書籍「清少納言を求めて」
草思社の本。筆者はフィンランド人。
決め付けと思い込みの押しつけにうんざり。書き方にも内容にもいらいらするばかりだった。気になる点について書いておく。
・横笛について
横笛は※※自主規制※※の隠語(P423)のくだり、恥ずかしさと憤りで爆発しそうになった。何で枕草子の本でこんな言葉が出てくるのか分からない。この箇所の前に、枕草子乃引用で何度も横笛が出てきて印象づけている。その上で最高の(最低の)タイミングであかすのだ。
横笛は宮中の行事に持つ代われる神聖な楽器であり、横笛の主には一条天皇もいる。放埒な噂のない天皇である。不敬すぎる。そもそも、男女の和合は子孫の繁栄のためであり、子をなすというのは天皇の重要な役目だった。快楽が第一ではない。
隠語とは時と場合を選ぶ言葉。なんで??と考えてセクハラという単語が浮かんだらセクハラにしか見えてこなくなくなった。気色悪い。
・コルテザンという言葉について
アーサー・ウェイリーが英訳した本は、副題に「The diary of a courtesan in tenth century Japan」.(10世紀のコルテザンの日記)が付いている。
コルテザンはもともと宮廷の女性を指す言葉が語原だが、現在あまり使わないようだ。ただし江戸時代の遊女を紹介するのに使われる言葉でもある。古典を翻訳するときに、わざと古い言い回しを使う場合もあるから、ウェイリーがどのような意図で使用したか分からないが、現代において使うのは適切ではないと思う。
lady in waiting(侍女)やcourt lady(宮廷の女性)と紹介する方が適切なようである。ブリタニカのサイトでは「courtier(廷臣)」と説明されている。
courtesan - Wiktionary(英語)
https://en.wiktionary.org/wiki/courtesan
1. 娼婦(遊女) 2.貴族の愛人 3.宮廷の女性
Sei Shonagon | Japanese writer | Britannica(英語)
https://www.britannica.com/biography/Sei-Shonagon
・1670年のある日本人研究者
1670年のある日本人研究者が、清少納言や紫式部を娼婦と公表した(P422)とのことだが、中山三柳の「醍醐随筆」での記述である。中山三柳は医師で儒学を修めた。儒教は女性蔑視の考え方も大きく、女性の学問を否定するための発言であり、現実にそうであったわけではない。
1670年頃は戦乱の世が収まって、江戸時代の幕藩体制が整った時代で、元禄文化(西鶴、近松、芭蕉)が現れる前である。北村季吟が枕草子の注釈書を物した頃で、その注釈書「枕草子春曙抄」が出版されてから、枕草子があらたな読者を獲得していくのである。
醍醐随筆(『杏林叢書 第3輯』)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/935251/1/115
・アイヴァン・モリス『光源氏の世界』
この本では平安時代の知識の多くを『光源氏の世界』に拠っている。『光源氏の世界』では平安時代の絵画の多くは好色なものと素遅くしているが、「栄花物語」の「男絵など絵師はづかしうかかせ給う」というのは絵師が赤面するほどの(玄人はだしの)素晴らしい絵という意味であって、好色ではない。予想以上に自由恋愛の、性愛の時代と思われているようだ。
栄花物語 (校註国文叢書 ; 第10冊) 三十六 根合
https://dl.ndl.go.jp/pid/926046/1/380
この本は主人公がになる映画を紹介したり、江戸時代の成人向けの大衆作品と混同するような書き方をしたり、枕草子が性愛の文学であると強調される作りとなっている。現在の日本での享受についてほとんど触れておらず、違和感が甚だしい。
最後にどうしても書かざるを得ない事がある。人を悪く言うのに特定の人種を指す詞を使うのは良くない(P186)。先人が使っているからといって使うのではなく、使って良い言葉なのか考えるべきだ。
筆者は清少納言を理解できるのは私だけという聖域にいて、努力や取材の跡が見えない。自分に都合のいい清少納言を作り上げている。インターネットにも情報はあるし、自動翻訳の力も借りられる。英語なら問い合わせに対応してくれる機関もあったはずだ。日本くんだりまで何しに来たんだか。
□参考文献
・ゲルガナ・イワノワ「英訳された『枕草子』が作り出した大衆文化」
https://genjiito.org/journals/juornal2/
・Ivanova, Gergana Entcheva "Knowing women : Sei Shonagon's Makura no soshi in early-modern Japan"(英語)(知る女:近世日本における清少納言の枕草子)
https://dx.doi.org/10.14288/1.0072910
・アイヴァン・モリス『光源氏の世界』斎藤和明訳、筑摩書房、1969年
・中村幸彦『近世文藝思潮攷』岩波書店、1975年(「幕初宋学者達の文学観」)