モーリス・ルブラン原作「怪盗対名探偵初期翻案集」
モーリス・ルブラン原作、三津木春影ほか著、北原尚彦編
論創社 論創ミステリ叢書別巻、2012年
Amazon.co.jp: 怪盗対名探偵初期翻案集 (論創ミステリ叢書): モーリス ルブラン, 安成 貞雄, 三津木 春影, 清風草堂主人, 北原 尚彦: 本
http://www.amazon.co.jp/dp/4846011372/
□内容
「秘密の
「神出鬼没 金髪美人」清風草堂主人(安成貞雄)…原作「金髪婦人(2-1)」
「春日燈籠」清風草堂主人(安成貞雄)…原作「ユダヤのランプ(2-2)」
「大宝窟王 前篇」三津木春影…原作「奇岩城(4)」
「大宝窟王 後篇」三津木春影…同上
大正初期に翻訳された、アルセーヌ・ルパンシリーズのうちでエルロック・ショルメス(シャーロック・ホームズ)が登場する作品群が収録されている。並びは原作の発表順になっている。巻末には編者による詳しい解題がついている。
「翻案」といっても固有名詞が日本風に改められている程度で、大きな変更はない。どれも割と読みやすいと思う。「大宝窟王」はちょっと堅いというか漢字が多いかな。
さて、アルセーヌ・ルパンの機関紙は「エコー・ド・フランス」ある。しかし、「金髪美人」や「春日燈籠」では「エコー・ド・パリ」(巴里の反響)が使われている。三津木の「大宝窟王」では「巴城民報」を使っているが、これも「エコー・ド・パリ」のことだろう(原作「奇岩城」で使われるのは「グラン・ジュルナル」)。
いずれも英訳からの重訳なので、英訳で「エコー・ド・パリ」となっていたのかもしれない。「エコー・ド・フランス」は架空で、「エコー・ド・パリ」は実在の新聞にある名前だ。
ところが、ここに収録されている作品の中で「エコー・ド・フランス」が出てくるものがある。これでは「エコー」ゆうたらあんた、「エコー・ド・フランス」に決まっとるがな、っていうネタが効かない。(サンドウィッチマンって一応意味があったんだと初めて気づいた。無意味という意味が・笑)
□秘密の墜道
執筆者の名前「清風草堂主人」は複数の人が使っているがこの作者の正体は不明。アルセーヌ・ルパン→龍羽暗仙というアレンジも他の作品とは違うため別人なのだろうな、くらい。暗号もアレンジして日本語化してしまっているのがすごい。
□金髪美人
有村(ルパン)の署名がちゃんと丸囲みになっている(嬉) 他の作品では和名になっているショルメスがこれのみホームズ。
□春日燈籠
ユダヤのランプが春日燈籠へ。予告は初めて見たのでうれしい。
□大宝窟王
初期の翻訳のため、今では改変されている部分の原型を知ることができる。
鴨田検視監(フィユール予審判事)は自分が乗ってきた馬車が「低輪の有蓋馬車」(P297)で、偽の帽子を買った男が乗っていたのも「低輪の有蓋馬車」(P304)だったから、同じ奴だと気づいたわけ。情報がそろえば、それなりに判断する能力はあるのだけれど、情報を追えなかったがために活躍できなかった気の毒な男。
→自動車か馬車か(その2)
惜しむらくは最後の鉄光と保村(ルパンとショルメス)の対決で、省略があること。この話の根幹に関わる部分だと思うから。
「経帷子もて」っていうところはしんみりするのに、ラストのスタスタっていうの、雰囲気が壊れる気が(^^;;
あるミステリーの紹介本で、ラストについて「夜の闇に飛んだ」みたいな紹介があったのを目にしたんだけど、英訳を踏まえた訳だからだと納得した覚えがある(どの本だったか忘れた)。これも英訳故なのかしら。
解題でツッコミ入っている、土左衛門を美人というのは日本の伝統、様式美かと(^^;;
読んでいて「怪盗」(P436)という言葉が出てくることに気づいた。「かいとう」の初出(アルセーヌ・ルパン翻訳史における)か?と思ったけど、「かいぞく」だった。この場合、「怪盗」と書いて「怪賊」と読む、みたいな感じね。「強盗」(P437)も「きょうぞく」ってことは凶賊か強賊か。
近代デジタルライブラリー - 大宝窟王. 後篇(21コマ)
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/913670/21
序(P292)の「強盗」は振り仮名なし。
近代デジタルライブラリー - 大宝窟王. 前篇(3コマ)
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/913669/3
こっちの「強盗」(P545)は「ごうとう」。
近代デジタルライブラリー - 大宝窟王. 後篇(127コマ)
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/913670/127
「怪盗」のほかの読みは見つからなかったけど、本書はちゃんと「怪盗」対「名探偵」となっているわけだ。「怪盗」といい、三津木訳の後世への影響は大きいなあ。“奇巌城”も三津木訳がなければありえなかった。贅沢言うなら、三津木訳の「古城の秘密」(原作「813(5)」)も読みたい。
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