北朝鮮の核実験
本当に実験はあったのか、誰も証拠を提出していない。
そうでしょ。核実験にしては地震波が小さすぎる。地形の変化が確認できていない。その他いろいろで、パキスタンのケースと違いすぎる。パキスタンから核技術が密輸されたのなら、同じ現象が起こるはず。
ネット百科事典を見てくれ。「北朝鮮 核」を解説する文章の語尾のすべてが「推測される」「みられている」である。
じゃあ、IAEAの査察が入ればいいのか。ほとんどの人がIAEAを去っていったよね。報告が握りつぶされ、改ざんされたから。北朝鮮が査察を受け入れた、はゴールでもなんでもない。
少なくとも言えるのは、恐怖が撒き散らされ、恐怖が政治、少なくとも、「民主」の冠がつく政治を動かしてきたことだ。民族紛争、イスラム原理主義者、イスラムのテロリスト、拉致国家、独裁国家……。
ネットのタダ情報、テレビ報道以外で、私もあなたも何を知っている?
もちろん、北朝鮮を擁護するつもりなど微塵もない。
根拠、証拠、確固たる論証が何もないところで発生する恐怖はそれ自体意味がないが、民主政治を動かすのである。
そもそも、査察をIAEAだけに託したのは誰? 少なくとも私じゃない。
我が祖国は北朝鮮より大量のプルトニウムを保有していて、原発事故を何十件も隠していたことが発覚し、アメリカの原爆投下を絶対に忘れていない。この事実には「推測される」も「みられている」も必要ない。
来たれ、IAEA!
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