高橋健太郎のOTO-TOY-LAB──ハイレゾ/PCオーディオ研究室【第14回】Lotoo PAW Pico
手のひら? むしろ幼児の手のひらサイズ、しかもDSD再生も
「健太郎さん、こんなの興味あります?」とある日、見せられたのがPAW Picoだった。
「何これ? DAP(デジタル・オーディオ・プレイヤー)なの?」。手のひらサイズとよく言うが、これはもう幼児の手のひらサイズだ。なのに、「DSD」と書いてある。ここまで小さいのにハイレゾ用なのか。もちろん、興味を惹かれない訳がなく、1台貸してもらうことにしたのが1ヶ月程前のことだった。
届いたパッケージを開封して、あらためて手のひらに載せてみると、小さいばかりでなく軽い。スペックを見ると26グラム。単三電池1本分だという。冗談のような軽さだが、発売した中国のオーディオブランド、LOTOOの背景を知ると、内容は侮れなくなる。Lotooは3年ほど前にPAW GOLDという高級DAPで注目された。航空産業用アルミニウム合金を使った精悍なルックスを持つ高級DAPで、価格も20万円台後半。当時、日本で人気を博したASTEL & KERNの高級DAP、AK240のライバルとも言える存在だった。(PAW Goldは回路構成等をリファインしたPAW Gold 2017が年末に発売予定とされている)。
Lotooの背景は中国最大のデジタル放送機器のメーカー、INFOMEDIA社。このINFOMEDIA社はポータブルなテープ・レコーダーの歴史的名機を作ってきたスイスの名門、NAGRA社のODM(Original Design Manufacturing)を行っているそうで、NAGRA社の現行のポータブル・デジタル・レコーダーはINFOMEDIA社がデザインしたものが多いという。言われてみると、NAGRA社の製品とLotooの製品はデザインも似通っている。NAGRA社にもPICOという製品があり、これは2012年に発表された重量71グラムのポータブル・デジタル・レコーダーだ。LotooのPAW Picoはその小型化技術をふまえて開発された再生専用のポータブル・プレイヤーなのかもしれない。
一定のオーディオ・クォリティーを保ちつつ、小型化を追求
PAW PicoのDAPとしてのスペックを簡単にふまえておくと、32GBのフラッシュ・メモリーを内蔵。PCMは24bit/192khzまでの再生能力を持ち、フォーマットもWAV、mp3、AAC、FLAC、ALC、M4A、Aiffなど、幅広く対応している。DSDはDSF、DFFファイルに対応。ただし、再生はネイティヴではなく、PCM変換だ。
PAW Picoの心臓部となるDSPチップには、PAW GOLDと同じアナログ・デバイセズ社のADSP-BF514を採用。DACチップはテキサス・インストゥルメンツ社のTLV320AIC3105。これは2015年に発表されたLotooの中堅モデル、PAW5000にも採用されていた低消費電力型のチップだ。NAGRA社のNAGRA SDなども、このチップを使っているという。
出力はステレオのミニジャックのみ。PAW PicoはiPhoneなどのiOS機器とBluetooth接続し、専用アプリケーションを使ってコントロールすることが可能だが、再生出力をBluetoothで飛ばすことはできない。これはBluetoothを使ったワイヤレス再生では音質に限界があるからだろう。製品コンセプトは最大限の便利さを追求することではなく、一定のオーディオ・クォリティーを保ちつつ、小型化を追求したモデルという位置づけ。高品質なアルプス社製のクリック式ヴォリュームの採用なども、音にこだわりのある人達をターゲットしていることを窺わせる。
DAPを使うにはまずは音源をインストールせねばならない。これは付属のUSBケーブルでPAW PicoをPCに接続して行う。我が家のiMACに接続すると、普通のUSBストレージと同じように、デスクトップに「PAWPICO」という名前のアイコンが現れる。そこにファイルをドラッグコピーしていくだけで音源のインストールは可能だ。PAW Picoの再生モードはフォルダごとに曲順で再生していくか、シャッフルで再生するかのどちらかなので、アルバム単位、あるいはプレイリスト単位でフォルダに収めてドラッグコピーするのが良いだろう。
メモリは32GBだから、16bit/44.1khzのCDクォリティーだと、非圧縮のWAVでアルバム50枚分くらい。FLACやALACならアルバム80枚くらいは収納できる。24bit/96khzやDSD5.6Mhzだと、1/4程度の枚数になってしまうが、当座のお気に入りを手軽に持ち運ぶプレイヤーと割り切って考えればアリだろう。
音源のインストールの一方で、コントローラーとなる専用アプリケーション、Lotoo Picoをアップルストアからダウンロードして、iPhoneにインストールする。PAW Picoは単体でもプレイヤーとして使用可能だが、ディスプレイがないので、Lotoo Picoアプリケーションを使った方が圧倒的に使い勝手は良い。現在、このアプリケーションはiOS版のみが供給されているが、Android版も開発中ということだ。
両方のインストールが終わったら、iPhone のBluetooth設定でiPhoneとPAW PicoをBluetooth接続する。接続後にLotoo Picoを立ち上げると、PAW Picoとの同期が開始。インストールされた音源のフォルダがABC順に並ぶ。視認できるのはフォルダ名だけで、アルバム・ジャケットなどは表示されないので、アルバムのフォルダにはタイトルだけでなく、アーティスト名も表記しておいた方が良いかもしれない。「アーティスト名 – アルバム・タイトル」をフォルダ名にしておけば、ABC順でアーティスト単位に整理されて、フォルダが並ぶだろう。優先したいアルバムやプレイリストは、頭にスペースなどを入れれば上位に来る。PCに接続したPAW Picoは普通のUSBストレージと同じようにファイル名の書き換えなども可能なので、こうした操作は後からでもできる。
一定のオーディオ・クォリティーを保ちつつ、小型化を追求
さて、準備が整ったPAW Picoを街に持ち出してみる。愛用のヘッドフォンはBOSEのComfort25だ。僕はイヤフォンが苦手なので、外出時もオーバーイヤー型のヘッドフォンを使うことが多い。近年はもっぱら、このBOSEのノイズ・キャンセリング・タイプを持って出ている。交通機関などの中でも、ヴォリュームを上げ過ぎることなく、快適な再生ができるからだ。
小さなPAW PicoはそのComfort25のキャリングケースの中にぽんと放り込むことができる。つまり、ヘッドフォンを持って出れば、それ以上、荷物は増えないことになる。これは快適だ。僕がリファレンスのDAPとして愛用しているのはASTELL & KERNのAK380だが、普段、気軽に持ち歩くのならPAW Picoだという気分が俄然、盛り上がる。
音質的にはどうだろうか? 26グラムという重量からまず気になったのは、ヘッドフォンの駆動能力だったが、Comfort25との組み合わせではパワー不足などまったく感じさせない。たいていヘッドフォン、イヤフォンでも無問題だろう。
音質はナチュラル。比較的、明るめだが硬さや神経質さはない。最近、愛聴しているKELELAの『Take Me Apart』を聴いてみたが、シンセベースの低域も十分に出ているし、リヴァーブなどの空間処理もきれいだ。リファレンスにしているAK380と比較すれば、ハイエンド、ローエンドの伸びや細部のディテールに違いが出てくるだろうが、価格は10分の1以下、重量も10分の1程度であることを考えたら、十分に納得できる音質だ。
KELELAはエレクトロニクなサウンドで、フォーマットは24bit/44.1khzだったが、よりアコースティックな質感の音源も聴いてみることにする。原田知世の『noon moon』は24bit/96khzのハイレゾリューション。ギターやピアノのタッチが繊細に表現される。それでいて全体の雰囲気は柔らかい。ヴォーカルもしなやかに歌う。PAW Picoのナチュラルな音質にも合っているのだろう。テストをしていることを忘れて、楽しんでしまった。
5.6MhzのDSDも聴いてみる。坂本龍一の『音楽図鑑』だ。聞き慣れたアルバムだが、PAW Picoでの再生もまったく違和感ない。フォーマットの切り替え時のノイズや再生の遅延といった問題も起こらなかった。このDSD音源をこんなに手軽に持ち歩けるとは、凄い時代になったものだ。
iPhone上のLotoo Picoアプリケーションではヴォリュームはコントロールできないので、音量だけは本体で操作する。見た目とは裏腹にこのクリック式ヴォリュームの操作感がなかなか快い。慣れてくると、iPhoneなしでもPAW Pico本体でも結構、使えることも分ってきた。スキップ・ボタンの長押しで、フォルダを移動できるのだ。アルバムの並びを憶えていれば、いちいちiPhoneを取り出さなくても、聴きたいアルバムを選べるようになる。
Lotoo Picoアプリケーションはまだ開発途上だと思われるが、最も望まれるのはヴィジュアル・データが表示できるようになることだろう。現在の仕様では曲名、フォルダ名ですべてを判断しなければならない。今後のヴァージョンアップで、曲のメタデータに紐付いたジャケットの画像がアプリ上に表示されるようになれば、使い勝手ははるかに快適になると思われる。
考え抜かれたヘヴィー・デューティーなマシーン
ところで、PAW Picoは通常の再生モード(HRモード)以外に、スポーツ・モードというものがある。スポーツ・モードへの切り替えは本体でもアプリケーション上でもできる。スポーツ・モードにすると、sportsフォルダに収納されたスポーツ・モード用の曲だけが再生される。この時はBPMを自動判定して、表示する機能も働く。
さらに、PAW Picoはスポーツ・モードにしている間の移動距離、歩数や平均速度を記録してくれる。記録は本体から音声でも確認できるし、Lotoo Picoアプリケーション上にも残される。アプリケーションはPAW Picoが内蔵しているGPSによって描き出されたルートマップまで表示される。この機能はランニング以外にも使えて、とても面白い。
実際に、PAW Picoを旅行に持ち出してみた。旅行先の街をぷらりと歩く間、スポーツ・モードにしておくと、後でどこをどう歩いたのか確認できる。再訪したい場所なども、どこにあったのか、後日、ルートマップを見れば分るのだ。PAW Picoの内蔵電池は最大10時間持つので、旅先でも電池切れで困ることはなかった。
電池の残量は本体スイッチを長押しすると、音声で確認できる。JPヴァージョンのPAW Picoではもちろん日本語。スポーツ・モードでの記録の音声確認なども同様だ。1ヶ月ほど外出に持ち歩いていると、本体上の操作にもどんどん慣れてくる。見た目はおもちゃのようだが、触れていると、考え抜かれたヘヴィー・デューティーなマシーンであることが伝わってくる。個人的にはそこに一番の魅力を感じるのがPAW Picoだ。
32GBというメモリの制約があるから、メインのDAPにはならないかもしれないが、すでに1台、DAPを所有している人、それも音質にこだわりのある人ほど、PAW Picoの魅力が分るのではないかと思う。持ち歩けば持ち歩くほど、26グラムという低負荷の有り難さは身に染みる。唯一、困るのはあまりに小さいゆえに、どこに置いたのか分らなくなると、探すのが大変だということだけだ。
高橋健太郎のOTO-TOY-LAB アーカイヴス
■第1回 iFi-Audio「nano iDSD」
■第2回 AMI「MUSIK DS5」
■第3回 Astell&Kern「AK240」(前編)
■第4回 Astell&Kern「AK240」(後編)
■第5回 KORG「AudioGate3」+「DS-DAC-100」
■第6回 M2TECH「YOUNG DSD」
■第7回 YAMAHA「A-S801」
■第8回 OPPO Digital「HA-1」
■第9回 Lynx Studio Technology「HILO」
■第10回 exaSound「e-22」
■第11回 M2TECH「JOPLIN MKII」
■第12回 ASTELL & KERN「AK380」
■第13回 OPPO Digital Sonica DAC
■番外編 Lynx「HILO」で聴く、ECMレコードの世界
Lotoo PAW Pico
製品基本仕様
対応フォーマット
DSD64, DSD128, DFF / DSF / ISO / FLAC / APE / WAV / MP3 / WMA / OGG / M4A / AAC / WAVPACK AIF / ALAC / CUE (DSDはPCM変換再生)
CPU
ADI Blackfin 706 DSP
対応サンプルレート
DSD 2.8MHz, DSD 5.6MHz
PCM 32kHz-192kHz
USB
USB2.0
内蔵メモリー
MLC Flash 32GB
連続動作時間
10時間
内蔵モジュール
Bluetooth(BLE), GPS, モーションセンサー
周波数特性
±0.5dB (20~20kHz)
THD+N
0.003% (A-weighting, 500mV)
ダイナミックレンジ
>101dB
出力レベル
−3.5dBu@16ohm
市場想定価格
23,000円(税別)
詳しいスペックはこちらへ
Lotoo PAW Pico 日本語商品ページ