創刊39周年を迎える『日経マネー』の大口克人編集委員は、個人の資産形成について30年以上研究を続けている。近著『日経マネーと正直FPが教える 一生迷わないお金の選択』(日経BP)は、お金に関する究極の2択に迷ったときの選択を解説する1冊。著者の大口氏は実は大の漫画好きでもあり、本書でも金融・経済を学ぶ漫画を紹介しているほか、大学などでも漫画を活用した授業を行っている。お金と経済について漫画で学ぶ本連載、第1回は「金融詐欺に遭わないための2冊」を紹介する。

「投資そのものを描いた作品はそう多くないのですが、広い意味でお金に関する作品はたくさんあります」
「投資そのものを描いた作品はそう多くないのですが、広い意味でお金に関する作品はたくさんあります」
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難しい金融・経済を楽しみながら学ぶ方法

 漫画は活字と比べ一段下に見られることが多く、「本は好きだけど漫画はあまり読まない」という人は結構います。子どもの頃からの漫画好きで、近著『 一生迷わないお金の選択 』(日経BP)でも投資に役立つ漫画の紹介をした私としては「もったいない話だなあ」と思っています。だって日本は世界一の漫画大国で、国内はもちろん、地球の裏側でも何十年にもわたって読み続けられているような名作がたくさんあるのですから。

 舞台の細分化が進んでいるのも日本の漫画の特徴です。例えば中学・高校の部活なら、野球部やバスケ部などメジャーなもの以外にも、軽音楽部・かるた部・書道部から水球部・薙刀(なぎなた)部まで、ほとんどが既に漫画化されています。

 同様に、私が「職能漫画」と名付けて愛読しているビジネス漫画の世界も大変豊かで、会社員・公務員はもちろん、医師・弁護士・警察官・自衛官・官僚・政治家・起業家からギャンブラーまで、あらゆる職業を描いた漫画があります。人は一生でもそう多くの仕事を経験することはできませんが、漫画を通して「医師の苦悩」や「自衛官のやり甲斐(がい)」を疑似体験することはできるのです。

 特に私の専門分野である金融・経済や投資って、結構難しいじゃないですか。本で学ぼうとしても「専門用語が分からず読み進められなかった」なんてことすらあるでしょう。でも、漫画という入り口があれば誰でも気軽に、楽しみながらその世界を知ることができるのです。

 感情移入できるので身に付きやすいという長所もあります。さらに最近の漫画は細部についてもきちんと調べ、時には専門家の監修を受けながら作品化しているので、「事実関係がでたらめ」ということがあまりありません。漫画からでも経済は学べるのです。そこで私もBSテレ東の「日経モーニングプラスFT」(月~金曜、7時05分〜)というニュース番組で「マンガで学ぶ」というコーナーを持ち、大人が学べる作品を紹介しているわけです。

「日経モーニングプラスFT」でビジネスや経済を学ぶ漫画を紹介する大口氏(写真提供/BSテレ東)
「日経モーニングプラスFT」でビジネスや経済を学ぶ漫画を紹介する大口氏(写真提供/BSテレ東)
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 日経BOOKプラスのこの連載でも「お金が学べる漫画」の紹介をしていきましょう。日本にも株式投資やFX(外国為替証拠金)取引など、投資そのものを描いた作品はそう多くないのですが、広い意味でお金に関する作品はたくさんあります。今回は「金融詐欺」がテーマです。

なぜ人は、大事なお金をだまし取られるのか

 著名人を偽って勧誘するSNS投資詐欺や恋愛感情を利用するロマンス詐欺の被害が一向に減りません。前述の『一生迷わないお金の選択』では「SNS詐欺の2023年の被害額は約278億円」という数字を紹介し、最近のSNS詐欺の主な手口や「いろんなSNSが入り口になっているが、最後はLINEに誘導されてお金を取られる人が多い(88.6%)」「日本の長期金利が約1%なのだから、年率30%で確実にもうかる金融商品などあり得ない」といったことを解説しました。

 では、その後はどうでしょうか。あれほどニュースや新聞で注意喚起がなされたので、多少は被害も減っているかと思いきや、24年1〜8月の被害額は既に約641億4000万円に上っているようです(警察庁データ)。既に昨年の2.3倍で、年間では1000億円に達してしまいそうな勢いです。

 私は常々「投資でお金を増やすのは大事だが、だまされて一瞬で全てを失わないようにするのは、それよりはるかに大事」だと書いてきています。コツコツ投資で20年、30年かけて作った何千万円かの資産を、詐欺師に一瞬でだまし取られたとしたら、私ならとても耐えられません。では、こういう事件が多いと知っていながら、人はなぜだまされてしまうのでしょうか。どうすれば金融詐欺から身を守れるのでしょうか。それが学べる2つの作品を紹介します。

詐欺の手口から詐欺師の心理まで学べる「クロサギ」

 1作目は03年に連載が始まった『 クロサギ 』(黒丸、原案・夏原武、小学館)のシリーズです。何度もTVドラマ化、映画化されていますので、ご存じの方も多いでしょう。『クロサギ』(全20巻)、『新クロサギ』(全18巻)、『新クロサギ完結編』(全4巻)と大きく3部構成になっていて、最近1冊だけ出た『クロサギ再起動 -18歳新成人詐欺犯罪編-』を加えれば全43巻になります。さすがに全部読むのは大変ですので、最初の『クロサギ』20巻だけでも読んでおきたいところ。そうすればかなりの確率で金融詐欺からは身をかわせるようになるはずです。

『クロサギ』
『 クロサギ 』(黒丸、原案・夏原武、小学館)

 主人公の黒崎は、詐欺師(シロサギ)や結婚詐欺師(アカサギ)をターゲットに、彼らに詐欺をしかけてお金をだまし取る存在です。作中ではそれを「クロサギ」と呼ぶ、という設定になっています。つまり黒崎自身が犯罪者で、正義の味方ではないのです。それでも彼は詐欺師と戦ってお金を巻き上げるだけでなく、頼まれて話に巻き込まれる形で、詐欺師にだまされた弱い人たちをしばしば救います。詐欺師ではあっても、悪人にはなりきれない彼の人間味が魅力の1つなのです。

 最大の読みどころは、そんな黒崎が詐欺師たちをどういう仕掛けでだまし返し、取られたお金を逆に奪い返すのか。決して暴力は使わない黒崎と詐欺師たちとの知的ゲームの面白さと、悪い連中がまんまとだまされた時の痛快感がたまらない魅力です。出てくる人物も詐欺師以上に悪いメガバンク幹部の宝条、底の知れないブローカーの桂木、黒崎を時に裏切り時に助ける詐欺師の白石など悪漢のオンパレードですが、黒丸先生の絵の力か、読後感は悪くありません。

 詐欺に遭わないためには詐欺師の手口を知るのが一番ですが、本作には資格詐欺、結婚詐欺、霊感商法詐欺、ネット詐欺、募金詐欺など、全巻で100近い詐欺の手口が描かれています。それだけではなく、楽しんで読み進めているうちに、詐欺師のものの考え方や「世の中には楽して儲かるような話はない」ということが身にしみて分かってきます。そうすればしめたもので、もう、顔も本名もLINE以外の連絡先も知らないような「投資の先生」に何千万円も振り込むようなことはなくなるでしょう。

行動経済学も身に付く「カモのネギには毒がある」

 次に紹介するのは『 カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義 』(甲斐谷忍、原案・夏原武、集英社)。22年から連載中で、現在単行本が9巻まで出ています。甲斐谷先生はこれまた何度も映像化された『LIAR GAME』の作者です。これは「参加者同士が1億円を奪い合う謎のゲーム」に巻き込まれた主人公が、参加者の心理の裏を読み、知略でお金を取り合う物語です。そんな甲斐谷先生と『クロサギ』の原案者の夏原先生がタッグを組んだ作品なのですから、面白くならないわけがありません。

『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』
『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』(甲斐谷忍、原案・夏原武、集英社)

 「カモネギ」のテーマは行動経済学。投資の世界でも最近よく話題になる新しい学問で、基本は「人間は経済学の理論と違って本来合理的でなく、しばしば過ちを繰り返す生き物だ」ということだと私は思っています。ですから本作を読めば、人はなぜ投資で失敗してしまうのか、なぜだまされてお金を失ってしまうのかも学べます。特に大学などでネットワークビジネスに巻き込まれやすい若い世代にとっては必読と言えるでしょう。

 主人公は「カモリズム経済理論」で世界的に有名な天才経済学者の加茂教授。今の経済は大なり小なりカモ(弱者)を見つけ育て、そこから一部の強者がむしりとるのが主流になっている、という理論です。性格的には奇人・変人の部類に入る人ですが、経済学者として「本物」なので投資でも成功していて、とんでもない額のお金を持っています。夏原先生には何度も取材でお話を聞いていますので、この辺の設定からは「だって経済学者なのに投資がヘタでカネ稼げないって、おかしいだろ?」という先生の声が聞こえてきそうです。本作はそんな加茂教授が行動経済学や心理学の理論と超人的な行動力、財力を生かし、「フィールドワーク」と称してペテン師や詐欺師と戦うお話です。

(C)甲斐谷忍プロダクツ・夏原武/集英社
(C)甲斐谷忍プロダクツ・夏原武/集英社

 クロサギ同様本作にも、ポンジスキーム(資金を集めた投資家への配当支払いを、新たな投資家からの資金によってまかなう投資詐欺)、無認可共済、名義貸し、公金の不正受給など、様々な犯罪や悪徳商法の手口が描かれています。同様に行動経済学や心理学の理論も、異時点間の選択、アンカリング効果、利用可能性ヒューリスティック、返報性の原理など多数出てきますが、ストーリーと一体なので「あの理論って、つまりこういうことなのか」と、学術書を読むよりよく頭に入ります。読めばお金の失敗を減らせるだけでなく、マーケティングの勉強にもなりそうです。

 中でも面白いのが、大学にはびこるマルチ商法を潰すために加茂教授が「自らマルチ商法の輪に飛び込む」エピソードですね。ここではサンクコスト効果や認知的不協和という理論が「活躍」します。

 そんな本作の最大の読みどころはといえば、やはり加茂教授の変人ぶり、破天荒ぶりでしょうか。「究極の経済弱者」を知るために2カ月もホームレス生活を行い、悪徳ファンド業者を陥れるために小規模なファンドを5つも買収する。ひととき融資の犯人と戦うためにはホテルを丸ごと1つ買い取る、といった行動力は加茂教授ならではです。一方で「人間がお金を稼ぐ手段はたった6種類しか存在しない」など、経済記者の私から見ても「なるほど」とうなってしまうような鋭い言及もあります。どうでしょう、そろそろ読んでみたくなったのではないでしょうか(笑)。

参考サイト 日経モーニングプラスFT

構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/小野さやか