今後の経済学史研究で取り上げるべきテーマ

を経済学史家のBeatrice Cherrier*1が自ブログでウィッシュリストとしてリストアップしている(H/T Mostly Economics)。
以下はその6つのテーマ*2。

  1. 「基礎的な」論文と本の歴史
    • そうした基礎的な文献がどのように作成され、受け入れられ、広まってきたか、に注目すべき。個人的には、そうした仕事が著者の大枠の研究の中でどのように位置付けられるか、その成功は結論によるものかそれともモデル化のスタイルによるものか、それらのモデルが後に様々な形で使われるようになったのは著者の元々の意図にどの程度即しているのか、といった点に興味がある。
    • ジョージ・アカロフ(Georges Akerlof)のレモン論文(1970)
      • 経済学の歴史において最も引用された論文(2.5万回)の一つだが、引用パターンは要研究。
      • 3回リジェクトされたことは、著者の粘り強さを喧伝する材料になるとともに、先駆的な知識を涵養するためには科学分野の出版において根本的な改革が必要、という主張にもつながった。
      • コースの社会的費用問題論文というもう一つのアウトライアーとの比較も検討の価値があるかも。
      • しかしアカロフはまだアーカイブを公けにしていない。
    • ロバート・アクセルロッド(Robert Axelrod)の「The Evolution of Cooperation*3」(1984)
      • ゲーム理論+コンピュータ。
      • 生物学、哲学、経済学を変革した。
    • トーマス・シェリング(Thomas Schelling)の住み分け論文(1971)
      • エージェントベースモデルの発展や、ゲーム理論モデルをどんな目的のためにどのように構築すべきかについての経済学者の見解に影響を与えた。
      • Emrat Aydinonatが既に興味深い研究とインタビューを行っているが、まだやるべきことはある。
    • レオニード・ハーヴィッツ(Leonid Hurwicz)の情報効率性(1969)と資源割り当てメカニズム(1973)の論文
      • 下記のメカニズムデザインの項を参照。

  2. 分野の歴史
    • 今日の経済学者の大半は応用分野で仕事をしているが、その歴史は知られていない部分が多い。
    • 環境、労働、医療、輸送、国際経済についてはある程度研究が進み、開発経済学の歴史は次回のHOPE(History of Political Economy)コンファレンスのテーマとなっている。個人的には、都市、公共、農業の経済学とファイナンスに興味があるが、発展と変遷の完全な歴史を綴るスキルは未だ欠けているのが現状。

  3. ツールと手法の歴史
    • 双対性と応用ミクロ
      • 需要曲線、効用関数、コブ=ダグラス関数の歴史は知られているが、戦後の応用ミクロの発展のカギであった双対性技法の適用についての歴史は知られていない。これに関しては、50〜60年代のバークレーで研究され教えられていたことを深掘りし、ゴーマン(Gorman)を理解する必要がある。ミクロ計量経済学についても同様。
    • メカニズムデザイン
      • 腎臓市場や周波数オークションで政策担当者やIT企業にアピールし、経済学のイメージを塗り替えた。しかし体系的な学史研究は未だし。

  4. データベースとソフトウエアの歴史
    • ペンテーブル(Penn tables)
    • 所得の推移のパネルスタディ(Panel Study of Income Dynamics)
    • Dynare
      • (ブランシャールやポール・ローマーが最近議論の俎上に上げ、かつてほどの勢いは無くなった)DSGEの起源については多くの研究がなされたが、その普及と様々な利用者についてはそれほど研究されていない。Dynareの開発と普及を研究することは、「偉人の偉大な思想」ではなく「実務家」という観点を提供するだろう。

  5. 経済学者の歴史
    • ウィリアム・S・ヴィックリー(William S. Vickrey)
      • 戦後の応用ミクロの発展の中心人物だが、十分に研究されていない。彼の広範な研究対象が興味深い:公共経済学、税制、オークション、インセンティブ、情報、ゲーム理論、マクロ、等。
    • ピーター・ダイアモンド(Peter Diamond)
      • 経済理論は死につつある、という考えが広まっているが、それに対する最善の反例。自らが名乗る「応用理論家」の精鋭であり、公共経済学(最適税制)から労働経済学(サーチとマッチング)に至る様々な分野の理論的枠組みを再構成した。おそらくは70〜80年代で最も影響力のあった経済学者の一人。
    • ジュリアス・マーゴリス(Julius Margolis)
      • ヤコブ・マルシャク(Jacob Marschak)研究の延長線上。
    • 応用経済学者
      • イルマ・アデルマン(Irma Adelman)、ツヴィ・グリリカス(Zvi Griliches)、テッド・シュルツ(Ted Schultz)、マーク・ナーラブ(Marc Nerlove)、ナンシー・ラグルス(Nancy Ruggles)。女性比率が高いように思われるかもしれないが、40〜70年代の実証経済学には女性の研究者が多かった。ひょっとするとそれがこの分野の伝統が忘れ去られた一因かもしれない。80〜90年代に応用経済学の権威が上昇するにつれ、女性比率は低下したが、同様の傾向は計算機科学でも見られたという。
    • ケネス・アロー(Kenneth Arrow)
      • 説明不要。ただ、彼の全貌を明らかにするには、彼自身のアーカイブの資料だけでは不十分であり、同僚のアーカイブからの資料も集める必要があるが、それには費用が掛かる。
    • 編集者としての経済学者
      • Bernard Haley、Al Rees、Hugo Sonneschein、Orley Ashenfelter、等。彼らは良質かつ最新の経済学を形成する比類なき媒体を有していた。

  6. 場所の歴史
    • フェルドシュタインの下のNBER
    • 1970年代のノースウエスタン
      • メカニズムデザインと実験経済学
    • 1980年代のミネソタ
      • プレスコット、サージェント、シムズが並行して研究を進めた(前者は後者をからかって「don’t regress, progress(回帰するな、前進せよ)」という札をドアにぶら下げたとの由)。彼らは、セミナーや、ラース・ハンセン(Lars Hansen)やラリー・クリスティアーノ(Larry Christiano)やマーチン・アイケンバウム(Martin Eichenbaum)の学位審査会で顔を合わせた。
    • もう一つのシカゴ(ハーバーガー(Harberger)、シュルツ(Schultz)、グリリカス(Griliches)、チョウ(チャウ)(Chow))
    • 政府の部局
    • 1950年代のバークレー(上述参照)
    • (可能性は乏しいが)マイクロソフト、ゴールドマンサックス、グーグルでの経済学

*1:cf. ここで紹介したINETブログ記事。

*2:原文では項番3が重複している。

*3:邦訳:

つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで (Minerva21世紀ライブラリー)

つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで (Minerva21世紀ライブラリー)