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2007/01/13

“裏社会のシラノ”

ジャン=ポール・サルトルによれば、アルセーヌ・ルパンは「裏社会のシラノ(Cyrano de la pegre)」である。英訳すると「Cyrano of the underworld」。犯罪界の、あるいは暗黒街のと訳すとかっこいいかも。下に引用する翻訳では泥棒世界のとなっているけど、とりあえず裏社会のとしておく。

サルトル「言葉」(沢田直訳、人文書院)より

戦争に敗れたフランスには想像上の英雄がたくさんいて、彼らの勲功のおかげでフランスの自尊心は癒された。私の生まれる八年前、シラノ・ド・ベルジュラックが「赤ズボンをはいた軍楽隊のように鳴りもの入りで登場した」。その少し後、誇り高く憔悴した鷲の子が現れると、ファショダ事件の傷はすぐさま癒えた。一九一二年、私はそういった偉い人物たちのことはまるで知らなかったが、彼らの亜流たちとはつきあっていた。泥棒世界のシラノともいえるアルセーヌ・ルパンに私は夢中だった。ただ彼のヘラクレス的な怪力や皮肉な勇気やフランス的な知性が、一八七〇年の敗北に由来するのだとは知らなかった。国をあげての攻撃性とリベンジ精神が子どもたちみんなを復讐鬼にしたのだった。私もまたみんなと同じように復讐鬼となった。相手を馬鹿にした口調やら、華々しい勇姿に魅惑された。それは敗者の鼻持ちならぬ欠点だったのに、私はごろつきを打ちのめす前から、相手を愚弄していた。

出来れば段落全部引用したかったのだが、同じ段落には「鉄の時代に生まれながら、人生を叙事詩と取り違えるというばかげた間違いを犯したのは、私が敗北の孫だからだ。」「私の叙事詩的理想主義は(略)アルザス=ロレーヌの喪失という辱めの代償」とも書いている。


サルトルの文は自虐的だが本質を突いているともいえるだろう。1912年といえば、ルパンシリーズでは「813(5)」や「水晶の栓(7)」の頃だ。「813」ではアルザス=ロレーヌの代わりにドイツの大公領を手に入れようとする。ドキュメンタリー「ARSENE」でのドミニク・カリファ氏によれば、この時代の大衆小説は誘拐された子供を取り戻すという筋書きが多く、そこで誘拐される子供というのは失われたアルザス=ロレーヌ地方を表していたというが、あながち突飛な考えではないのかもしれない。「結婚指輪(6-2)」で誘拐の手助けをするのはドイツ人の家庭教師である。

屈辱と喪失感、当然手に入るはずのものが手に入らないという憤り、“強いフランス”を取り戻す(でなくてはならない)という時代の空気、アルセーヌ・ルパンはそんなところから生まれてきたのかも知れない。第一次世界大戦を境にルパンシリーズも変質して、あからさまに強大な敵が出てくることはなくなる。しかし、魅力的なのは時代性が色濃く反映された、攻撃的な時代の作品、何かに挑むルパンである。そこでのルパンは決して余裕があるわけでも自信に満ちているわけでもないのだ。

しかし、サルトルはルパンの原動力が敗北の屈辱であることを知らなかったという。ここで、サルトルが生後まもなく父を亡くし母と祖父母に育てられており、その祖父がフランスを選択したアルザス人であったことを考慮しなくてはならない。祖父シャルル・シュヴァイツァーは(何の教師だかメモを忘れたけど)自宅で教師をしていて、生徒にはドイツ人も多かった。サルトルは「ドイツ人に養われていた」とも表現している(祖父の生徒である心優しいドイツ人は好きだったと書いている)。それゆえあくまで個人のヒーローとしてあがめていたと言い訳をしているのだが、その裏にやはり屈辱があることを自覚している。


さて、ここでいうシラノはエドモン・ロスタン作の戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」の主人公。戯曲のシラノを読んだ感想としては分かる分かる!だった。

ひとたび口を開けば快活なセリフや毒舌がとびだし、才気にあふれ腕っ節も強い。芝居っけたっぷりで、自分の死すらも演出してしまう。戯曲から引用したくだりを読めば、ルパンがシラノというのが端的に分かるだろう(恋愛といっても、シラノのそれは見守りたくなるけど、ルパンのそれはしばしば馬にでも蹴られてしまえと…その場合蹴られるのは私になるな)。究極のだめんずで、やせ我慢男でというのが堪らない。ルパンが言う、海が俺を必要としなかったから生き返ったのだという如きは泣けてくるし、笑えてくる。

そしてなにより強烈なコンプレックスを抱えているところ。シラノの場合は「鼻」、ルパンは何と明言することはできないけれど、本当の自分では勝負できないところは共通していると思う。

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