2017年6月25日 (日)

哀悼!! ミスター・ポーゴ選手 1993年7月24日「ノーロープ有刺鉄線バリケードマット電流地雷爆破ダブルヘルデスマッチ」

 この日の午後。ベンチに腰掛けてミスター珍選手を待っていると、いきなりポロシャツの首をつかまれた。

「〇×?+×÷!?(ペルシャ語)」

 立たされ、正面を向かされると、ザ・シークが顔をくっつけてきて、なんだかわからないけど怒っている。

 いつの間にか、珍さんがシークの背後にいて、大笑いしている。

「あのおっさんも元気そうでよかった」

「試合の5時間も前ですよ。プロだなあ。珍さんはコンディションどうなの?」

「あかん。さっき病院で人工透析受けてきたばかりなんや」

 第一試合の10分一本勝負。ミスター珍は初めて田中正人に敗れ「FMW無敗伝説」が途切れた。

 メインイベントは、大仁田厚vsミスター・ポーゴ。ノーロープ有刺鉄線バリケードマット電流地雷爆破ダブルヘルデスマッチ。

 大仁田がリング下に落とされ、地雷がド派手に爆発した。

 リングアウトのカウントが開始される。

 そのとき、白い背中が私の視野を遮った。

 珍さんがリングに立っていた。

 61歳、第一級身体障碍者の珍さんが、「極悪大魔王」ポーゴに立ち向かっていったのだ。ノロノロと。

 大仁田は動かない。

「襤褸切れ」にしか見えない珍さんの背中で爆弾がさく裂した。有刺鉄線がTシャツを切り裂いた。

Photo_2

Photo_3

 野外に設営された薄暗いリング。

 このときのミスター・ポーゴ。悲しげな表情で老人に暴行を加えるポーゴの姿が忘れられない。

Photo_4

 試合後、ミスター珍選手が吠えた。

「俺はスポーツ欄の人間とは違う。俺は社会面の人間なんや!」

Photo_5

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月30日 (日)

東芝「ヤバい筋から勝手に金を借りた」事件 交渉の相次ぐ先送りに「社内殺人」企業サザンが激怒している! 東芝が抱える「たった一日で8600万円の損害が積み上がっていく」時限爆弾

<サザン傘下ジョージア・パワーはウェスチングハウスの事業再生融資に反発>(ウォールストリート・ジャーナル 4月28日)

 東芝は「破産申請で海外原子力事業のリスクを遮断する」と説明していたが、まったくそうはなっていない。

 ケリがつかない理由は、東芝が「アポロ・グローバル・マネジメント」(以下「アポロ」)という会社から借りる札束8億ドルだ。この金で東芝は当面の間「原発建設を続ける」としていたが……。

「借りる相手がヤバいだろ!?」

 サザンが激怒した。

 どうヤバいの?

 そう思ってアポロのウェブサイトを開いてみると……。

<競合他社が一般的に避けている産業に意欲的に投資します。>

 これが、イの一番の社の方針なのだ。

「誰も金を貸さない会社でもうちなら貸しますよ」ってことだ。

「ブラックリストOK 即融資」というビラを公衆便所に張って歩いている闇金業者か?

<我が社の投資アプローチは逆説的である場合が多い。>

 逆説的?

 親切な人が「あそこに金を貸しちゃダメだよ」とアドバイスしても「聞く耳を持たない」ってことだろ?

 アポロの創業者は、その名もレオン・ブラック。

 謎に包まれた人物だが、一度だけ、この男の写真が全世界に配信されたことがある。

 2012年5月。ムンクの絵画『叫び』を史上最高額の約95億4000万円で落札した匿名の人物が、レオン・ブラックであることが判明。

 でっぷり太った金貸しの部屋にムンクの『叫び』!?

 どう考えて悪趣味だろ!?

Photo_2

 

 史上最低の会社に大金を貸すブラックは、何を企んでいるのか?

ブルームバーグの見出しはさらにエグい。

<ウェスチングハウスの事業再生融資は知的財産泥棒という見方も>

 サザンは何を心配しているの?

<8億ドルの事業再生融資の貸し手であるアポロ・グローバル・マネジメントが知的財産の鍵を握ることになり、建設中の原発プロジェクトの命運を握る>

<この融資が実行されると、資金の貸し手は、建設に必要不可欠な知的財産に対する担保権を行使し、建設が停止に追い込まれる可能性もある。>

 サザンが激怒する理由はそれだけではない。

 そもそも、破産を申請したウェスチングハウスが金を借りるには裁判所の承認が必要だが……。

「最低でも4月20日までに裁判所の承認を得て『建設について暫定合意を結ぶ』と東芝は約束していたのに、なんの相談もなく5月10日に延期した」

 そりゃ怒られるよ。

「ボーグル原発所有者は、毎週540万ドルを支出している」

 一週間で6億円超!?

 サザンは「日本人が問題を一日先送りすると約8600万円の札束が消える」と泣きを入れているのだ。

「ウェスチングハウスと東芝がEPC(エンジニアリング、調達、建設を一括する)契約、さらに親会社保障に基づいて、資金面の責任をまっとうさせるため、引き続きあらゆる手を尽くす」

「あらゆる手」のなかには、当然、損害賠償訴訟も含まれる。

 まさに時限爆弾だ。

 東芝とサザンが原発建設継続で合意しても、「逆説的金融屋」アポロがいつ、知的財産の担保権を行使するかわからない。

 建設が止まれば、即、損害賠償裁判となる。

 損害賠償額は1週間6億円。1日8600万円。1時間358万円。1分6万円が積み上がっていく。

 

「自爆用核ベスト」を着て働いているも同然のウェスチングハウス社幹部は今、何をやっているのか?

<(下請け業者のもとに)ウェスチングハウスから突然、手紙が届き「経営破たんした3月29日以前の支払いは現時点で出来ない」と通告された。>(本社の地元紙ピッツバーグ・ポスト・ガゼット)

 現場の士気は大丈夫なの?

<専用の保護ゴーグルや工場用のブーツを会社のクレジットカードで買おうとしても決済できなかったり、その場での支払いを求められたりしている。>

 

「東芝のウソ」が元凶の損害賠償裁判には、恐るべき前例がある。

 

 2009年2月。東芝はサウス・テキサス・プロジェクト(STP)原発3・4号機の設計・調達・建設を一括で受注した。

 長年、電力会社NRGと闘ってきたジャーナリスト、グレッグ・パラストの元に差出人の名前のない小包が送られてきた。資料の袋には「STP」と大書されていた。

<東京発の資料のなかに手書きのメモの数字があり、私には原子炉建屋の建設費に関する個人的な試算に思えた。これは、実際の請求額になるものだ。メモは内密の企業情報として書き加えられた数字があり、足し算すると71億ドルに達していた。>(『告発! エネルギー業界のハゲタカたち』早川書店)

 おそらく、パラストに届いたものと同じ内部告発資料が、STP原発に50%出資する市営企業CPSエナジー、サンアントニオの市議会議員にも届けられた。

 2009年10月。CPSエナジー幹部は、東京に飛び、東芝本社に乗り込み直談判した。

「経費の増大は受け入れられない」

 パラストが受け取った別の資料には、次のような記載があった。

<57億900万ドル→142億7200万ドル÷2=71億ドル 一基につき(秘密)>

 解読はむずかしくはない。

 表向きの入札額は一基57億900万ドルだが、本当の建設費は2基で142億7200万ドル。2で割って一基あたり71億ドル(でもこれは秘密だよ)ってことだ。

「秘密」を東芝が正直に話したのなら、CPSがわざわざ東京まで行って抗議することはありえない。水面下で話し合い、CPSが損害金をもらって手を引けばそれで終わりだ。

 ところが、政治の表舞台で大問題となった。

 2009年10月。サンアントニオ市議会は、原発建設のために新たに4億ドルの債券発行を承認するはずだった。

「プロジェクトの総額が入札時より40億ドルも高いという情報を入手した。この情報は市議会にはまったく知らされていない」

 東芝の「秘密」は、サンアントニオ市議会で暴露されたのだ。

 11月。CPSのゼネラルマネージャーと理事会会長が辞任した。議会に対し、CPSが「秘密」を正直に話していたら、同社幹部が辞任に追い込まれることはありえない。

 内部告発がなかったら、NRG、東芝、CPSは、ウソをつき続けていたに違いない。

 東芝は、サンアントニオの100万人を超える市民から約4552億円を詐取しようとしていたのだ。

 

サンアントニオ市議会が東芝の詐欺を暴露した!

損害賠償金額、なんと2兆8868億円!

 

 2009年12月6日。CPSはNINAを訴える裁判を起こした。

「CPSが原発増設プロジェクトから撤退した場合、CPSが負うべき法的義務と責任を明確にするように」

「裁判長、私たちはどうしたらいいの?」という(公務員らしい?)ずいぶんおとなしい訴状だったのだが……。

 恥知らずのNRGと東芝は、なんと、カウンター訴訟で応えた。

「ニーナ」ちゃんの逆ギレは記憶されていい。

「CPSが投資した3億ドルを放棄してプロジェクトから撤退するか、出資を継続するか、どっちかに決めろ!」

「日本を代表するメーカー」東芝は発狂した。

 NINAの態度に激怒したCPSは、争点を変えた。

「NINA社の詐欺的契約に誘い込まれた」

 訴状には「詐欺」「不正行為」「共謀」という言葉が並んだ。

 損害賠償金の額はなんと……。

 320億ドル!!

 当時のレートで約2兆8688億円!!

 裁判に負けたら、東芝は破産していた。

 助け舟を出したのは、またしても、バラク・オバマ大統領、ウォーレン・バフェット経済顧問のコンビだった。

 裁判に負けたら、最大株主「NRGの事実上のオーナー」であるバフェットも破産していた。

 2010年2月1日。オバマ大統領は突如、「原発新設に対する融資保障枠の大幅拡大」を議会に提案した。

 その額545億ドル(当時のレートで約4兆8859億円)!

 前年度予算の約3倍。

 あっという間の出来事だった。

 わずか16日後の2月17日。泥沼化していたSTP原発裁判は終わった。

(拙書『東芝の深い闇「原子力破産」へのカウントダウン』より)

 

 バラク・オバマ大統領はもういない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月25日 (金)

日本列島は木の葉の船 マスコミはもちろん原子力規制委員も口にできないこの国の破局「建屋滞留水1400万ベクレルのセシウムを津波が海に連れ去る日」

 しーっ! 言わないでね。みんな知ってることだけどね。

 20167月。原子力規制委員会・更田豊志の堪忍袋の緒が切れた。

「東電福島第一原発の津波対策は何も実現していない」

「堤防はできていない」

「建屋滞留水を座視しているわけにはいかない」

「超高濃度の汚染水を移送せよ」

「タンク増設命令を出すぞ」

 更田の激怒を受け、8月に東京電力がこっそり提出したグラフがこれ。↓

Photo

 建屋滞留水とはなんなのか?

 いったい、どれほどの汚染濃度なのか?

 セシウム137は「14」ぐらいの位置。

 単位は?

<×1・0E6(Bq/L)>

 これを瞬時に解読できる人が何人いるだろうか?

「E」とは指数。指数表記のExponentだ。

 E110

 E2100

 E31000

 E410000

 E5100000

 これを調べるのに私も相当な苦労をした。

 14×106(Bq/L)

 建屋滞留水のセシウム13714の百万倍なのだ。

 1400万ベクレル!

 環境に出していい法定濃度の150万倍超!

 しかし、原子力規制委員会の会議に出席した「原子力ムラ」の住人は、誰ひとりとしてこの数値を口にしなかった。

 なぜ?

 会議の様子はすぐさまユーチューブで公開されるからだ。

1400万ベクレルのセシウムがなんの対策もないまま放置されている。これを国民に知らせるわけにはいかない」

 ゆえに更田はこんな言い方をした。

「タンクの汚染水より5乗も高い」

 こんな言い方をされても何もわからない。ピンとくる人は誰もいない。

 このグラフは会議当日にネットで公開されたが、「1400万ベクレル」と書いたり言ったりしたジャーナリストを私は知らない。

 誰かいた? いたら、教えてください。

 20161122日。福島県沖でマグニチュード74の地震が発生。1メートルの津波が原発を襲った。原発の陸側を走る国道6号線は一部水没した。

 翌23日。地下水観測孔(井戸)№1の全ベータが過去最高値、19000Bq/Lを記録した。

 私は何も起きていないふりをして職場に行く。ふりをするしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 9日 (木)

「原発はいらない」ことをキリンカップサッカーの歴史が証明している!2011年 チェコ代表戦の観客65856人!しかし、首都圏での決勝はそれが最後となった

 2004年。

 スロバキア代表とセルビア・モンテネグロ代表が来日。
 
 日本VSセルビア戦は横浜国際総合競技場で行われた。
 
 遠藤保仁のゴール。1-0で日本が勝ち57618人の観衆を熱狂させた。
 
 2005年。
 
 日本0-1UAE
 
 国立競技場 観客数53123人
 
 2006年。
 
 スコットランド代表が来日。
 
 日本VSスコットランド戦は埼玉スタジアムで行われた。
 
 スコアレスドローだったが、観客数58648人。
 
 2007年。
 
 日本0-0コロンビア
 
 埼玉スタジアム 観客数45091人。
 
 2008年。
 
 日本0-0パラグアイ
 
 埼玉スタジアム 観客数27998人。
 
 2009年。
 
 日本4-0ベルギー
 
 国立競技場 観客数42520人。
 
 そして迎えた2011年6月7日。
 
 原子力災害を起こしたわが国にチェコ代表がやってきた。
 
 チェコ代表は約束を守ってくれた。
 
 横浜国際総合競技場で出迎えたファンの数、なんと65856人!
 
 日本0-0チェコ
 
 しかし、その後の5年間、キリンカップサッカーは開催されていない。
 
 その後、東電福島第一原発320キロ圏内で試合を行ったEU加盟国代表は?
 
 2014年5月27日。キリンチャレンジカップ。
 
 日本1-0キプロス
 
 埼玉スタジアム 観客数58564人。
 
 キプロス代表のみ! たった1チーム!
 
 2016年。キリンカップサッカーは復活した。
 
 日本7-2ブルガリア
 
 豊田スタジアム 観客数41940人
 
 決勝は首都圏の大スタジアムで行われてきた。
 
 それが伝統。
 
 単にビジネス「得か損か」という観点からみても。
 
 ヨーロッパの強い代表チームを呼び、首都圏の最もでかいスタジアムで決勝戦をやればいいに決まっている。
 
 ところが……。
 
 日本1-2ボスニア・ヘルツェコビナ
 
 市立吹田サッカースタジアム 観客数35589人
 
 なぜ、決勝戦を大阪でやったのか!?
 
 横浜国際総合競技場 収容能力 72327人
 
 埼玉スタジアム 収容能力 63700人
 
 市立吹田サッカースタジアム 収容能力 40000人
 
 スポーツの熱狂、愉悦を日本人から奪ったのは原発だ。
 
 なぜ、サムライブルーのサポーターは怒らないのか?
 
 なぜ、「原発いらない」の声を上げないのか?
 
Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 8日 (水)

スポーツは瀕死の政治家の点滴じゃねえぞ!! 枡添とリオ五輪 オランド大統領とサッカーEURO2016

 ふざけた事態が進行中です。

 
 まず、東京都議会。
 
 自民党は「舛添知事を徹底的に攻撃するが、辞任は求めない」。
 
 なぜ?
 
「9月のリオ五輪閉会式に出さなきゃいけないから」
 
 ????????
 
 スポーツは瀕死の政治家の点滴じゃねーよ!!
 
 一方、フランスでは。
 
 労働法改悪に反対する無期限ストが続いている。
 
 タクシー組合。
 
<サッカー欧州選手権EURO2016のスタジアムに向かうチームバスを妨害する抗議も辞さない。>
 
 もはや、市街戦の様相なのに、オランド大統領は、エッフェル塔下の「9万人収容ファンゾーン」(パブリックビューイング)設置を決めた。
 
<9万人(警察と軍77000人、民間警備員13000人)を動員する>
 
 中田潤が無料予想。
 
 機動隊の数が足りなくなります。
 
 オランドは、テロ事件後に激減した観光客呼び戻しに躍起なのだろう。
 
 でもね、パリは今も非常事態宣言下にある。
 
 戒厳令下でサッカー!?
 
 サッカーは支持率13%のオランドのためにあるのではない!!
 
Photo_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なぜ、キリンカップサッカーは5年間、開催されなかったのか? なぜ、試合は愛知、大阪で行われたのか? スポーツの愉悦を奪った原発に反対せよ!

 今日のボスニア・ヘルツェコビナ戦は素晴らしかったと私は思います。

 日本代表は負けたけどね。
 
 この素晴らしい大会が5年間も開催されなかったことに思いをはせましょう。
 
 しかも、またしても、欧州代表との試合は東電福島第一原発320キロ圏内では行われなかった。
 
Photo
 
 愛知と大阪だった。
 
 フットボールを見て熱狂するという、ささやかな楽しみが、
 
 スポーツの愉悦が、原発によって奪われた!
 
 サムライブルーのサポーターたちよ!
 
 なぜ、怒らないのか?
 
 なぜ、吠えないのか?
 
Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月13日 (金)

東芝決算 原子力部門の営業損益2247億円!他の部門でこんな多額の損益はない!なのに、「原子力を中核事業に」と言っている東芝は破産する!

 営業損益7191億円は、上場企業で過去最大! ワーストワン!

 
 そのうち、原子力の営業損益が2247億円!
 
 東芝の最大の損失を出したのが原発事業!
 
 地上最強の技術者集団、東芝で14000人がクビを斬られた!
 
 東芝は今すぐ、原発事業をやめろ!!
 
Photo
 
 東芝製世界初のノートパソコン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月16日 (水)

清原和博 親友の金村さんが語る秘話 仰木監督と母・弘子さん なんでなんだ!? 番長!?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月21日 (日)

清原和博インタビュー「男として笑えるように。」2 ナンバー2008年4月24日

 23年後、単身赴任の清原は、(母)弘子さん手作りの「お正月にも食べないようなご馳走」を腹に収め、高知東部球場にやってきた。

 
 1990年。清原はこう語っている。
 
<いま、僕は田無市というところに住んでいるんです。(中略)いまは環八(環状八号線)の外ですから、まず環八の中に入って、次は環七(環状七号線)を制覇して、どんどん都心に攻め上りたい(笑)。>(『現代』1991年1月号)
 
『男一匹ガキ大将』精神とともに憧れの読売ジャイアンツにまで攻め上ると……。
 
「(清原は)邪魔さえしなければいい」
 
「(清原が二軍に落ちて)これで勝つ要素がひとつ増えた」
 
 オーナーから「死んでも忘れない」暴言を浴びせかけられる。
 
 そんな清原に故・仰木彬がかけた言葉。
 
「キヨ、俺がお前の花道を作ったる」
 
 今、清原は言う。
 
「腐ってるな、と自分で思うときは、仰木さんの写真を見るようにしています」
 
 真っ暗闇から最高照度の花道へ。
 
 昨年6月。怪我からすでに9ヶ月が過ぎていた。「心が折れる」寸前だった。
 
「そう、引退です。そのことを家族、恩人に相談しなければ、と考えていた矢先……」
 
Photo
 
Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月19日 (金)

清原和博インタビュー「男として笑えるように。」ナンバー 2008年4月24日号

「髪染めるんは、きまって怪我したときなんですよ」

 清原和博が自分の写真を見つめている。本誌594号の表紙(2003年12月撮影)。プラチナブロンドに染められた髪。
 
「朝起きて、鏡を見る。そこに怪我した自分が映っている。自分を自分だと認めたくないんです。だから、違う自分になろうとする」
 
 あれから4年。
 
 私が肉離れからの復活を目指す清原和博に密着したのは2000年3月。私は本誌494号にこう書いた。
 
<この人、ジャイアンツに来てなんかいいことあったんかなあ……。>
 
 あれからもう8年が過ぎた。
 
 清原和博が、日本球界の主砲が、本当の自分に出会えるのはいつなのか。
 
「怪我をしたのは、一昨年の9月の初め。1打席目、打った瞬間です。今まで味わったことのない激痛が走った」
 
 2度目の手術に踏み切っても痛みは消えなかった。何も変わらない。
 
「真っ暗闇でね。誰かにヒザをバンバン蹴られているような状態」
 
 22年間、闘って、本当にいろいろなことがあった。で、たどり着いたのは真っ暗闇。
 
 憧れの王貞治から「努力」と書かれた色紙を贈られた18歳の秋。ドラフト会議後、いっしょに泣いた母、弘子さんは、
 
「和博、王なんかに負けたらあかんで! 早う55本のホームラン打たなあかんで!」
 
『Number』701 2008年4月24日号
 
Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧