新海誠 『秒速5センチメートル』

 新海誠(しんかい・まこと)の新作『秒速5センチメートル――a chain of short stories about their distance.』が,ようやく札幌でも封切りになりました。どうにか時間をやりくりして,シアターキノへ駆けつける。
 長編作品としては3作目になるわけですが,出来は最も良かったと思う。
 本作を一言で評して述べれば,無理をしているところがない。前作『雲のむこう、約束の場所』が,あまりにも破綻したストーリーにげんなりしてしまったところがありました。対して,本作は物語進行が素直。展開の不自然さに気を取られることなく,落ち着いて眺めていられる。
 映像美に関しては,文句の付けようがない。どのコマを切り出しても新海誠を想起させる風景が,けぶるような光と水蒸気を介して描かれている。ただ,綺麗なのだけれど,詰め込まれすぎていて窮屈な感があるのは否めませんでした。
 ストーリーへと話を戻しますと,前2作にあった予定調和へ向けての強い欲求(言うなれば,ハリウッド的圧力)が抑えられたおかげで,セツナサに満たされた終幕へと導かれている。壮大な冒険譚とは程遠く,物語的カタルシスは弱い。だが,それこそが本作の良さだろう。主人公である少年の穏やかな諦観を,強引に方向付けず,そのままに描いているのが好ましい。

 新海誠氏は男の失恋ポエムの名手というのが自分の認識なのだが、この第一話の失恋ポエムぶりはすごかった。なんか純度100%のドラッグなみの出来。
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070216/byosoku5cm

 ハッピーエンドでなくても、大人になった二人に再会させて、ポエムでも語らせれば本作のドラッグ度は確実に上がったろう。しかし、新海誠は作品としての完成度を落としても自己愛の自覚を優先したんじゃないかしら。
http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20070423/byosoku5cm

 それでも,気になるところはある。
 本作でくどさを感じさせるところとして,語り(narrate)が過剰に過ぎることが挙げられるだろう。地の文までも読み上げられていくので,上映時間中ずっと,ひたすら音としての言葉に埋め尽くされていた印象がある。これに映像の窮屈さも加わるため,本作は伸びやかさに欠けてしまっている。ドラマCDならば格別,アニメーションであるならば“映像に語らせる”という演出をして欲しかったところ。
 関連して述べておくと,フラグの立つ場所が分かりやすすぎます(笑) 第一話「桜花抄」から第二話「コスモナウト」にかけてのストーリー展開は,恋愛シミュレーション系美少女ゲームのようで……。鈍感ヘタレ少年ものとして,そのまま移植できそうな。

 すごく簡単に云ってしまえば「男って初恋を一生忘れられないよね」っていう連作短編。うん、身も蓋もないですね。でも、本当にそんな話で、初恋っていう「イニシエーション」(通過儀礼)とそれに纏わる人と人の距離感を描いた作品なんですよね。
http://d.hatena.ne.jp/Pynchon3/20070421

 うん。でも,それでもいいよね――と,うそぶきたくなるような,美しい作品でした。