「自分たちのサッカー」からの卒業 --アギーレJAPANの初陣をどう見るか
2014.09.08 12:12|雑記|
ハビエル・アギーレ率いる新生SAMURAI BLUE。残念ながらウルグアイ相手に0-2で破れ、初陣を勝利で飾ることはできなかった。
サプライズ招集と言われたFW皆川、DF坂井が先発メンバーに名を連ね、中盤に森重、細貝、田中が配置された4-3-3の新フォーメーションを見て、期待以上に不安や疑念を抱いたサッカーファンも多かったのではないだろうか。
筆者自身、アンカーに森重? 細貝じゃないの? 細貝と田中でインサイドハーフ? ゲームメイクは? パサーは?…と様々なクエスチョンマークを思い浮かべながらホイッスルを迎えた。ホームとはいえ、出場停止中のスアレス以外はほぼベストメンバーのウルグアイは、かなりハードな相手であることは間違いない。必然的に、厳しいマークと切れのあるカウンターを受け、難局を迎えることになるだろうという予測になる。
結果は、その通りになった。皆川は前線で体を張り、及第点以上の働きを見せてくれたし、途中出場の武藤のミドルシュートがポストを叩くなど見せ場はあったが、ミス絡みの2失点を取り返すだけの迫力、アイデアに欠けた。
攻撃陣を牽引してきた両ウィングの本田、岡崎も上下動を繰り返すことで消耗し、後半のシステム変更後は前線で踏ん張りがきかなくなり、攻撃のバリエーションを増やせず、結果的に柿谷の投入も活きなかった。先発メンバーも途中出場の選手もそれぞれ困惑して見えた。
ただ、この「困惑」は選手たちにとってネガティブなものではなかったように思う。困惑したのは、よりハイレベルなサッカーを求められ、試合の中で模索していた証拠でもあるからだ。その意味では、4-3-3というフォーメーションはあるものの、相手の出方、戦況次第でいかようにも対応できるサッカーをしなければならないという、アギーレからのメッセージを感じる試合だった。
強豪国に負けたとき「世界との差」という表現がよく使われるが、組織としての連動性、判断力、球際の強さ、メンタリティ、パススピード、シュート精度など、スキル・経験不足のポイントを列挙して検証することは難しくない。しかし、強いチームと自分たちを比べて、何ができていないか、ストロングポイントはどこかといった議論をしているうちは勝てるチームにはなれない。
ウルグアイ戦で解説を務めた元日本代表の宮本恒靖氏も言っていたが、ブラジルW杯は「ハイレベルなボールの奪い合い」が特徴的だったという。至極当たり前のことのように思えるが、言い換えれば「有効なパスを作らせない」「奪ったら速攻」ということになる。事実、堅守速攻のスタイルが目立つ大会だった。
日本代表の1分け2敗という結果に、大半の人は選手たちが口にしていた「自分たちのサッカー」とは何だったのかと失望したと思うが、つまりは「自分たちのサッカー」ができなかったのではなく、させてもらえなかったのだ。もっといえば、自分たちのサッカーを表現するのではなく、いかに相手に自分たちのサッカーをさせないかが、今のサッカーなのである。
スペクタクルなパスサッカーでEURO2008、2010年南アフリカW杯、EURO2012で制覇し、圧倒的な強さを誇ったスペインも、ブラジルW杯ではあっさりと予選で敗退した。ショッキングな出来事ではあったが、自分たちのスタイルが通用しなかったときの準備ができていなかったということに尽きるだろう。我らが日本代表もこのメンバー、この戦術で行くという意思や決め事が裏目に出たわけである。
この一連の流れの中で勝てるチームづくりを託されたアギーレは、わずか1試合でその善し悪しを判断することはできないものの、ゼロベースで指揮を執っていることを印象づけた。もちろん勝利が欲しいのは当然だが、そこに気負いや焦りは感じられない。
国内でのベネズエラ戦、ジャマイカ戦、海外遠征でのブラジル戦と続き、年内は残り5試合ある。試合を重ねるごとに勝ちを求められ、批判の声が大きくなっていくのか、はたまた、勝利という結果を出し、大いなる可能性を感じさせることができるか。
自分たちのサッカーを目指すのではなく、どんなサッカーにも対応できるチームと個人を育て上げることが、結果として自分たちのサッカーを形作ることになる。そう信じて、新生SAMURAI BLUEを見守りたいと思う。
※言論プラットフォーム「アゴラ」に掲載された記事を転載しています
サプライズ招集と言われたFW皆川、DF坂井が先発メンバーに名を連ね、中盤に森重、細貝、田中が配置された4-3-3の新フォーメーションを見て、期待以上に不安や疑念を抱いたサッカーファンも多かったのではないだろうか。
筆者自身、アンカーに森重? 細貝じゃないの? 細貝と田中でインサイドハーフ? ゲームメイクは? パサーは?…と様々なクエスチョンマークを思い浮かべながらホイッスルを迎えた。ホームとはいえ、出場停止中のスアレス以外はほぼベストメンバーのウルグアイは、かなりハードな相手であることは間違いない。必然的に、厳しいマークと切れのあるカウンターを受け、難局を迎えることになるだろうという予測になる。
結果は、その通りになった。皆川は前線で体を張り、及第点以上の働きを見せてくれたし、途中出場の武藤のミドルシュートがポストを叩くなど見せ場はあったが、ミス絡みの2失点を取り返すだけの迫力、アイデアに欠けた。
攻撃陣を牽引してきた両ウィングの本田、岡崎も上下動を繰り返すことで消耗し、後半のシステム変更後は前線で踏ん張りがきかなくなり、攻撃のバリエーションを増やせず、結果的に柿谷の投入も活きなかった。先発メンバーも途中出場の選手もそれぞれ困惑して見えた。
ただ、この「困惑」は選手たちにとってネガティブなものではなかったように思う。困惑したのは、よりハイレベルなサッカーを求められ、試合の中で模索していた証拠でもあるからだ。その意味では、4-3-3というフォーメーションはあるものの、相手の出方、戦況次第でいかようにも対応できるサッカーをしなければならないという、アギーレからのメッセージを感じる試合だった。
強豪国に負けたとき「世界との差」という表現がよく使われるが、組織としての連動性、判断力、球際の強さ、メンタリティ、パススピード、シュート精度など、スキル・経験不足のポイントを列挙して検証することは難しくない。しかし、強いチームと自分たちを比べて、何ができていないか、ストロングポイントはどこかといった議論をしているうちは勝てるチームにはなれない。
ウルグアイ戦で解説を務めた元日本代表の宮本恒靖氏も言っていたが、ブラジルW杯は「ハイレベルなボールの奪い合い」が特徴的だったという。至極当たり前のことのように思えるが、言い換えれば「有効なパスを作らせない」「奪ったら速攻」ということになる。事実、堅守速攻のスタイルが目立つ大会だった。
日本代表の1分け2敗という結果に、大半の人は選手たちが口にしていた「自分たちのサッカー」とは何だったのかと失望したと思うが、つまりは「自分たちのサッカー」ができなかったのではなく、させてもらえなかったのだ。もっといえば、自分たちのサッカーを表現するのではなく、いかに相手に自分たちのサッカーをさせないかが、今のサッカーなのである。
スペクタクルなパスサッカーでEURO2008、2010年南アフリカW杯、EURO2012で制覇し、圧倒的な強さを誇ったスペインも、ブラジルW杯ではあっさりと予選で敗退した。ショッキングな出来事ではあったが、自分たちのスタイルが通用しなかったときの準備ができていなかったということに尽きるだろう。我らが日本代表もこのメンバー、この戦術で行くという意思や決め事が裏目に出たわけである。
この一連の流れの中で勝てるチームづくりを託されたアギーレは、わずか1試合でその善し悪しを判断することはできないものの、ゼロベースで指揮を執っていることを印象づけた。もちろん勝利が欲しいのは当然だが、そこに気負いや焦りは感じられない。
国内でのベネズエラ戦、ジャマイカ戦、海外遠征でのブラジル戦と続き、年内は残り5試合ある。試合を重ねるごとに勝ちを求められ、批判の声が大きくなっていくのか、はたまた、勝利という結果を出し、大いなる可能性を感じさせることができるか。
自分たちのサッカーを目指すのではなく、どんなサッカーにも対応できるチームと個人を育て上げることが、結果として自分たちのサッカーを形作ることになる。そう信じて、新生SAMURAI BLUEを見守りたいと思う。
※言論プラットフォーム「アゴラ」に掲載された記事を転載しています