■GIFT-YLPヴェトナム・プログラムの概要
fukui:それでは、実際に今回のプログラムではどのようなミッションに取り組まれたのか、教えて頂けますか。
岡部:今回のプログラムの目的はヴェトナムの農村部に手洗い週間を普及させることによって、公衆衛生の改善をはかるというものでした。ヴェトナムの農村部では食事の前や労働の後に石鹸で手を洗うという習慣が十分普及していません。そのことが、病気に感染するリスクを高めたり、下痢などを引き起こす原因となっています。また、手洗い習慣の普及は鳥インフルエンザの感染への予防にも繋がります。
手洗い習慣の普及に関しては、これまでヴェトナムの保健省が中心になって地道に啓蒙活動を続けていましたが、ビジネスを通じてさらに手洗い習慣の普及を促進させる。というのが今回のミッションでした。
fukui:なるほど、ビジネスを通じてヴェトナム農村部に手洗い習慣を広める方法を、GIFT-YLPのタスクフォースが取り組む、というイメージですね。
岡部:そうですね。官公庁向けのコンサルティングに似ているようにも感じますが、実際には官公庁にプレゼンをするわけではなく、問題を分析し、改善策を立案し、その改善策を実行するためにNGOや現地企業を動かすことと、お金を集めることまでしなくちゃいけない。実行まで行う、という意味ではコンサルティング以上にハードと言えるかもしれませんね。
fukui:それを2週間で実行するというのは、大変難しいように感じますが‥。GIFTの本部はどのような事前準備をしてくれていたのでしょうか。
岡部:GIFTはこのプログラムの実行にあたって、何ヶ月も前から今回のプログラムに関係する多くのプレイヤーとコミュニケーションをとり、インタビューの対象やフィールドワークの準備をプログラム期間に凝縮してセッティングしてくれていました。そのため、私たちはビジネスプランの立案に集中して取り組むことができたのです。
これ以外にもそれまで政府やNGOが調査してきた20弱の資料が事前資料として配布されます。
fukui:それは助かりますね。今回のプログラムにはどのようなプレイヤーが関わっていたのでしょうか?
まず、「ヴェトナムの農村地域への手洗い習慣の普及」の取り組みなのですが、世銀(World Bank)の下部組織にあたるWSP(Water and Sanitation Program)が、これまで3年間にわたって調査・普及推進の取り組みをしていました。全部で4年間のプログラムなのですが、次が最後の1年間になります。
ここにもうひとつ、WaterSHEDというNGOが関わってきます。WaterSHEDはWSPとほぼ同じようなことを目的としている団体なのですが、ここはUSAIDの下部組織になります。WaterSHEDは、自分たちが単独で別のプログラムを実行するよりも、WSPがこれまで実行してきたプログラムに乗っかったほうが、1年間で産み出せるインパクトは大きいと考えたようです。
そこでWaterSHEDはWSPと協働でこの問題にあたることに合意を取り付け、手洗い習慣をビジネスを通じて普及させる取り組みをIDEに依頼しました。さらに、世界的なデザインファーム、IDEOに手洗い習慣を普及させるためのプロダクトの開発を依頼しています。GIFTの直接の依頼主はIDEになります。
私自身はNGOとの付き合いは、これまでそんなになかったのですが、彼らが持っている価値観には衝撃を受けました。
fukui:具体的には、どういった価値観を持っていたのでしょう。
岡部:彼らはとにかく、ROI(Return on Investment)を最大化するにはどうしたらいいか。という視点で話をします。
fukui:限られたコストで最大限の効果(=ミッションの実現)を産み出すべく、判断し、行動するということでしょうか。
岡部:もう少し、生々しい感覚ですね。様々な人・組織から集めたお金を、いかに目立つように使い、成果を資金提供者と周囲にアピールするか。という視点で行動しているように感じました。だからこそWaterSHEDは自分たちで独自の取り組みをするよりは、これまでWSPが下地をつくってきたところに絡むことで、1年間で目立つ成果を産み出す。という判断をしたわけです。
後ほどまた述べたいと思いますが、WSPが私たちのプレゼン内容に最終的に同意したのも、3年間のプログラムが最終的に終了するまでに、目に見える、形に残せる成果を生み出せるものだったからです。
もうひとつ感じたことは、不公平に見られることを嫌がり、周囲のプレイヤーに公平に機会を与えようとすることです。また、私だったら「この条件だったら絶対に民間企業は乗ってこない。」と感じる提案に関しても、「これだけ私たちが力を入れて関わっていて、メリットもある提案なんだから乗ってくるに違いない。」という、自信みたいなものを持っていました。ここは、ビジネスの分野とNGOの感覚の違いを感じた部分です。
fukui:海外のNGOは非常にタフで、ビジネスセンスのある人が集っているという印象を持っていましたが、意外です。自分たちのやっていることは価値があるからほかも乗ってくるはず。という思考はNGOに限らず組織が陥りがちな過ちですね。
岡部:他のNGOはどうかわかりませんが、今回関わった2つのNGOに関して言えば、公平性を重視し、リスクとリ ターンに関する感覚が民間企業と異なる部分があると感じました。逆に言うと、だからこそ、我々ヴェトナム・プログラムの参加メンバーが関与する価値があったと言えるわけですが。
fukui:なるほど。そこらへんは、外部の視点を入れることで問題を一気に解決できるタスクフォースならではの価値。という感じがしますね。話は少し戻りますが、2週間でアウトプットを出し、事業化の話をまとめるにあたって、他にGIFT等の事前準備で、助けになったことはありますか?
岡部:GIFTではないのですが、WaterSHEDから、IDEOにヴェトナムの市場にあった手洗い石鹸を普及させるプロダクトの設計が依頼されている点は非常に助けになりました。
あとでまた詳しく述べたいと思いますが最初にIDEOがデザインしてきたものを見たときには、「こんなプロダクトで本当に大丈夫だろうか?」と思いました。ところが、話を聞けば聞くほど、これがまた本当に素晴らしく、良く考えられたプロダクトでした。これを設計したJeffというデザイナーは、カンボジア向けに設計した簡易トイレで何かのWorld Prizeを受賞しているそうですが、非常に高い能力を持った人物でした。
彼が設計したプロダクトが問題解決の助けになったことは間違いありません。
fukui:ヴェトナム・プログラムの参加メンバーは、各プレイヤーとの事前調整と、プロダクトの開発が事前に手配されていたために、ビジネスプランの作成に集中して取り組むことが出来たわけですね。
岡部:そうですね。だからこそ結果を残せたと言えます。ただ、様々な手助けがあってなお、難しい課題であったと思いますし、結果を残せたことと、それを実現したチームを本当に誇らしく思います。
■ヴェトナムが抱える課題の解決に向けたアプローチ
fukui:GIFT-YLPは香港での座学とワークショップを中心にしたプログラムが1週間、フィールドワークとプレゼンテーションを中心としたプログラムが1週間という流れになっていますよね。香港でどのようなことを学んだのか。という点も非常に気になりますが、先にフィールドワークについてお伺いしたいと思います。実際に手洗い習慣を広めるのに岡部さんはどのようなアプローチをとられたのでしょうか。
岡部:GIFTが用意したブリーフィングの資料には、手洗い習慣を広めるために大きく分けて2つのアプローチがある。と書かれていました。
ひとつは、手洗い装置の生産に取り組むマニュファクチャラーを獲得し、現地の販売代理店に売ってもらうというモデル。これはOEMモデルと呼ばれていました。もうひとつは、アウトソーシングモデルというもので、オーナーとなる組織・団体を見つけ、生産・流通・販売をそれぞれどこか信頼できるところに依頼するというモデルです。
ただ、私は資料を読んだ時に、OEMモデルは難しいのではないかと感じました。なぜなら、需要がわからないものに対して、リスクをとって取り組もうというマニュファクチャラーを短期間で獲得するのは至難の技だと感じたからです。
実際に、フィールドワークの初日にマニュファクチャラー候補として、ユニリーバやコルゲートなど、様々な企業に話を聞いたんですが、自社がつくることに乗り気でないところがほとんどでした。
そして二日目には販売代理店の候補となる様々な企業に話を聞きました。そこで感じたのは、数多く存在するこういった販売代理店を管理することは非常に難しいということでした。管理体制や在庫に関して、個々の企業の状況は全く異なります。これらを一括して取りまとめることは無理だと思いました。
なので、私が取り組んだのは、「IDEがオーナーとなって、ひとつ大きな販売力を持つ組織と組むしか無い。」という考えを皆に浸透させ、理解を得ることでした。今回の依頼主であるWSPやIDEは、「絶対にマニュファクチャラーはいるはずだ。」と主張していましたので、彼らを説得するにもプログラムメンバーの理解・協力が不可欠だったのです。fukui:岡部さんの思考は全ての事実を積み上げて結論を導くコンサルタントというよりは、限られた時間内に最大限の成果を残す経営者の発想ですね。
岡部:そうかもしれませんね。とにかくプログラムの間じゅう、ずっと私が言い続け、いつしか皆のスローガンになっていったのが「私たちが関与することで、必ず取り組みが前進するようにしよう!何かを起こそう!」ということでした。
そのためにも、とにかく机上のプランに終わらない、実現可能性のあるプランを描くことを何より心がけ、プラン作りに取り組みました。
fukui:岡部さんは具体的にどのようにプロジェクトを進められたのでしょうか。
岡部:フィールドワークがはじまって2日目には、既にプランの方向性は自分の中で固まりつつあったのですが、それを皆に理解してもらわなければなりませんでした。しかし、周囲に自分の考えを伝えるには、私の語学力は十分ではありませんでした。TOEICでいうと800点台後半の実力はあると思うのですが、これは参加メンバーの中でもかなり下のほうだと思います。日本から参加したメンバーは一人を除いて私同様、語学には苦労しているようでした。
私にとって幸いだったのは、チームの中に一人語学が堪能な若者がいたことです。私がコミュニケーションの鬼と呼んでいたこの若者は、ウェスタンスタイルのリーダーシップを発揮するタイプで、ビジネス経験は浅いと感じたのですが、皆に積極的に自分の考えを伝え、動きまわるタイプでした。目立ちたがり屋といってもいいかもしれませんが、皆から可愛がられるタイプでした。
私は全員に自分の意見を伝え、浸透させるには彼に協力してもらうのが一番だと思いましたので、彼に丁寧に自分の考えを伝えました。すると彼は思ったとおり、参加メンバーじゅうに、その意見を広めてくれました。序盤でメンバーの意見を統一するという意味で、彼の協力には随分助けられたと思います。
fukui:岡部さんはアメリカで6年間コンサルタントとして働かれていたわけですが、それでも語学は十分ではなかったのでしょうか。
岡部:海外勤務から離れて何年もたつので、やはりそのブランクが大きかったと思います。GIFTプログラムに参加するには、TOEICで800点台後半は必須。900点以上あれば普通にコミュニケーション出来るという感覚を持ちました。
それともうひとつ、自分の考えを伝えるために工夫したことがあります。それは、毎晩誰かしらを誘って飲みに行き、仕事を離れたところで相手を理解し、友人として親しくなることにつとめたことです。そうすることで、私の拙い説明にも積極的に耳を傾けてくれる人が増えていったように思います。
現地に入ると朝早くから夜中まで働いていたので、一日も欠かさず飲んでいたというのは私だけではないでしょうか。おかげで毎晩「まさ、今日はどうするんだ?」と聞かれるくらい、夜のプレゼンスはめちゃめちゃ高かったと思います。
こうして、周囲の理解を得て、マニュファクチャラーや新たな事業のオーナーを探すのではなく、IDEが事業主体となって、パイロットプログラムを動かすという基本方針でビジネスプランを創り上げることになったわけですね。
岡部:そうですね。あとは、販売チャネルとして、現地に大きな影響力を持つWomen's Unionという女性コミュニティの協力を得られるような仕組みをいかに創り上げるか。ユニリーバやP&G、コルゲートといった世界的な企業からいかに投資を呼び込むか。そういった点にフォーカスしてプランを詰めていき、関係各所に働きかけていきました。
fukui:ここまでの流れはなんというか、コンサルティング会社や腕利きの商社マンがビジネスをプロデュースする際の流れに似ているような気がします。彼らの動きとBOPビジネスを比べて大きく異なる点というのはあるのでしょうか?
岡部:やはり大きな違いはあると思います。それは‥(以下、次回に続く)
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