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2010/08/12

浮浪児の魂と剣士の心意気(その1)

ina.frで1960年にフランスで制作されたラジオドラマを聞いている。毎回口上が付いているのだが「Arsene Lupin en prison」(原作は「獄中のアルセーヌ・ルパン(1-2)」)の冒頭ではダルタニャン、シラノ、ガヴロッシュの名前が出ている。名前しか聞き取れないので、何の話をしているかは分からない。おそらくはアルセーヌ・ルパンというキャラクターについてだろう。


ダルタニャンとシラノは実在人物ではあるが、この場合は文芸作品の登場人物としての二人であり、アレクサンドル・デュマの「三銃士」、エドモン・ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」の主人公だ。ガヴロッシュはヴィクトル・ユゴーが創造した「レ・ミゼラブル」に登場する少年の名前だ。

このうち、ダルタニャンは「虎の牙(11)」でルパンの化身のあだ名だ。シラノはサルトルの言葉がある。ではガヴロッシュはどこから来たのだろうか。フランス語からの翻訳本に、ルパンにからめてガヴロッシュの名前が出てくるのは印象に残っていた。

調べてみると何とも簡単な話で、原作でアルセーヌ・ルパンはガヴロッシュだと書いてあるのだった。


Et, par un retour de joie brusque, il se mit a danser une gigue desordonnee au milieu de la piece, une gigue ou il y avait du cancan et des contorsions de mattchiche, et des pirouettes de derviche tourneur, et des acrobaties de clown, et des zigzags d'ivrogne. Et il annoncait, comme des numeros de music-hall:

- La danse du prisonnier... Le chahut du captif... Fantaisie sur le cadavre d'un representant du peuple La polka du chloroforme! Le double boston des lunettes vaincues! Olle! olle! le fandango du maitre chanteur! ... Et puis la danse de l'ours! Et puis la tyrolienne! Laitou, laitou, la, la!... Allons, enfants de la patrie!... Zim, boumboum, Zim boumboum...

Toute sa nature de gavroche, tous ses instincts d'allegresse, etouffes depuis si longtemps par l'anxiete et par les defaites successives, tout cela faisait irruption, eclatait en acces de rire, en sursaut de verve, en un besoin pittoresque d'exuberance et de tumulte enfantin.

そして、急にうれしくなって、部屋のまんなかでめちゃくちゃに踊りだした。まるでレビュー小屋の番組みたいに口上を言った。
「囚人の踊り…捕虜の踊り…人民代表の死骸の上のファンテジー……クロロフォルムのポルカ!……負けためがねのダブル・ボストン!……おいさ! おいさ! ゆすりたかりのファンダンゴ! おつぎは熊の踊り!……それからチロリーヌ! 来たこら、さっさ! いざ、祖国の子らよ!(フランス国家の最初の一句)……じん・ぶんぶん、じん・ぶんぶん…」
彼の浮浪児ガヴローシュ的本性、彼の軽快さの本能は、不安と相つぐ敗北とのために久しく抑えられていたのが、いまや爆発し、笑いの発作、活気の横溢、多弁と子供らしい騒ぎとの可憐な欲求となって発揮されたのである(創元推理文庫「水晶の栓」P230-231/水晶の栓(7)[第10章]※括弧内は割書きの訳注)

- Bah! fit Herlock Sholmes, en froissant le journal, des gamineries!

C'est le seul reproche que j'adresse a Lupin... un peu trop d'enfantillages... La galerie compte trop pour lui... Il y a du gavroche dans cet homme!

「馬鹿らしい!」シャーロック・ホームズが新聞をもみくちゃにしながら言った。「児戯だ! わしにルパンの気に入らないのはただ一つこの一点だけだ……子供っぽすぎるのだ……。大向こうをあまりにも気にしすぎるのだ……。あの男の中にはやくざが住んでいる!」(新潮文庫「ルパン対ホームズ」P149/金髪婦人(2-1)[第3章])

やくざというのはあんまりだけど、普通名詞となったガヴロッシュが使われている。ガヴロッシュはユゴーのキャラクターから派生して、パリの腕白小僧の代名詞となった。鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』によれば、「『レ・ミゼレブル』の登場人物はどれも一読忘れ難い印象を残すが、その名前がハムレットやドン・キホーテのような文学典型を表わす普通名詞にまでなったのはこのガヴロッシュをおいてほかにない。」そうである。

gavroche
パリのわんぱく小僧
[皮肉屋で機知に富み勇敢な少年]
(仏和大辞典)

ガヴロッシュは皮肉屋で才知に富み、勇敢でパリの流行歌に精通している、パリの浮浪児(ギャマン、gamin)だ。

パリの浮浪児は、恭しく、皮肉で、生意気だ。ろくにものを食べず、胃の腑が苦労しているので、食いしんぼうだが、才知があるので、目はきれいだ。(ユゴー『レ・ミゼラブル』新潮文庫3巻P22)

ユゴーは浮浪児気質はゴール精神のあらわれであり、パリの人民は大人になってもやはり浮浪児だと言う(3巻P22、3巻P31)。アルセーヌ・ルパンはまさしく浮浪児なのだ。私はルパンについて“天然”だと思うのだけれど、感情を歌で表したり、口をついて皮肉な言葉がでたり、天衣無縫と言うと大げさだけれど、どこか自由人の気ままさを感じるのはこの浮浪児的な部分かもしれない。


次→浮浪児の魂と剣士の心意気(その2)

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