eラーニングを手がけるケアブレインズは,自社で使用するためにCRM(Customer Relationship Management)ソフトを探していた。同社のビジネスは顧客からeラーニングのコース作成を請け負う「受注生産型」なので,案件ごとのプロジェクト管理機能を備えたCRMソフトが必要だった。「色々なソフトウエアを調べてみたが,高価でオーバースペックなソフトウエアか,安価だが機能が足りないソフトウエアばかりだった」(内田隆平ソリューション開発チームリーダー)

 そんな時に見つけたのがオープンソースのCRMソフト「SugarCRM」だった。

30万件以上ダウンロードされた「SugarCRM」

 SugarCRMは,SugarForge.orgが開発し,オープンソース・ソフトウエアとして無償で配布しているCRMソフトである。公開されてからまだ1年ほどだが,すでに世界中で30万件以上ダウンロードされたという。CRMソフトとしての基本機能はもちろん,ケアブレインズが必要とするプロジェクト管理などの機能も備えていた。しかも無料で使用でき,ソースコードを改良することもできる。ケアブレインズは今年の2月にSugarCRMを社内に導入し,メニューも日本語化した。

 「社内で導入したSugarCRMを近くの会社などに見せたところ,多くの会社が『使いたい』と興味を示した」(内田氏)。そこで,本格的に事業としてSugarCRMを手がけることにした。日本語化のためのモジュールもオープンソースとして公開。ユーザー同士が情報交換するためのサイトも7月に開設した。

 SugarCRM自体は無償なので,導入支援やSugarCRMのホスティングによるASPを事業とする。内田氏によれば税理士事務所や介護事務所,研修会社など,十数社で導入が進んでいるという。多くはケアブレインズが提供するASPでの利用だ。「研修会社では,営業部隊20名程度で使用している」(内田氏)

 「興味を持つのは小規模な企業だけかと思っていた」(内田氏)が,蓋を開けてみたらSiebelやsalesforce.comを使用している大企業からの問い合わせもあったという。「ある企業の担当者は,『バージョン・アップで追加される機能を使うことはないのに,ソフトウエア保守費として3000万円払っている。また,カスタマイズが必要になった際にはベンダーの言いなりに払うしかないのでコストがかかって困っている』とこぼしていた」(内田氏)

 ある人材派遣業の企業では,年内稼働を目指して,約700ユーザーでの導入を進めているという。salesforce.comからの移行だ。SugarCRMは,salesforce.comからデータをインポートする機能も備える。SugarCRMならライセンスは無料だ。またオープンソースであるため,ケアブレインズでなくともカスタマイズやサポートを行うことができ,ベンダーに縛られることも少なくなる。

  ケアブレインズとは独立にSuagrCRMの日本語化を行っているグループ「SugarCRM日本語化フォーラム」もある。同フォーラムのサイトでは,デモ・サイトを解説しており,SuagrCRMの日本語版を実際に操作してみることもできる。

日本の商習慣にも対応する「SalesLabor」

 オープンソースのCRMソフトはSugarCRMだけではない。ネットワーク応用通信研究所は6月,同社が開発したオープンソースCRMソフト「SalesLabor」を公開した。日本の組織や商習慣にも対応した国産の本格的なCRMソフトである。同社では実際の業務にも使用している。

 同時に,自社で開発し使用しているオープンソースのFAQ管理システム「QuestionLabor」も公開した。Laborシリーズの公式サイトで配布している。同サイトでは,デモやドキュメントも見ることができる。

 ネットワーク応用通信研究所では,ソフトウエア自体は無償で配布し,カスタマイズやシステム・インテグレーションをビジネスとする。SalesLaborは1カ月あまりで700件以上のダウンロードがあり,カスタマイズやシステム・インテグレーションの引き合いも来ているという。

オープンソースならカスタマイズは自由

 オープンソース・ソフトウエアは,LinuxやApacheのような基本ソフトウエアから,PostgreSQLやMySQLといったミドルウエアの分野へ普及が進んできた。だが考えてみれば,アプリケーション・ソフトウエアこそが,ソースコードが公開されていることの利点をより生かすことができる分野と言える。

 ソースコードを改変してカスタマイズしたいという要望は,OSよりも業務アプリケーションの方が多いだろう。業務に合わせてOSを改造したいというユーザーは少ないだろうが,業務アプリケーションに対してはほとんどのユーザーが何らかの改善要求を抱えている。

 また,ソースコードをいじれる人材の面から言っても,C言語でLinuxを書き換えることができる技術者に比べ,JavaやPHPでWebアプリケーションを書き換えることができる技術者のほうが圧倒的に多い。

 アプリケーション・ソフトウエア,特に業務アプリケーションでは,現在も商用ソフトウエアが主流である。高機能なオープンソースの業務アプリケーション・ソフトウエアが出現すれば,それが一気に大きなシェアを占める可能性がある。

OSSの形態を嫌うパートナ,高信頼性/高機能を望むユーザー

 とはいえ,オープンソース業務アプリケーションの普及にはハードルもある。

 一つが,ビジネス・モデルの問題である。LinuxとJavaに特化した事業を展開しているテンアートニでは,自社で開発した営業支援ソフト「Sales Force Automation+」(以下,SFA+)をオープンソース・ソフトウエアとして公開することを検討していた。

 同社では,フレームワーク「TenArtni Ninja-VA Framework」をオープンソース・ソフトウエアとして公開している実績がある。テンアートニの代表取締役である喜多伸夫氏は「OS,ミドルウエア,フレームワークの次は業務アプリケーションにもオープンソース・ソフトウエアが侵食してくるのは間違いない」と予測。先にシェアを確保するために,SFA+をオープンソース・ソフトウエアとして公開することを考えていた。

 しかし同社は8月,SFA+をクローズドソースの商用ソフトウエアとして発売した。理由は「現時点では販売パートナや顧客の理解が進んでいない」(喜多氏)と判断したためだ。特に販売パートナは,売り上げの立てにくいオープンソースという形態を嫌った。年間使用料(サブスクリプション)という形をとるにしても,売った時点で目先の売り上げが立たない製品には,販売したいというインセンティブが働かない。

 また,業務アプリケーションについては,インテグレータやユーザーの要求する水準が高いということも普及のハードルになる。Linuxなどなら,「障害が発生しても影響が少ない部分に試験的に導入する」ということも可能だが,業務アプリケーションではそうはいかない。業務データを格納する以上,障害が発生したら業務そのものが止まるからだ。

 信頼性だけではなく,機能や使い勝手に対する要求も高い。ユーザーにとっては,業務アプリケーションがオープンソースかどうかは関係ない。業務に必要とされる信頼性と機能があるかどうかが最も重要だ。その上で,より低コストであることが求められる。

機能や品質は着実に向上,“しきい値”を超えつつある

 だが機能面では,今回紹介したSugarCRMやSalesLaborなどは,実用に足る“しきい値”を超えつつあるように思える。それを裏付けるように,SugarCRMはダウンロード件数が多いばかりではなく,8万社が実際に導入しているという。

 品質面の向上もめざましい。これまで見たように,ベンダー各社が将来のデファクト・スタンダードを狙い,本腰を入れてオープンソース業務アプリケーションの開発に取り組んでいるからだ。

 開発にはオープンソースのメリットが生かされている。コミュニティが形成されれば,オープンソース・ソフトウエアの開発スピードはめざましく速くなる。バグを報告したりパッチを作成したりする技術者のほか,ケアブレインズのように,自分たちに必要な機能を開発し,その成果を公開するところも出てくる。

 前述したように,業務アプリケーションにとって重要なのはオープンソースであるかどうかよりもソフトウエアの機能と品質である。そしてオープンソース製品の機能と品質は着実に向上してきている。

 オープンソースの業務アプリケーションはCRMソフトだけではない。米Compiereが開発,配布しているERPソフトの「Compiere」は,これまでに90万回以上ダウンロードされたという。日本医師会が開発,配布している医事会計システム「日医標準レセプトソフト」は,7月19日時点で1582の医療機関で稼働した。なお,日医標準レセプトソフトの実際の開発は,SalesLaborを開発したネットワーク応用通信研究所が担当している。

 オープンソースの業務アプリケーションの多くが“しきい値”を超え,普及が始まる時期は近いのではないか。筆者はそう考えている。

(高橋 信頼=IT Pro)