「アンコンシャスバイアス」って言えば、「多様性」って言えば「寛容」って言えば、「本当の自分」って言えば、なんでも許されるとか思ってんのか?
「言葉」ってものを、「会話」ってものをなんだと考えているんだろう?
そうでないのがあれば、「ああ、そういうのもあるんだね」で済む話。
それを、こういう「こういう例もあるじゃないか!」って重箱の隅を突いてドヤ顔するのって、どチンピラの手柄自慢にしか見えないんだよな。
「それが何か?」
これ、小学生の授業での話なんだっけ?
おいらはむしろ「あなたは間違えている」「あなたは差別主義者だ」「あなたは無知で無能だ」「あなたは悪だ」的な流れに持っていって人格を否定し、「でもね、これをやれば、あなたは素晴らしい人間になれる。素晴らしい人間だ」で認めるという、典型的なカルトの手法にしか見えないんだよな。
「男はスカートを履かない」
スカートを履いた男性を見て無条件に否定するんじゃなく、「あー、そういう人もいるんだ」で終わりでいいだけだよ。
そもそも、スコットランドのキルトとか、知らんのか? っ話なんよ。
これ以上も以下もいらんやろ。
問題はそのスカートを履いた男性が「自分は男だけどフリフリの魔法少女みたいなスカートが履きたい」って、そこまではいい。
好きにすりゃいい。
でも、娑婆に出てくるなら、肌色や毛の色とスカートとの色のマッチングくらいは考えろよ? くらいなもんだ。
明るい色のスカート履きたいなら、はみ出る真っ黒な剛毛はなんとかしとけ、って話で。
昔、某所で、すね毛バリバリのミンキーモモ見た時、心底思ったよね。
汚いって。
色の取り合わせが。
で、そこまではいいとして、「男はスカートを履かない。だからスカートを履きたくて仕方がない、死にたいほどスカートを履きたい自分は女性だ。自分は女性だから女子トイレに入る」とか言い出した時に、「いや、その三段論法はおかしいだろ」と肉体言語でツッコミを入れることを許容すべきだというだけの話だ。
「心は女性」なんじゃない。