チェコの原発受注確定→政権交代で計画は白紙に→日本に入金されるはずだった札束を中国が略奪 報道されない「東芝プラハの失望」事件
それは、東芝が大儲けできるビジネスだった。
<当社のグループ会社であるウェスチングハウス社は、チェコ電力(CEZ)が自国で建設を計画しているテメリン原子力発電所3・4号機における一次入札審査において、チェコ電力から、同社が提案している110万キロワット級原子炉「AP1000」が、許認可、実効性、技術的リスク評価、価格、契約条件など総合的な評価で最上位評価を獲得しました。>(東芝のプレスリリース 2013年3月26日)
この時点では、ウェスチングハウス(WEC)にとって「チェコでのビジネスは楽勝」だったはずなのだ。
このプレスリリースが発表されたころ、WECは米国原発建設遅延、減損問題で大揺れの状況。チェコの原発2基は「絶対に獲らなければならない案件」「WEC存続の命綱」でもあった。
<年内の2基受注獲得に向け、本格的な契約交渉を開始します。>
成功すれば、東芝も胸を張って言える。
「原子力事業は儲かっています」
前年の10月。最大のライバルだった仏アレバ社が入札から消えた。消えた、というより、チェコ政府が「消してくれた」。国営企業のチェコ電力が、アレバの入札提案書を「法的な契約要件を満たしていない」として入札候補から除外したのだ。
「政治的」としか形容しようのない不可解な動きだった。
ロシアのロスアトムとの一騎打ちとなった12月。強力な助っ人がプラハの地に降り立った。
原子力企業エンタジーの元弁護士、「ミセス・アトミック」ヒラリー・クリントン国務長官である。
「オバマ政権はWECを強力に後押ししている」
2013年8月。勝利を確信したWECは、チェコの現地企業にAP1000のモジュール製造を依頼した。
ところが……。
2013年1月。チェコの大統領選で異変が起きていた。
前大統領、ヴァーツラフ・クラウスは、ミルトン・フリードマン、マーガレット・サッチャーを信奉する筋金入りの新自由主義者。
「電力をはじめとする公共事業を民営化し、外国企業に売り払ってしまえ」
約10年間の大統領在任中、クラウスは、サッチャーと同様の急進的な経済政策を採ってきた。
WECの原発輸出は「クラウス・ヒラリー」のコンビで推し進められてきた。
クラウスは大統領を辞め、社会民主党の元党首、左派のミロシェ・ゼマンがチェコ大統領の椅子に座った。
原発建設は、計画から運転開始まで10年以上かかる「亀のごとく歩みののろい」事業である。その間、「政権交代など起きない」と考える投資家がいたとしたら、そいつは相当なアホだ。
2014年4月9日。ゼマン大統領は議会で断言した。
「テメリン原発に政府の価格保証は付与しない」
原発建設費に見合った価格で政府が電力を買い取る、という約束が反故にされた。ゴミ箱に投げ捨てられた。
翌10日。チェコ電力は、入札を取り止めた。
WECはすぐに声明を出せなかった。プレスリリースの書き出しは、
<私たちは深く失望している。>(2014年4月14日)
<決定プロセスの最終段階で、チェコ電力は入札をキャンセルした。>
4日間の遅れは、その間、WECが事態打開を模索していたことを意味するのかもしれない。
間違いなく言えるのは、WECがオバマ政権の幹部に「チェコ政府を脅してくれ」と依頼したことだ。その証拠は、チェコの米国大使館が民間の企業取引について出した「ありえない声明」である。
<落胆している。><チェコの親しい友人である同盟国として、入札中止は、わが国の投資家、世界の投資家に対し、どんなメッセージになるか、懸念している。>
この時点で、普通の日本人経営者なら「WECを売却する」と宣言しただろう。米国原発建設での大損害とのダブルショックで、WECは息の根を止められたのだから。
しかし、東芝は、2006年のWEC買収で、とんでもない「高値掴み」をしていたので、WECを捨てたかったけど、捨てることができなかった。
2006年当時、WECの企業価値は19億ドル程度と言われていた。東芝はWECを54億ドルで買った。
もし、東芝がこう言ったとしたら?
「WECを54億ドルで売ります」
大企業のトップ、投資家、市場関係者は「バカか?」と言うだけだ。
「じゃあ、19億ドルで売ります」
買うやつはひとりもいない。万が一、買うやつが現れたとしても、東芝は35億ドル、約3906億7千万円の損失(赤字)を計上しなければならない。現在の業績予想では、東芝の純資産は1500億円しかない。
「WEC売却」=「東芝の破産」なのだ。
2014年4月。チェコでのビジネスが消え、東芝・WECに残されたのは「願望」のみとなった。
<私たちは代替案を待っています。話し合いが継続することを期待しています。><私たちは利益を実現します。><私たちのグループ企業である東芝は、世界をリードする原子力エネルギー企業であり、世界中の顧客に原発とその部品、技術を提供してきたリーディングカンパニーです。>(WECのプレスリリース)
代替案などあるはずもなく、チェコ電力は原発建設を断念した。
これで話はおしまいだ、と私は思っていた。ところが……。
2016年3月31日。中国の習近平国家主席がチェコを訪問し、ゼマン大統領と会見した。習近平のあとにくっついて会議室に入ってきたのは、原子力企業、中国広核集団(CGN)の幹部たちだった。
<中国:欧州への「華龍一号」輸出促進でチェコとの原子力協力強化>(原子力産業新聞 2016年4月1日)
米国との関係悪化など歯牙にもかけず、WECのケツを蹴り上げて追い出したゼマン大統領が、中国の「自称国産原発」華龍一号を「買う」と言い出したのだ。
国家最高権力者の豹変の裏にあるのは、ここでも金だ。
中国の「原発輸出外交」の切り札は、原発建設資金の「拠出」。ロシア流の巨額「融資」(金を貸してあげる)ではなく、巨額「拠出」(金をくれてやる)。
<中国、原発輸出を加速 アルゼンチンと契約、英国に続き 資金提供持ちかけケニア、パキスタンなどとも交渉 安全性確保に不安も>(サンケイ・ビズ 2015年11月26日)
<アルゼンチンと合意したのはブエノスアイレス州に増設される原子炉への設備供給で、投資額は総額60億ドル(約7400億円)。このうち中国側が38%の資金を拠出、または低利で融資する。>
WECが「楽勝」で手に入れるはずだった札束は中国に略奪された。
巻き返そうとしても、WECにはもう手も足も出ない。このとき、WECの祖国アメリカの輸出入銀行は共和党保守派によって「営業停止」中だったのだから。ヒラリー・クリントンに懇願しても、米国政府は1セントの金も出してはくれない。
東芝は「原子力破産」する。
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