« 自動車か馬車か(その1) - 奇岩城(4) | トップページ | 「花とゆめ」2009年18号 スキップ・ビート!感想 »

2009/08/21

自動車か馬車か(その2)

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


初出と現状のテキストと見比べていたら、他にも違いがあって、メグレ帽子店がある通りの名前(ダヴァルの愛人の住むところと同じ通り)が出てきたり、予審判事が乗ってくる乗り物が違ったりする。この違いは以前指摘されているのを見たことがある。現状のテキストでは自動車(auto)になっているのだが、初出では馬車(voiture)だ。したがって、乗せてくる人物も運転手(chauffeur)と御者(cocher)という違いがある。やはり新学社文庫は初出に近く、馬車と御者だ。実は御者のほうが、その後の展開がしっくりくる。

運転手(御者)は、自分の帽子は残しておき、鳥打帽(ハンチング)を被って出て行く。自動車の運転手が被る帽子は鳥打帽が主流であり、遺留品の鳥打帽は「自動車運転手用の」とわざわざ書かれている。だから運転手なら、鳥打帽を残して鳥打帽を被っていったとも考えられるのだが、ただの「帽子」で、そこに触れられていないのが変だと思っていたからだ。

また、運転手(御者)は自転車で逃げるが、馬車は馬が足手まといになるけれど、自転車や車なら後腐れが無いからそのまま逃げたって構わない。馬車の場合は馬を休ませたり、えさをやったりしないといけないので、当然馬丁の世話になり、気安く自転車も借りられる。だから馬車であることが前提に考え出された話なのだと分かる。


そして、決定的な箇所を見つけた。

十時に、城館に通じているゆるやかな坂を、二台の自動車がおりてきた。一台は古い型のオープンカーで、検事代理、書記をともなった予審判事がのっていた。(岩波少年文庫P18)

「はい。運転手が店の前に車をとめて、客にたのまれたのだが、黄色の革製の鳥打ち帽子を売ってもらえないかと言ったそうです。あの帽子が店に残っていました。運転手はサイズなど気にとめもしないで金をはらって立ち去ったそうです。ひどく急いでいたそうです」
「どんな車だったかね?」
「四人のりのクーペです」(岩波少年文庫P30)

この二つの車が同じタイプだったなら!と思っていたけれど、初出ではズバリどちらも「caleche」だった!

caleche
小型4輪馬車:背付き御者席が一段高く、後ろに折畳み式の幌がある。(「仏和大辞典」)

Caleche - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Cal%C3%A8che

新学社文庫版では違う単語で訳されているため気づきにくいが、英訳を元にしている青い鳥文庫版は分かり易い。(グーテンベルグ所収の英訳では「calash」」)


そして、十時には、城館につづく、ゆるやかな坂道を、ハイヤー(やとわれ自動車)が二台くだってきた。幌付きオープンカーのほうには、検事代理、書記をつれた予審判事(裁判を起こすかどうかを決める役人)のフィーユル氏が、(略)(青い鳥文庫P21)

「どんなタイプの車だったのかね?」
「幌付きのオープンカーです。」(青い鳥文庫P34)

そして、予審判事のセリフの中にもある。

判事は、どう理解したらいいのかしきりに考えているようだったが、とつぜん、かみなりにうたれたようにとびあがった。
「今朝、われわれをここまで乗せてきたハイヤーの運転手をつれてこい! 幌付きのオープンカーを運転していた男だ! すぐに逮捕するんだ!」(青い鳥文庫P34)

これだと明快すぎるほど明快なのに、現状のテキストではそうなっていない。邦訳が元にしているテキストには異同があることが確認されていて、私は本来のテキスト→短縮版のテキスト→本来のテキスト(一部改訂あり)に戻ったと思っていたのが違っていて、現状のテキスト自体にいくつか問題がある、というか、作者の意図に沿うものかどうか分からなくなってきた。

やっぱり「奇岩城」は面白い。いろんな意味で。


前→自動車か馬車か(その1)

※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

« 自動車か馬車か(その1) - 奇岩城(4) | トップページ | 「花とゆめ」2009年18号 スキップ・ビート!感想 »

アルセーヌ・ルパン」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自動車か馬車か(その2):

« 自動車か馬車か(その1) - 奇岩城(4) | トップページ | 「花とゆめ」2009年18号 スキップ・ビート!感想 »

案内

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

アルセーヌ・ルパン

スキップ・ビート!

鉄人28号

つぶやき

無料ブログはココログ