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2009/02/24

ショルメスの復讐(その2)

※以下の文章は「奇岩城(4)」「戯曲アルセーヌ・ルパン(3)」の内容に触れています。※


ルパンがレイモンドに名前を隠していたと断定して言うのは難しいけれど、それが伺えるシーンがある。

「まったく、君のおかげなんだよ、ねえ、ボートルレ君。もちろん、レイモンドとわたしとは、最初出会った日から愛し合っていたんだよ。完全無欠にね……レイモンドの誘拐も監禁も、うそ八百、お芝居だったのさ。それも、みんな、わたしたちが愛し合っていたからなんだ……しかし彼女は、わたしも同じだったが、偶然に左右されるような一時的なはかない関係でふたりがむすばれることをゆるせなかったのだ。だから、ルパンにとっては、事態は解決できないものだった。しかし、わたしがルイ・ヴァルメラにもどれば、解決できないものでもない。そこでわたしが思いついたのは、君は追跡の手をゆるめず、あのエギーユの城館を見つけることまでしてしまったから、ここはひとつ君の強情なところを利用してやれ、ということだったのだ」
「それにぼくのあほうなところも利用してやろうと……」
「とんでもない! あれにひっかからないやつがいるものかね?」(岩波少年文庫P340)

「ヴァルメラに戻れば」となっているのが重要だと思う。このルパンのセリフは原文では次のようになっている。

- Oui, grace a vous, mon cher ami. Certainement, Raymonde et moi, nous nous sommes aimes le premier jour. Parfaitement, mon petit... L'enlevement de Raymonde, sa captivfte, des blagues, tout cela: nous nous aimions... Mais elle, pas plus que moi, d'ailleurs, quand nous fumes libres de nous aimer, nous n'avons pu admettre qu'il s'etablit entre nous un de ces liens passagers qui sont a la merci du hasard. La situation etait donc insoluble pour Lupin. Mais elle ne l'etait pas si je redevenais le Louis Valmeras que je n'ai pas cesse d'etre depuis le jour de mon enfance. C'est alors que j'eus l'idee, puisque vous ne lachiez pas prise et que vous aviez trouve ce chateau de l'Aiguille, de profiter de votre obstination.

フランス語はよく分からないが、ヴァルメラという名前に掛かる部分「que je n'ai pas cesse d'etre depuis le jour de mon enfance」があるが、ここを活かして訳しているのは見た限りハヤカワ文庫しかない。(横にそれるけれど、ボートルレのことをmon cher ami<私の親友>にmon petit<私のおちびさん>呼びしている。えらくご機嫌らしい。)

「本当に、きみのおかげだよ。そうとも、レイモンドとわたしは、お互いひと目で恋に落ちたんだ。心から愛し合ったのさ……彼女を誘拐したのも、閉じ込めておいたのも、みんな偽装だったんだ。わたしたちは、本当に愛し合っていたんだから……けれどいくら自由に愛し合えても、二人の関係がなりゆきまかせのはかないものになるのは、わたしもレイモンドも耐え切れなかった。ルパンにとってはどうしようもないことだが、ルイ・ヴァルメラに戻れば話は違う。子供のとき以来ずっと、ヴァルメラとして暮らしてきたんでね。そこでわたしは思いついたんだ。きみは追跡の手をゆるめず、ついに<<針の城>>を見つけ出した。だからその粘り強さを、逆に利用してやろうってね」(ハヤカワ文庫「奇岩城」P281ー282)


この場にいるのがボートルレだけなら「ヴァルメラになってしまえば」と言っても構わなかったはずだ。わざわざ「ヴァルメラに戻れば」といい、子供の頃からずっとヴァルメラだったと言っているのはそばでレイモンドが聞いているからだ。ヴァルメラという名前が偽名であることをレイモンド隠すのは当然のことで、ルパンが名乗っているのが偽りの名前なら、レイモンドも偽りの名前を負っていることになるからだ。自分が名乗っている名前は夫の名前ではない。本来の名前の主は死んだか、失踪したか…普通に生きてきた女性にとっては恐ろしい事実だろう。そのうえ夫に嘘をつかれていたこと自体ショックだと思う。

だからショルメスは二人が聞いている場面で暴露したのだ。ルパンが嘘つきで、他人の名を騙って生きているというのはルパンにとってもショルメスにとっても当たり前のことなのであえて言う意味はない。ボートルレの前でも同じこと。ルパンの傍らにいる老女が長年の共犯者だという事実も、衝撃を受けるのはレイモンドしかいない。ショルメスの復讐は、ルパンの計画を壊し、今度こそ警察に連行することが目的だったのだろうと思う。


ルパンがショルメスの暴露で「おしまい」だという気持ちになったのだろう、ヴィクトワールのことを名前で呼んでいる。その前シーンではfemme(女、女の人)と言っている。レイモンドとショルメスの手前、名前を呼ぶわけにも、母と呼ぶわけにもいかない。

そのとき、大きなさけび声が空気をつんざいた。レイモンドが泣き声で言った。
「お母さまよ……声でわかります……」
ルパンはレイモンドにとびつき、はげしい情熱にかられて彼女を引っぱりながら、言った。
「いこう……にげよう……おまえから先に……」
しかし、すぐさま狼狽し、うろたえながら、彼は足をとめた。
「いや、それはできない……卑劣だ……ゆるしてくれ……レイモンド……あそこに、かわいそうな母がいるんだ……ここで待ってておくれ……ボートルレ君、レイモンドのそばにいてやってくれたまえ」(岩波少年文庫P376-377)

この「かわいそうな母」もpauvre femmeとなっている。同じ女性、つまりヴィクトワールのことを、レイモンドはta mere(あなたの母)と認識している、


ルパンにとってヴィクトワールは下にも置かぬ扱いで敬うべき母親ではなく、命令下し有無を言わさず従わせることができる手下だ。ヴァルメラが本名でヴィクトワールが母親だとレイモンドに思わせていたことは確かだけれど、それをそのまま口にしていたかは別でヴァルメラは子供の頃から~と言っているように、どこか逃げ道を作っていた。しかし嘘は嘘であり、嘘の上に築かれた結婚が長続きするはずもなく、まして「レイモンドに見つめられても、顔を赤らめずにすむ」未来など来るわけがない。

「(略)エギーユ・クルーズとは、つまり冒険そのものなのだ。だから、それがわたしのものであるかぎり、わたしは冒険家なんだ。エギーユ・クルーズを返してしまえば、いっさいの過去はわたしから切りはなされ、そして未来が始まるのだ。たとえレイモンドに見つめられても、わたしが顔を赤らめないですむ、平和と幸福にみちた未来がはじまるのだ……」(岩波少年文庫P354。引用時に一部表記を変更)

別人に成りすましたのも、ボートルレを騙してまでも結婚にこぎつけたのも、レギーユ・クルーズを棄てようとしたのもすべてレイモンドのため。そこにルパンのどこかずれた感覚がある。


前→ショルメスの復讐(その1)
次→ショルメスの復讐(その3)

※以上の文章は「奇岩城(4)」「戯曲アルセーヌ・ルパン(3)」の内容に触れています。※

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