明るい不登校
先日、元依頼者であるAさんに3年振りにメールで連絡して、お願い事をした。
返事は、子どもが不登校になっていて、有給は全て児童相談所に通うために消化しているので、自分は協力できないが、代わりの友達を探してみるということだった。
お子さんのことが、少し心配だった。
打ち合わせのため、Aさんが紹介してくれたお友達と会い、Aさんのお子さんのことを聞くと、なぜだか突然、不登校になった、勉強はしているし、学校が終わると下校した友達と一緒に遊んでいて本人は不都合がないみたいにみえる、学校が嫌いというわけでもなさそうだし、友達も仲良くしているので、どうして行かないんだろうねということなのだそうだ。
いずれ行くようになるよと、言いながら、いつの間にか、1年以上になったという。
おじさんであるマチベンは、やはり少し心配だ。
そういえば、自分の身に照らすと、こんなことがあったことを思い出した。
日弁連のある委員会で、非主流派である愛知県弁護士会選出の副会長(愛知県弁護士会の会長は、日弁連の副会長になることが多い。副会長は、日弁連に多数ある委員会を分担して受け持つ)が、不得手な分野を担当させられた上、何とはなしに、委員会からシカトされるような、冷たい扱いを受けたのを目にしたことがある。
で、思い出したら、それ以来、僕はかれこれ2年以上、その委員会には出ていない。
委員のみんなはいい人だから、別に仲が悪い訳じゃないし、意図して委員会に出ていないわけでもなくて、無意識に足が向かなくなった。
そんなことを思い出して、Aさんにメールしてみた。
返ってきた答えは、娘も元気で活発だし、勉強も遅れていないし、別に心配していない、こんなこともあるのね、というものだった。
何と鷹揚な。
親としては、それなりに忍耐はしているのだろうけれど、「明るい不登校」というものがあるのだなと、思い知らされた。
近代学校システムは、国民国家を担う国民を形成するために作られた。
近代資本主義の祖アダム・スミスは、国家が担うべき最低限の役割として、国防、治安、司法と並んで教育を挙げている。
要するに、近代学校システムは、国軍と工場労働を担うための集団的訓練を経た均一な国民を作るためのシステムだったわけだ。
この要請は、現代日本では明らかに後退していることは事実だろう。
徴兵制などというものは、草食男子が増えている中で導入も困難だろうし、強引に実行しても、実力ある軍隊になるか、甚だ怪しい。
工場労働が経済の主要部分を占めるという時代も、何となくではあるが、終わりそうな気がする。
それが証拠に、これからの日本に必要なのは、勤勉さだけでなく、創造性だとか発想力、構想力だとか言われて、画一思考が批判されたりする。
近代学校システムは、均一で画一な国民の形成を目的とするわけだから、時代のニーズに合っていない。
という訳で、マチベンとしては、国民量産体制の近代学校システムが時代環境の中で、機能不全を起こしたのだと考えてしまう。
「明るい不登校」は生まれるべくして生まれたなんぞと考えてしまうのである。
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