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目の当たりにした集団発砲 1979年10月、独裁体制を敷いた韓国・朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺さ... 目の当たりにした集団発砲 1979年10月、独裁体制を敷いた韓国・朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、これで時代が変わるだろうと、民主化を求める市民たちは湧き立った。ところが、ほどなくして全斗煥(チョン・ドゥファン)らがクーデターを起こす。軍部独裁体制は、崩れなかった。 1980年5月18日朝、全南大学封鎖に抗議する学生らのデモに対し、戒厳軍は力づくで鎮圧を試みた。デモは道庁前広場に続く大通り、錦南路(クムナムロ)など市内の中心で継続されるが、21日、軍は大規模な発砲で、市民らをねじ伏せにかかった。母校で音楽の練習をした帰り道、ヨンスンさんはその集団発砲にさらされ、次々と絶命していく市民たちの姿を目の当たりにする。 「その怒りによって、私はマイクを取ることに決めたんです」 当時は手軽に使えるレコーダーもなければ、スピーカー付きの街宣車もない。地元の家電店で売っていた小型のスピーカーを