海外特許が安く早く取得できる…世界の弁理士をつなぐ日本発プラットフォーム

●この記事のポイント
・アイピコは世界の弁理士をつなぐプラットフォームを開発し、企業の海外特許出願を低コストかつ迅速に支援している。
・複雑な海外送金や請求処理を一本化し、中小弁理士事務所にも国際案件の機会を提供、業界構造の変革を目指す。
・谷水氏は知財を「鎧」と位置づけ、スタートアップが海外進出する際の防御と攻めの武器になると強調する。
日本発のスタートアップ、株式会社アイピコは、世界中の弁理士をつなぐプラットフォームを開発し、企業の国際的な特許・商標出願を円滑に進める仕組みを提供している。代表取締役の谷水浩一氏は、弁理士としての経験を土台に「知財のグローバル化」という大きな課題に挑んでいる。
「海外に特許を出願する際、これまでは国内の弁理士事務所を経由し、現地の弁理士に依頼するのが一般的でした。そこには高額な仲介料や時間的ロスが発生します。私たちはその“間”をなくし、直接やりとりできる環境を整えることで、コストは3割程度削減でき、手続きもスピーディーになるのです」と谷水氏は語る。
本記事では、谷水氏がこの事業を立ち上げた背景、プラットフォームがもたらすメリット、知財ビジネスの世界的な変化、そしてスタートアップが国際競争で生き抜くために必要な戦略について掘り下げていく。
●目次
弁理士としての「後ろめたさ」から生まれた発想
谷水氏がアイピコを立ち上げたのは約5年前。きっかけは、自身の弁理士業務で感じた違和感だった。
「海外出願の案件を社員に任せたところ、彼は単に海外の弁理士に丸投げするだけで、自らの付加価値を出していなかったんです。それでもクライアントは手続きが進むから満足する。すると、うちの事務所が間に入る意味はあるのだろうか、と考えるようになりました」
さらに、手続きの代行料として数十万円を受け取ることに後ろめたさを感じる場面もあったという。
「もちろん、寄り添ってサポートすべき案件もあります。ただ、単なる“中継ぎ”で高額な報酬をいただくのは健全ではない。だったら直接やり取りできる仕組みを作ればいい――そう思ったのです」
こうして誕生したのが、世界中の弁理士を集めたプラットフォームである。
アイピコの仕組みは、単なるマッチングにとどまらない。特に企業にとっての大きな利点は、煩雑な海外送金の一元化だ。
通常、アメリカ・中国・欧州など複数の事務所から請求書が届き、それぞれに送金手続きを行う必要がある。だがアイピコを利用すれば、企業は国内のアイピコに1回だけ支払えばよく、同社がまとめて海外事務所へ振り込む。
「Amazonで複数の商品をカートに入れて一括決済するイメージです。請求書も一本化され、経理部門の負担は劇的に下がります」
さらに弁理士にとっても、海外ネットワークに容易にアクセスできる点は大きい。これまで小規模事務所は海外手続きを敬遠し、大手事務所に丸投げしていた。アイピコはそうした構造を変え、中小規模の事務所にも国際案件を手掛けるチャンスを与える。
「大手事務所だけが海外案件を独占し、高額な手数料で利益を上げる構造がありました。私たちはその“経済の仕組み”を変え、自由競争を促したいのです」
技術と人の「ハイブリッド」で築くネットワーク
アイピコは出願管理ツールや期限管理システムを市場価格の半額程度で提供し、利用者を囲い込む工夫もしている。将来的にはAI翻訳や自動会議システムを導入し、さらに利便性を高める構想もある。
しかし谷水氏が強調するのは、「人と人とのつながり」だ。
「弁理士業務は法律と技術の専門性が絡む領域です。AIや自動化が進んでも、相手が信頼できる人間であることが重要なんです。だから将来的には紹介動画やマッチングイベントも開催し、顔が見えるネットワークを築きたい」
デジタルとリアルの両面から「信頼」を構築する発想が、アイピコのユニークな点だ。
世界の知財市場は拡大を続けている。日本の出願件数は横ばいだが、東南アジアやインド、中東では急成長が見られる。企業の海外展開に伴い、知財戦略の重要性は高まっている。
一方で、AIは弁理士業務にどう影響するのか。
「事務作業はすでにRPAで効率化されています。生成AIについては、確実性が求められる分野だけに慎重な姿勢が必要ですが、将来的には意見書や補正書の作成にも活用されるでしょう。弁理士の仕事は大きく変わるはずです」
つまり、AIと人間の役割分担が進むことで、弁理士はより高度な判断や戦略に集中できるようになる。
知財は「鎧」になる――スタートアップへの提言
最後に、スタートアップや中小企業が国際競争で負けないために必要なことを尋ねると、谷水氏は「特許出願を“鎧”と捉えるべき」と語った。
「海外に出願せず進出するのは、丸腰で戦場に行くようなものです。たとえそれが“紙の鎧”であっても、出願しているだけで大企業は手を出しにくくなる。知財は攻めの武器であると同時に、防御の鎧でもあるのです」
この「鎧」をどう身にまとい、どこで戦うか。そこにアイピコのプラットフォームは強力な後押しをしてくれる。
アイピコの挑戦は、単に特許出願の効率化にとどまらない。
・中小の弁理士事務所に国際案件を開くことで、業界構造を変革する
・海外送金や請求書処理を集約し、企業の負担を大幅に軽減する
・人と人をつなぐ仕組みで、信頼を基盤としたグローバルネットワークを構築する
知財は、企業が世界で戦うための「見えない武器」である。スタートアップがグローバル市場に挑むとき、アイピコのような存在が新しい選択肢となるだろう。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)