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2010/08/12

浮浪児の魂と剣士の心意気(その2)

アルセーヌ・ルパンに触れた文脈でガヴロッシュになぞらえている本には、次のものがある。

警官のベシューやガニマール、警視庁副総監ウェーバーなどを笑いものにする彼のお芝居や悪ふざけは、彼をして大人になったガヴローシュの後継者たるにふさわしい者とする。(フレイドン・ホヴェイダ『推理小説の歴史』P43)

そして、シャーロック・ホームズとはすなわちイギリスそのものなのだから、アルセーヌ・リュパンはフランスそのものとなるだろう、あるいは少なくとも彼は、七〇年の敗北で卑屈になり、軍国的で、あらゆる報復の覚悟をもち、ロマンティックで、ガヴロシュのごとく寛大で、シラノのごとく精神的なフランスの、何かしらのイメージをもつものとなるだろう。(ボワロー=ナルスジャック『推理小説論 恐怖と理性の弁証法』P101)


次は直接ガヴロッシュの名前がでてくるわけではないが、ガヴロッシュ的なものに言及していると思った。

モーリス・ルブランの功績は、アルセーヌ・ルパンという人物タイプを生々と創造し、新聞小説の古いテーマに若さを与えた点にある。アルセーヌ・ルパンが非常に有名であるがために多少共巧みな詐欺漢が現れると、みなルパンに比較される程である。然しルパンはフランスに於て彼の価値程名声を博していない。彼のフランスに於ける地位はシャーロック・ホームズがイギリスに於いて占める地位に及ばない。彼の利発さ、Dシステム応用の巧みさ、駄法螺、洒脱さをもってすれば、大衆の心を捕えそうなものだ。私が信ずるに、彼には彼の役をやりこなす役者がない。即ちロマンチックなメロドラマ気分と巴里の与太者流の好みを彼に与えているところのものをこなすことの出来る役者がいなかった。ブールバール劇場の若い一流の伊達者を巧みにこなすアンドレ・ブリュレも、この人物の両面を表現するには余りに繊細で固苦し過ぎる。モーリス・シュヴァリエならば巴里の与太者流の要素丈は巧みに表わし得よう、然し彼にはパナッシュな要素に対して必要な理解が欠けている。ルパンの役を完全に理解しコナシ得る役者がいなかったということはまことに遺憾なことである。若し適当な理解者を得たならば、モーリス・ルブランの想像が生んだ人間タイプはもっと力強いものとなったであろう。(フランソア・フォスカ『探偵小説の歴史と技巧』P154-155)

アンドレ・ブリュレはロングランとなった「戯曲アルセーヌ・ルパン(3)」と1幕の「アルセーヌ・ルパンの冒険(A5)」の舞台でアルセーヌ・ルパンを演じている。歌手のモーリス・シュヴァリエは生粋のパリっ子で、いわばガヴローシュ的な人物と言えるだろう。しかしどちらもルパンという人物のもつ側面を演じきれないという。

さて、パナッシュ(panache)というのは、私は知らなかったが騎士が付ける羽根飾りのことだ。だから騎士道精神や騎士としてのふるまいのことを言っているのだろうと思っていたのだが、NHKラジオのフランス語講座で興味深い話を聞くことができた。

パナッシュは元々羽根飾りという意味だが、エドモン・ロスタンの戯曲「シラノ」の最後、シラノの絶命の言葉「Mon panache」(私の羽根飾り<心意気>だ)から、騎士や軍人の華々しさ、勇敢さという意味が派生したのだそうだ。(NHKラジオ「まいにちフランス語 応用編」2010年7月9日放送分)

panache
1.羽根飾り
2.(騎士・軍人風の)勇敢さ、華々しさ
(仏和大辞典)

ここでシラノに戻ってきた。戯曲「シラノ」の初演は1897年。次のシーンの見得(パナッシュ)という言葉を理解する助けとなるだろう。

Bigre, le spectacle en vaut la peine Arsene Lupin, piece heroi-comique en quatr-vingts tableaux La toile se leve sur le tableau de la mort et le role est tenu par Lupin en personne Bravo, Lupin! Touchez mon coeur, mesdames et messieurs soixante-dix pulsations a la minute Et le sourire aux levres! Bravo! Lupin! Ah! le drole, en a-t-il du panache!

「(略)外題は『アルセーヌ・ルパン』八十景からなる勇壮で滑稽な茶番劇……。いよいよいま、死の場面に幕が上る……役は当のルパンによって演じられる、ブラボー、ルパン!……奥様方も殿方も、わしの心臓に手を当ててごらん下さい……一分間に脈搏ははっきり七十ですぞ……。唇に微笑もたたえておりますぞ、ブラボー! ルパン!……ひょうきん者め、さすがに見事な見得だわい!(略)」(新潮文庫「続813」P357/813(5)[エピローグ])

1960年にフランスで放送されたアルセーヌ・ルパンのラジオドラマではパナッシュという言葉が「奇岩城」第2回で使われている。金髪のイギリス人がルブランの元にやってくるシーンで、(多分)ルパンについて尋ねられたルブランのせりふにある。イギリス人の正体は言わでもがなの男だが、フランス人の名前よく知りませんとばかりにそらっとぼけているのが面白い。引用した「813」のシーンは省略されている。


参考までに、フォスカはアルセーヌ・ルパンのキャラクターについて次のようにまとめている。

そこでルブランは考えたのであろう、好感の持てる探偵の代りに好感の持てる盗賊を登場せしめてはどうか。代表的なイギリス人の代りに、理想的なフランス人型を持ってきてはどうか。この考は仲々利巧な考である。何故なればアルセーヌ・ルパンは、その欠点から見てもまた長所から見ても、フランス人に本質的なものを備えているからである。即ち彼は口巧者で騎士的で気前が良く法螺吹きで人を軽く愚弄する術を知っている。それのみならず時には自嘲さえ洩らすことがある。更にまたこの人物は至って御婦人方から御寵愛にあずかったのである。(フランソア・フォスカ『探偵小説の歴史と技巧』P149)


□おまけ
「813」の引用部分(パナッシュ)の後は「Eh! bien, saute marquis」(さあ、飛べ侯爵)と続く。しかし新潮文庫「続813」では侯爵(marquis)が公爵と訳されている。「saute marquis」で検索すると、風刺画や戯曲のタイトルが引っかかるので、関係の有無は不明だが侯爵とすべきだろう。光文社古典新訳文庫『シラノ』の渡辺守章氏の注釈によれば、モリエール喜劇で登場する「侯爵」は小柄で軽薄と相場が決まっているらしい。『シラノ』に登場するのも軽薄な侯爵だ。

Saute marquis... Et toi hipocrite : [estampe] / [non identi... - Gallica(風刺画)
http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b6944653d.r=saute+marquis.langFR
専修大学創立120年記念 図書館所蔵特別資料展 展示リスト(風刺画の解説あり)
http://www.senshu-u.ac.jp/library/news/exhibition/120tenji_list.pdf
専修大学:図書館展示案内
http://www.senshu-u.ac.jp/library/news/exhibition/


□参考文献・参考サイト
・フランソア・フォスカ『探偵小説の歴史と技巧』長崎八郎訳、育生社、1938年
 ※引用にあたって漢字と仮名遣いを現代のものにあらためた。
・フレイドン・ホヴェイダ『推理小説の歴史』福永武彦訳、東京創元社、1960年
及びその増補版『推理小説の歴史はアルキメデスに始まる』三輪秀彦訳、東京創元社、1980年
・ボワロー=ナルスジャック『推理小説論 恐怖と理性の弁証法』寺門泰彦訳、紀伊国屋書店、1967年
・ユゴー『レ・ミゼラブル』全5巻、新潮文庫、佐藤朔訳、1996年
・鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景 木版挿絵で読む名作の背景』文藝春秋、1987年
・NHKラジオ「まいにちフランス語 応用編」2010年7月9日放送分
・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』渡辺守章訳、光文社古典新訳文庫、2008年
・CiNii 論文 - 我がパナッシュ! : <文・武>に秀でたシラノの<心意気>:小玉齊夫、2001年
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006999059
・D'Artagnan - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/D%27Artagnan
・Cyrano de Bergerac (Rostand) - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Cyrano_de_Bergerac_(Rostand)
・Gavroche - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Gavroche
・Video Ina - Arsene Lupin en prison(フランス語)
http://www.ina.fr/audio/PHZ09000308/arsene-lupin-en-prison.fr.html


“裏社会のシラノ”
1960年のラジオドラマ「Les Aventures d'Arsene Lupin」

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