状の顕在化なのである。
    • 従って、中銀や財政当局は、危機の終焉を、後退したりハンドルから手を離したりする言い訳にすべきではない。基本的な考えが恒久的に変わった時には、危機前に完全雇用、低インフレ、均衡成長を支えた政策の組み合わせが、危機後も効果を発揮すると期待すべきではない。また、直近の不況対策に必要とされた政策そのものが、次のキンドルバーガー過程(変化、楽観、熱狂、崩壊、恐慌、反動、信用不安)の種を蒔いているのである。

  3. 合理的期待を持つ代表的個人に代わる枠組みの提供
    • トリアージナースとしての投資家の枠組みは、経済学におけるモデル構築の一つの戦略として有望。


ここでデロングは、Gennaioli=Shleiferの考えを支持することにより、暗黙裡にここで紹介したクルーグマン=バーナンキ論争のバーナンキの側に立っている。
ちなみにここで触れたように、シュライファーはハーバード時代のデロングのルームメートであるが、今回の記事でもそのこと(および、彼が絶大な信頼を寄せる相手であること)を断っている。なお、両者の共通の師はサマーズであるが(cf. ここ)、そのサマーズも先月、本書の書評を書いている。David Warshの見立てでは、サマーズはクルーグマン=バーナンキ論争におけるクルーグマンの立場に近いことになるが、その書評でサマーズは、上のデロングの3つのポイントで言えば、その話に関わる第1点ではなく、専ら第2点と第3点に焦点を当てている(ただし第2点についてデロングが挙げた政策の具体論には立ち入っていない)。

*1:他の4冊は以下の通り(邦訳のあるものはそちらを表示):

熱狂、恐慌、崩壊 (原著第6版) 金融危機の歴史

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国家は破綻する――金融危機の800年

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シフト&ショック──次なる金融危機をいかに防ぐか

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Hall of Mirrors: The Great Depression, the Great Recession, and the Uses-and Misuses-of History

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