右派にも‘表現の自由’を認めよ/高橋哲哉
ドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』の上映中止騒動の後日談だ。騒動以降、現在上映している映画館と上映予定映画館を合わせると30カ所近くになる。上映するという映画館は増えている。すでに上映を始めた東京、大阪、金沢などの映画館は、どこも観覧客でいっぱいで、立ち見も出るほどの大盛況だ。興行収入がすでに1000万円を超えたそうだ。
政治的圧力と疑われる行動をした国会議員や、映画館に上映中止の圧迫をかけた右翼たちの当てが完全に外れた形だ。上映中止騒動が最高の宣伝効果を発揮したようなものだ。
この映画に関連する新たな問題が起こりそうな兆候も見られる。‘日本会議’は日本最大の右派系組織だ。そこには右派系国会議員や地方議員たちの結集体もある。その中の一つである‘首都圏地方議員懇談会’が『靖国』の上映映画館に、映画『南京の真実-7人の死刑囚』の上映を提案したそうだ。3部作の予定である『南京の真実』の第1部に当たるこの映画は、今年完成試写会が開かれた。日中戦争当時、日本軍が犯した「南京大虐殺はでっちあげ」と主張する人たちが、南京大虐殺の惨状を扱ったアメリカや中国の映画に対抗して制作したものだ。「自虐史観に染まった歴史認識を打破」し、「南京攻略戦の正確な検証と真実を世界に伝達」することが製作意図だそうだ。
日本では天皇制や日本軍の戦争行為に対する‘表現の自由’が脅かされる傾向がある。しかし、右派側では自分たちこそ戦後の‘自虐史観’で表現の自由を抑圧されてきたと不平をもらしている。今回も『靖国』上映中止に抗議して‘表現の自由を守れ’という声明を発表した団体が、(太平洋戦争を起こした戦犯)東条英機を描いた映画『プライド-運命の瞬間』(1998年)について‘侵略戦争美化映画’として上映中止を求めたことを右派系論者は批判した。先にあげた‘地方議員懇談会’が『靖国』を上映するなら『南京の真実』にも上映の機会を与えることが表現の自由ではないかと言いたがるほどだ。
前回にも書いたように、自分の意見と違う‘政治的’意見に対して表現の自由を認めなければ表現の自由とは言えない。昔の日本の戦争を批判的に描いた映画であれ、美化した映画であれ、自由に上映できることが表現の自由の条件だ。そのような意味で、自分が見たときにどれほど‘馬鹿馬鹿しく’、‘不当で’、‘恥知らずな’作品であっても、その表現が抑圧されることに断固として反対しない限り、表現の自由を守ったとは言えないだろう。この部分でヨーロッパでは若干違う状況が存在する。ドイツやフランスなどでは、ナチやホロコースト(ユダヤ人大虐殺)のような最悪の事態を再び許容しないという理由で、反ユダヤ主義的主張や「ホロコーストはなかった」という類の主張を公然と表現した作品や言動は法的に禁止されている。そのような表現の自由は認められていないということだ。
日本でも民族差別や歴史修正主義的な主張(「南京大虐殺は嘘だった」など)を法的に禁止することに対する議論があるが、私には賛成しがたい。法的な禁止は、ヨーロッパで事実そのような傾向があるが、禁止された表現や言論の主体を‘権力により弾圧された犠牲者’に作り上げ、民主主義に対する不信を招きかねないからだ。民族差別や歴史修正主義が主張されるやいなや批判され、すぐに崩壊するような良識ある市民社会を形成していくことが何よりも重要だと思う。
高橋哲哉/東京大学教授・哲学