高橋健太郎のOTO-TOY-LAB──ハイレゾ/PCオーディオ研究室【第17回】FOCAL「Listen Professional」
スタジオ・モニター〜リスニングを行き来できる密閉型ヘッドフォン
気がつくと、所有するヘッドフォンの数が増えていた。以前はヘッドフォンといえば、スタジオ用の定番、ソニーのMDR-CD900STの一択。ヘッドフォンでの聴取は同じ条件でのモニター性を重視して、家でもスタジオでもMDR-CD900STと決まっていたのだが、昨今はシチュエーションによって、いろいろな機種を使い分けるようになった。家でのリスニング用には後面開放型のヘッドフォンを複数所有。外出用にはノイズ・キャンセリング機能の付いた密閉型を使う。が、より携帯性を重視する時にはイヤフォン型も使う。用途に応じて違うタイプを使い分けることで、ヘッドフォンでのリスニングが快適化し、ぐっと楽しくなった。
しかし、スタジオでのモニタリングはというと、いまだにソニーのMDR-CD900STが手放せずにいる。歌入れの時のピッチ・チェックなどは、慣れていることもあって、MDR-CD900ST以外は考えにくい。だが、MDR-CD900STは「検音」用という性格が強く、長時間の使用は疲れる。ミックスのチェックなどには、もっとサウンドを楽しんで聴けるヘッドフォンが欲しくなる。様々なヘッドフォンを試すうちに、そういう気持ちが強くなった。
フラットなバランスでモニター用にも使えて、リスニング的にも快適なヘッドフォンとして僕の中で定番化しているのはゼンハイザーのHD600だ。ゼンハイザーにはもっと高級な機種もあるが、低域が豊か過ぎて、モニター用途には向かない。HD600は生産中止のモデルだったが、2017年に復刻された。当初は限定販売とされていたが、現在は完全にカタログに戻っている。たぶん、これは同じような理由で、プロ・ユースの需要があるからではないかと思う。
ゼンハイザーのHD600をスタジオに置いて、ミックスのチェックなどに使うのも良い。ただ、HD600は後面開放型だ。レコーディング・ブースでは音漏れがあるので使えない。コントロール・ルームでもモニター・スピーカーを鳴らしながらだと、スピーカーとヘッドフォンの出音がコンフリクトする。だから、ひとりでヘッドフォン作業する時以外には使いにくい。スタジオ用のヘッドフォンは密閉型が基本なのだ。
密閉型のスタジオ用ヘッドフォンでも、後面開放型の高級ヘッドフォンのようなリスニングができる機種はないものだろうか。そんなことを思っている時に噂を耳にしたのが、フォーカルのListen Profesionalというヘッドフォンだった。何人かのミュージシャン、プロデューサーからプライヴェート・スタジオのヘッドフォンをフォーカルに換えたという声を聞くようになったのだ。
人気モニター・スピーカーを手がけるフォーカル社
フォーカル社は1979年に設立されたフランスのスピーカー・メーカーだ。創設者はジャック・マユールというエンジニアで、当初はパリ郊外の小さな工房でスピーカー・ユニットを試作するところから始まった。
僕がフォーカルという名前を認識したのも、まずはスピーカー・ユニットのメーカーとしてだった。1980年代に一世を風靡したアメリカのハイエンド・スピーカー・メーカー、ウィルソン・オーディオの大型システムにフォーカル社製のツイーターが搭載されていたのだ。都内のオーディオ・ショップでそれを試聴させてもらった時に、逆ドーム型の特徴的なデザインのツイーターのメーカーとして、フォーカルの名前は記憶された。そして、僕もほどなくフォーカルの逆ドーム型のツイーターを搭載したスピーカーを購入する。KRK社のKRK 6000というスタジオ・モニターだ。KRK 6000は僕が最初にプライヴェート・スタジオを作った時のモニター・スピーカーにもなり、現在も手放せずに所有している。
その後もフォーカル社のユニットを使ったトールボーイ・スピーカーを使ったり、フォーカル社のウーハーとディナウディオ社のツイーターを組み合わせた自作のブックシェルフ・スピーカーを作ったこともある。だから、僕はフォーカル・ブランドには長く親しんでいると言っていい。
フォーカル社はスピーカー・ユニットを製造する一方で、ジャック・マユールのイニシャルを冠したJM-Labというブランドでコンシューマー用のスピーカー・システムを販売してきたが、2005年以後はすべての製品がフォーカルの名のもとに統一されたようだ。また、同じ頃からプロフェッショナル・シリーズと呼ばれるフォーカルのスタジオ・モニター用のスピーカーが充実するようになった。Solo6 BE、SM9、Trio6 BEといった大小のスタジオ用パワード・モニターを僕も試用したことがあるが、どれもバランスが良い。設置した瞬間から仕事に使える音が出てくると思えるほど。スピーカー・ユニットの自社製作、それもフランス国内での製造にこだわり続けているフォーカルの製品は極めて一貫性が高い質を保っているというのが、僕の同社への印象でもある。
そんなフォーカル社だが、同社のヘッドフォンは歴史が浅く、最初のヘッドフォンとなるスピリット・ワンをリリースしたのは2012年だった。歴史的にマイクロフォンのメーカーがヘッドフォンを手掛けることは多いが、スピーカー・メーカーがヘッドフォンを手掛けることは必ずしも多くない。JBLやKEFといった老舗のスピーカー・メーカーもヘッドフォン・マーケットにも進出したのもごく近年のことだったりする。
現在ではフォーカル社の12%を占めるようになったというヘッドフォン事業は、コンシューマー用のハイファイ・シリーズとプロ用のプロフェッショナル・シリーズの2つのラインからなっている。そして、2018年にそのプロフェッショナル・シリーズに加わったのがListen Profesionalだった。2017年にリリースされたコンシューマー向けのモデル、Listenをプロ用にモディファイ。密閉型で、価格は3万円台。プロの評判も良いということで、これは使ってみたくなった。
Listen Professionalの装着感
Listen Profesionalを箱から取り出すと、まず目を引くのは赤いイヤーパッドだ。このワインレッドはフォーカルのスタジオ・モニターにも使われているカラーリングだ。ListenとListen Professionalの外観はカラーリング以外には大差ないが、後者は耐久性や長時間使用の快適性を高めるために各パーツの素材を変えているらしい。ケーブルは二本付属していて、一本は太めのカール・コード。これもスタジオ使用に向いている。
イヤーパッドは僕の耳の大きさだとすっぽり包んでくれるが、耳の大きい人だとオン・イヤーになるかもしれない。そして、装着感はかなりタイトだ。僕の所有している他社の密閉型と比べてみると、ソニーのMDR-CD900STよりははるかに、ベイヤーのDT-250に比べてもタイトに感じられる。しかし、装着してしばらくすると、それがあまり気にならなくなる。理由はイヤーパッドの圧がただ強いだけでなく、アームとハウジングの連結部が細かく動き、角度をぴたり決めて、フィットしてくれるからだろう。それゆえ、一度、位置が決まってしまうと、装着を意識しなくなるのだ。 この角度がぴたり決まって、フィットしてくれることは、スタジオ用としては大きな利点となる。周囲への音漏れが少なくなるからだ。
レコーディング・ブースではミュージシャンがヘッドフォンの片耳を外すこともある。ヴォーカリストがコーラスを重ねる時などは、その方が自分の生声をモニターしやすい。ただし、この片耳外しをするとヘッドフォンの音漏れをマイクが拾いやすくなる。が、Listen Professionalならばイヤーパッドを耳の後ろにズラしても、そこにぴたり角度を合わせてフィットしてくれる。密着度もタイトだ。だから、片耳を外してもヘッドフォンの音漏れはほとんど起こらない。もう、この一点だけでListen Professionalが僕のスタジオの常備品になることは決まったようなものだった。
その音質ーー距離感や立体感、帯域バランス
さて、Listen Profesionalの音質はどうだろうか。比較のためにショップに行って、ハイファイ・シリーズのListenモデルも試聴してみたが、ListenとListen Profesionalは能率や低域の量感こそ近いものの、音質的には完全に別物に思われた。Listen Profesionalは正確なモニタリングのためのフラットな再生をめざしているだけでなく、サウンドの質感においてもListenよりワンクラス上の製品と考えていい。
Listen Profesionalをスタジオで使用してみて、まず好印象を得たのは、密閉型にもかかわらず、スピーカーで聴いているのと同様の感覚でステレオ・イメージが掴めることだ。密閉型のヘッドフォンはどうしても閉塞感があり、すべての音が近くで鳴ってしまって、距離感や立体感が十分に得られないことが多い。左右に振った音はスピーカーで聴くよりも開き過ぎてしまうが、センターにあるヴォーカルが頭の中心で鳴ってしまう所謂、脳内定位も起こったりする。その点、ゼンハイザーHD600のような後面開放型はスピーカーで聴くのに近い音像と距離感を描き出してくれるのだが、Listen Professionalは密閉型にもかかわらず、HD600にも近い感覚がある。比較試聴すれば、HD600の方が柔らかい雰囲気で、快い音場感があるのが解るが、Listen Profesionalの方が各楽器の定位や音像はくっきりしていて、モニター用途ならば、むしろ後者の方が好ましいとも思えてきた。
帯域バランスに関しては、Listen Profesionalはハイもローもよく伸びているが、誇張感はまったくない。これはプロ・ユースを主眼とした製品として当然のことだが、フラット・バランスを意識しつつも、中域から中低域にかけて密度の濃さが感じられるサウンドなのが個人的には気に入った。
Listenモデルにはこの中域~中低域の充実感がなく、高域のブライトさの方が目立つ音調だった。Listen Profesionalの高域は閃く時にはハッとするような鮮度で閃くが、常にシャリシャリと鳴って耳につくようなところはない。トランジェントが良く、位相特性も優秀だから、よけいな付帯音がなく、シャリシャリしないのだろう。キックやベースの立ち上がりが良く、掴める音像になっているのも、低域から高域まで位相がきれいに揃ってることを窺わせる。このあたりは各社の数万円以上のヘッドフォンでないとなかなか聴くことができないサウンド・クオリティーだ。
さまざまなハイレゾ音源との相性
OTOTOYで配信されているハイレゾ音源も幾つかListen Profesionalで聴いてみた。YOSSY LITTLE NOISE WEAVERの昨年のアルバム『Sun and Rain』は大好きな作品で、とりわけ、2曲目の「Ghost」はスタジオでもよく聴く。基本となるドラムス、ベース、キーボード、ヴォーカルはセンター定位で、モノラルに近いサウンドで始まるが、次第にギター、ホーン、ストリングスなどが加わり、ステレオ配置されていく。さらには左右に飛ぶステレオ・ディレイがこの曲のポイントだ。Listen Profesionalで24bit/48Khzのハイレゾ版を聴いて、そのあたりを細かくチェックするのは楽しい。Listen Profesionalは微妙なリヴァーブやディレイの処理もきれいに描き分け、それが曲全体のグルーヴを高めることにも繫がっている。
4月にリリースされたばかりのスナーキー・パピーの新作『Immigrance』のハイレゾ版(24bit/96Khz)も聴いてみた。今回のアルバムはインストゥルメンタル・グループとしての原点に戻ったかのような内容。ヘヴィーなファンク・リズムやメタリックなロック・ギターがほとばしり出てきて、これまで以上にエネルギッシュ、かつ原色をぶちまけたような濃い感覚のあるアルバムだ。Listen Profesionalでの聴取では、このヘッドフォンの中域~中低域の密度がバンド・サウンドの力強さと好マッチングをみせる。ハイやローの誇張感はないので、力強くても決してうるさくはならず、ヴォリュームも上げられる。
もっと低音の入っている音源もチェックしたくなったので、エラ・メイのデビュー・アルバムを24bit/48Khzのハイレゾ版で聴いてみる。エラ・メイはイギリス出身のR&Bアーティストだが、2018年にアメリカでブレイクし、グラミー賞にもノミネートされた。彼女のトラックはヘヴィなキックとスーパーローまで揺らすシンセ・ベースが一体になってボトムを作っているものが多い。それだけに、キックのディケイの長さやシンセの音程感がクリティカルなになるのだが、Listen Profesionalはそこを正確に再生してくれた。曲ごとのキックの質感の違いなどもよく分かる。この解像度高い低域の再生能力は同じクラスでは並ぶものがないかもしれない。
フォーカルのヘッドフォン・ラインナップ
ところで、フォーカルのプロフェッショナル・シリーズのヘッドフォンにはもうひとつClear Professionalという機種がある。これは完全な後面開放型で、価格は20万円を越える。このClear Professionalも今回、代理店からお借りして試用してみたが、印象としてはListen ProfesionalとClear Professionalはまったく製品コンセプトが異なり、Clear Professionalがフラッグシップ機、Listen Profesionalはその廉価版というような関係ではないようだ。
後面開放型のClear Professionalはまさしくスピーカーで聴いているような感覚での聴取を実現しているヘッドフォンだ。サウンドはListen Profesionalよりもはるかに解像度が高く、空間の表現能力に至っては次元が違う。Clear Professionalと比べてしまうと、Listen Profesionalのサウンドはドライでダイレクト。対して、Clear Professionalは各楽器の周囲の空気感まで瑞々しく描き出す。あたかもビットレートが上がったような細密さを感じさせるが、サウンドは澄み切っていて、神経質にはなり過ぎない。アコースティックな音楽の再生ではこれは圧倒的なアドヴァンテージになるだろう。ただし、エラ・メイのアルバムを聴くなら、Clear ProfessionalよりもListen Profesionalかもしれない。Clear Professionalではキックやベースの暴力的ともいえる迫力が少し薄れ、きれいに聴こえ過ぎるようにも思われる。
いずれにしろ、両者には密閉型・後面開放型という基本的な違いがあり、価格帯もまったくクラスが違う。そして、僕のニーズからすれば、Listen Profesionalが今、スタジオで使いたいヘッドフォンだということになる。できれば、コントロール・ルームに一台、レコーディング・ブースにも一台欲しい。スタジオ用ヘッドフォンの新しいスタンダード。僕の中ではListen Profesionalはすでに、そのくらいの存在になりつつあるのだった。
高橋健太郎のOTO-TOY-LAB アーカイヴス
■第1回 iFi-Audio「nano iDSD」
■第2回 AMI「MUSIK DS5」
■第3回 Astell&Kern「AK240」(前編)
■第4回 Astell&Kern「AK240」(後編)
■第5回 KORG「AudioGate3」+「DS-DAC-100」
■第6回 M2TECH「YOUNG DSD」
■第7回 YAMAHA「A-S801」
■第8回 OPPO Digital「HA-1」
■第9回 Lynx Studio Technology「HILO」
■第10回 exaSound「e-22」
■第11回 M2TECH「JOPLIN MKII」
■第12回 ASTELL & KERN「AK380」
■第13回 OPPO Digital Sonica DAC
■第14回 Lotoo PAW Pico
■第15回 iFi audio xDSD
■第16回 MYTEK Digital「Brooklyn DAC+」
■番外編 Lynx「HILO」で聴く、ECMレコードの世界
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FOCAL「Listen Professional」の仕様
タイプ: オーバーイヤー密閉型ヘッドフォン
インピーダンス: 32Ω
周波数特性: 5Hz – 22kHz
感度: 122dB SPL @ 1kHz – / 1Vrms
THD: THD 0.3% @ 1kHz / 100dB SPL
付属ケーブル: 5m OFCカール・ケーブル / 1.4m マイク付きリモコン・ケーブル
プラグ形状: 3.5mm ステレオ4極ミニプラグ
本体重量: 280g
付属ハードケース寸法: 239 x 212 x 111mm
詳しいスペックはこちらへ
FOCAL「Listen Professional」商品ページ
FOCAL「Clear Professional」の仕様
タイプ: オーバーイヤー開放型ヘッドフォン
インピーダンス: 55Ω
周波数特性: 5Hz - 28kHz
感度: 104dB SPL / 1mW @ 1kHz
ラウドスピーカー: 40mm アルミニウム/マグネシウム 'M'-シェイプ・ドーム
THD: 0.25% @ 1kHz / 100dB SPL
付属ケーブル:5m アンバランス・コイルケーブル(1/4" TRSジャック) / 1.2m アンバランス・ケーブル(1/8" TRSジャック) / ステレオミニプラグ-標準プラグ変換アダプタ
スペア・クッション: 2セット付属
本体重量: 450g
詳しいスペックはこちらへ
FOCAL「Clear Professional」商品ページ