標的捜査、伝家の宝刀「取引の技術」
『ハンギョレ21』[2009.06.26第766号]
[特集1]「イ・ガンチョル、キム・ジェユンなどの捜査時に、免責の代価として関係者に虚偽陳述誘導疑惑」
民主党、国政調査の標的に
▣チェ・ソンジン
盧武鉉前大統領の逝去以降、政治報復や標的捜査に関する論争が収まる気配がない。李明博政権の下で、参与政府(盧武鉉政権)関係者に対する広範囲な内密調査や、「ホコリ叩き的な」検察の捜査が頻発したという疑惑だ。もちろん政治報復論争の核心は、盧前大統領に対する検察の捜査だ。パク・ヨンチャ泰光実業会長の税務調査ロビー疑惑究明に始まった検察の捜査は、盧前大統領の金品授受疑惑ばかりバタバタと叩いた。一方で現与党の税務調査もみ消し疑惑は手を出すこともできなかった。
»盧武鉉前大統領の逝去以降、政治報復論争が絶えることがない。盧前大統領の捜査など、参与政府関係者に対する捜査を進めてきた検察が論争の中心にいる。イ・インギュ大検察中央捜査部長が6月12日午後、ソウル瑞草洞の大検察記者室で「パク・ヨンチャ・ゲート」の捜査結果を発表している。写真=ハンギョレ/キム・ミョンジン記者
民主党は6月4日、「李明博政権の政治報復真相調査特別委員会」(真相特委)を結成し、李明博政権発足以降に行われた検察の政治報復に関する真相把握に立ち上がった。盧前大統領の側近に対する政治報復的捜査も調査の対象だ。真相特委が注目する事件は、イ・ガンチョル前青瓦台市民社会主席やキム・ジェユン議員、アン・ヒジョン最高委員などに対する検察の捜査だ。すべて政治報復的な標的捜査として国政調査が必要だというのが真相特委の主張だ。ここではその内容を整理した。
イ・ガンチョル青瓦台市民社会主席
参与政府関係者は、イ・ガンチョル前青瓦台市民社会主席に対する検察捜査を政治報復の代表事例としてあげている。イ前主席は、2004年の国会議員選挙と2005年の補欠選挙に出馬し、企業関係者などから不法政治資金を受け取った容疑(政治資金法違反)で3月13日に拘束された。大検察庁中央捜査部は、イ前主席が自分の政治資金を管理したノ某氏を通じて、合計3億1000万ウォン(約2360万円)の不法政治資金を受け取ったと見ている。事業家チョ某氏から2億1000万ウォン、チョ・ヨンジュKTF前社長から5000万ウォン、そしてキム・デジュン前斗山重工業社長とチョン・デグン前農協中央会会長からもそれぞれ2000万ウォンと1000万ウォンを受け取ったということだ。
イ前主席は、キム前社長とチョン前会長から3000万ウォンを受け取ったという事実は認めた。他の部分は法廷で真実を明らかにすることとしている。事業家チョ氏とチョKTF前社長から、直接金を受け取ったことはないというのが彼の主張だ。
イ前主席側は、検察の捜査過程を問題視している。実際に李明博政府発足以降、検察周辺ではイ前主席に対する各種の不正疑惑がしきりに提起された。しかし大部分は事実ではなかったり、根拠が曖昧なことが明らかになった。文字通り「~説」レベルの話に過ぎなかった。イ前主席は、今回の事件もこれらとあまり変わらないものと見ている。
例えばチョ・ヨンジュKTF前社長がイ前主席に渡したという5000万ウォンも、2008年の納品不正疑惑事件が明らかになったときにイ前主席を差し込んだようだった。イ前主席の側近、ノ某氏がこの金を選挙資金として受け取った事実が明らかになったが、イ前主席が直接受け取ったり、指示した事実は立証されなかった。
イ前主席の周辺の状況は、2009年2月から「異常に」狂ってきた。事件の関係者たちが、検察でイ前主席に不利な陳述を続々としはじめたのだ。イ前主席と親しい間柄として知られているチョ・ヨンジュKTF前社長は2月26日、ノ氏に金を渡した席にイ前主席の夫人、ファン某氏がいたと陳述を変えた。2008年に「ノ氏とだけ別個に会った」という自分の陳述と正面から衝突する内容だ。チョ前社長から選挙資金を受け取った席にファン氏がいたのなら、イ前主席は政治資金法関連の処罰を逃れることは難しくなる。
チョ前社長よりももっと極端な変身をした人物は、事業家のチョ某氏だ。参与政府時代から最近まで、政界の内外にコネを取り付けてきたチョ氏は、イ前主席の側近を自任してきた。イ前主席が検察に拘束される過程で、決定的な役割を果たした人物もやはりチョ氏だ。彼は検察で2004年4月の総選挙と2005年10月の大邱補欠選挙の際に、ノ氏を通じてイ前主席に1億5000万ウォンの選挙資金を渡したと陳述した。
»民主党の「李明博政権の政治報復真相調査特委」は、盧武鉉前大統領に対する過剰捜査疑惑や、参与政府および前政権関係者に対する政治報復的な標的捜査の疑惑があると主張している。左からイ・ガンチョル前青瓦台市民社会主席とキム・ヒョンミ前議員、キム・ジェユン議員、イ・ヒジョン最高委員。写真(左から)写真共同取材団、ハンギョレ/キム・テヒョン、カン・ジェフン、『ハンギョレ21』リュ・ウジョン記者
「盆暮れの付け届け」の金額を誇張してメディアに流す
民主党の真相特委とイ前主席が、検察の捜査を「標的捜査」、あるいは「政治報復」だと主張する理由はここにある。検察が参与政府の実情に通じたイ前主席を組み込むために、関係者の虚偽陳述を引き出したという疑惑があるということだ。イ前主席の弁護をしているイ・ジェファ弁護士は、「検察は捜査過程で事業家チョ氏の斡旋収賄容疑を捕捉したが、これに対して起訴はおろか立件さえしなかった」とし、「チョ氏が自分の斡旋収賄容疑や政治資金提供容疑を見逃す代価として、検察の望むとおりの陳述をしたという疑惑がある」と語った。イ弁護士は、検察の捜査過程で陳述を覆したチョ・ヨンジュ前社長も検察から追加起訴や追加捜査などの圧力を受けた可能性が高いと見ている。
検察はイ前主席を拘束し、彼が政治資金を不法に受け取っただけでなく、盆暮れの付け届けや運転手の月給まで後援者に代納させたと主張した。この部分についてイ前主席側は、事実関係を認めながらも検察が「言論プレイ」をしたと反発している。まず事業家のチョ氏が検察で陳述したという「盆暮れの付け届け」200個の場合、検察はこれを6000万ウォン(約460万円)相当だと主張した。しかしイ前主席側は、チョ氏が直接運営する食肉処理場で牛2頭を処理して配ったもので、検察が金額を水増しするためにこれをデパートの国産牛ギフトセットの価格で計算し、メディアに流したと不満をあらわにした。
やはり検察が2000万ウォン(約150万円)と計算し、容疑内容に盛り込んだ運転手の月給代納部分についても、イ前主席側では手口が汚いという反応だ。イ前主席の側近は、「青瓦台市民社会主席を辞めた後、車もない彼のために後援者たちが少しずつ金を出し合って車両維持費を集めたものなのに、検察はイ前主席が後援者に「厚かましい要求」をした恥知らずな行為として扱った」と主張した。
民主党の真相特委でも、イ前主席に対する検察の「標的捜査」と「ホコリ叩き的捜査」の問題を指摘している。真相特委は、検察が捜査過程でイ前主席の家族や知人、企業家など100人を上回る人々に対して無差別に口座追跡や電話陳述の要求、検察召還をしたと見ている。真相特委関係者は、「検察はイ前主席の弱点を突きとめるために、彼の夫人が運営していたソウル江南にある刺身店の顧客まで無差別に洗い出した。カードで100万ウォン(約7万7000円)以上決済した人や、小切手で食事代を払った人に対して、検察の捜査官が一人一人連絡し、刺身店を訪れた理由やイ前主席との関係などを問い詰めたと聞いている」と述べた。
陳述拒否権について知らせずに受けた陳述の証拠能力は低い
イ前主席を拘束する直前、検察関係者が「今回はイ・ガンチョル前主席がまともに引っかかった」と言った。イ前主席の拘束で当事の検察が見せた自信は、一定部分の説明になった。しかし、法廷でも検察の主張が通じるかは未知数だ。
検察はイ前主席に対する捜査過程で、事業家のチョ氏とチョ・ヨンジュ前社長の陳述によって決定的に立場を強めた。盧武鉉前大統領に対する捜査で、パク・ヨンチャ泰光実業会長が果たした役割そのものだった。大検察庁は、いわゆる「パク・ヨンチャ・ゲート」の捜査過程で「パク・ヨンチャ元会長の陳述は、具体的で、ぶれがない」として彼の自白に全幅の信頼を寄せた。
イ前主席の捜査過程でも、検察は事業家チョ氏の口述に大きく依存した。しかし陳述拒否権について知らせないまま、任意で受けた陳述は、証拠能力が低いというのが司法部の判断だ。陳述拒否権とは、本人に不利な陳述を強要されない権利(日本語では「黙秘権」)のことだ。
キム・ヒョンミ前議員
この件については、標的捜査のまた別の被疑者にあげられたキム・ヒョンミ前大統合民主新党議員に対する判決が例示している。キム議員は2007年の大統領選挙で、李明博ハンナラ党候補(当事)の狙撃主として活躍した。彼はAKキャピタルの韓宝鉄鋼買収に関連し、大学の同窓生のムン某氏から1500万ウォン(約110万円)を受け取った疑いで起訴された。ムン氏は検察の捜査過程で2004年8月20日にキム前議員に賄賂を渡したと陳述した。キム全議員はこのとき中国にいた。すると、ムン氏は賄賂の金額を2000万ウォンから1500万ウォンに変え、日付も8月24日に変えた。
1審の裁判は2008年12月30日、ムン氏の陳述態度から自白の動機が疑わしいとしてキム前議員の無罪を宣告した。裁判所は判決文で「陳述拒否権が告知されていない状態で作成された陳述調書は、その証拠能力がないため、有罪の証拠とすることはできない」と述べた。AKキャピタルの韓宝鉄鋼買収を解決するとして第三者から2億ウォン(約1500万円)を受け取ったムン氏が、自分を狙った検察の捜査から逃れるために、代わりにキム前議員に賄賂を渡したと虚偽陳述をした可能性があるというのが裁判所の判断だった。キム前議員は2009年5月8日、控訴審でも無罪を宣告された。
キム・ジェユン民主党議員
「標的捜査」と「政治報復」疑惑には、このようにほとんどの場合「検察の舌」が登場する。裁判所はこれらの陳述に疑問符をつけるのが趨勢だが、「標的」と見なされた当事者にとっては検察の召還自体が大打撃となる。
キム・ジェユン民主党議員もそうだ。2008年のロウソク政局で、キム議員はロウソク国民保護対策団の団長を務めた。李明博政府の言論掌握強行処理に対しては、民主党の「言論掌握阻止対策委員会」を主導した。キム議員がメディアに登場する頻度がもっとも高かった2008年8月、大検察庁から出し抜けにキム議員の不法政治資金疑惑が出てきた。検察は、キム議員が済州島に外国系営利病院の設立を推進していたO社のキム某会長から、病院認可に関連する法の改正ロビーの名目で3億ウォンを受け取ったという手がかりを掴んだと発表した。検察の一方的な主張のみの状態だったが、チャ・ミョンジン(当事)ハンナラ党スポークスマンは「キム・ジェユン議員は、自分が民主闘士だと錯覚しているのではないか。だが実際はそうではない。国民の目には法の網をかいくぐって密室に隠れた犯罪者のようにしか見えない」とキム議員を攻撃した。
「別件捜査」によって方向を曲げる
結果はどうなったのだろう。裁判所は2009年3月6日、検察が請求した事前拘束令状を棄却した。「キム議員が受け取った3億ウォンが斡旋の対価なのか、借りた金なのか検証する必要があり、証拠隠滅や逃走の憂慮がない」というのが裁判所が令状を棄却した理由だった。
キム議員や民主党側では、検察が当初O社のキム某会長の陳述にのみ依存し、無理やり帳尻あわせ的な捜査をしてきたと主張した。民主党の関係者は、「検察は韓国石油公社の海外油田開発不正疑惑を捜査する過程で、O社のキム某会長に関する部分を追跡したところ、キム議員に渡した小切手が出てきたと発表したが、様々な状況を見ると、最初からキム議員を標的にするためにキム某会長を利用したようだ」、「検察の調査を受けたキム会長を免責する代わりに、キム議員に対する虚偽陳述を求めたとしている」と主張した。
実際に検察は昨年、野心満々で韓国石油公社の不正疑惑の捜査に着手したが、キム議員事件が「別件捜査」によって浮上してくると、そちら側に方向を曲げたのだった。韓国石油公社の不正捜査は、2009年5月29日にソウル高等裁判所がボーリング費用過多支給などで韓国石油公社に45億ウォンの損害を与えた容疑で起訴されたキム某元海外開発本部長に無罪を宣告したことで、何の成果もないまま終結した。
アン・ヒジョン民主党最高委員
アン・ヒジョン民主党最高委員に対する検察の捜査も、同じように進められた。大田地検は最近、アン最高委員の側近のユン・ウォンチョル前青瓦台行政官を拘束した(『ハンギョレ21』764号「
検察の標的捜査は現在も進行中」参照)。検察は、ユン前行政官が2007年9月にチャンシン繊維のカン・グムウォン会長から8000万ウォンを受け取ってアン最高委員に渡し、国会議員の補佐官をしていた2005年頃、知人に学校施設の改善などに関する請託と共に何度にもわたって1億ウォン前後を受け取ったと見ている。
当初、検察が描いた構図は「イ・チョルサンVK前代表→ユン・ウォンチョル前行政官→アン最高委員などの386政治家」とつながる、いわゆる「イ・チョルサン・ゲート」だった。しかし、この構図でイ前代表とユン・ウォンチョル前行政官、そしてアン最高委員に至る輪がつながらず、検察は目的を達成することができなかった。イ・チョルサン代表はアン最高委員などの386政治家に政治資金を提供した事実はないという陳述を変えておらず、拘束されたユン前行政官も検察が描いた構図に同意していない。
しかし、検察では依然としてアン最高委員の召還説が流れている。アン最高委員の側近は、「大田地検の周辺では、2008年10月から検察がアン最高委員に捜査の手を広げるだろうという噂が広まっていた」とし、「説明が必要な点があるのなら、アン最高委員本人に堂々と連絡して召命を求め、それでも釈然としないのなら起訴すればいいのに、そのような手続きは一切とらず、ただ噂ばかりを流している」と語った。
チェ・ソンジン記者