Google Mapsの“商用版”であるGoogle Maps for Enterpriseを活用できるビジネス・アプリケーションとしては,どのようなものがあるでしょうか。Google自身は,Google Maps for EnterpriseのWebページで5つの例を挙げています。

(1)Workforce management

 オフィスの外で働く社員を効率よく配置したり,活動に必要なリソースを効率よく補充したりすることが,ビジネスにおいて重要なのは言うまでもありません。アルゴリズムの教科書でよく取り上げられている「巡回セールスマン問題」がコンピュータで簡単に解けないから,というわけではありませんが,現実には,過去の経験則を交え,VIP顧客に対する戦略的な判断から社員の急病まで多種多様な要因を考慮して訪問先やルートを決めているようです。

 しかし,個々の社員が自分の持つ情報だけで判断していては,効率化にも限りがあります。例えば営業マンが,客先に向かう途中でパンフレットやノベルティなどの販促部材を補充する必要が生じたとしましょう。自分で本部まで取りに戻っていては,遅刻してしまいます。このようなときに本部を呼び出して,Google Maps for Enterprise上にマッシュアップした複数の社員の動きを眺めてもらい,支援してくれそうな人にインスタント・メッセージなどでコンタクトしてもらうことができたら・・・。ビジネスの全体最適につながりそうですね。

(2)CRM

 CRM(Customer Relationship Management)の支援というと,近年のIT業界では,いわゆるCTI(Computer Telephony Integration)がソリューションの中心,という雰囲気があります。方法論やゴールとして,ワンツーワン・マーケティングを採用するにしても,別のコンセプトを採用するにしても,ITに落とし込んだときはWeb, 電子メール,電話,Faxなどのメディアの統合運用と顧客データベースの一元管理が共通の課題になってくるからです。

 国内でも104の電話番号案内のようにはるか遠隔地のオペレータが対応することがありますが,北米で電話サポートにかけたら,それこそ,時間帯によってインドにつながったり,欧州や豪州につながったりとグローバルな対応が当たり前になってきています。このようなときに,電話をかけてきた顧客の位置を,Google Maps for Enterprise上で縮尺を切り替えて自在なスケールで眺め,近所の地形や道路,施設の様子を眺めるだけでも,より適切なコミュニケーション,迅速な情報獲得ができることがあるでしょう。場合によっては,当の顧客以上にその顧客が置かれた状況を把握しながら,現地の修理・保守の代理店のサービスについて説明することさえ可能になるかもしれません。

(3)Operations and logistics

 商品を仕入れ,運び,必要な対応を社内外で行って納品するなど,物流を支援・最適化するのにITが大いに貢献することは,WalmartやFedExなどの例を見れば明らかです。物理的なモノの移動を伴う活動であれば,かゆいところに手が届くように地理的な情報をピンポイントで提供することで,さらなる改善ができる余地は十分にあるでしょう。現在位置のトラッキングを精密化する,REST型Webサービスによってリアルタイム化する,というのがその例です。Google Maps for Enterpriseによってサービスや業務効率を改善につながる可能性は十分ありそうです。

(4)Marketing

 上記(1)~(3)は,既に走っている業務のサポートでした。これとは別に,過去・現在・未来を見渡し,ビジネスの傾向をつかみ,今後の動向を正確に予測したい,というニーズがあります。経営戦略と密接に結びついたマーケティング戦略です。

 こうしたマーケティング(概念的には実際のセールス以前のリサーチ活動)においては,マーケット・セグメントの細分化,顧客層の差別化が重要となります。その際の区別,分類のための属性の一つとして,地理的情報が使えるでしょう。うまくほかの情報,知識とマッシュアップできれば,ピンポイントでターゲットとした顧客が集中的に居住・勤務する地域をGoogle Maps for Enterprise上で特定することさえ可能になるかもしれません。

(5)External Websites

 前回,「他社サービスをマッシュアップした複合サービスをどうしたら外販できる?」という疑問を引用しました。外販までいかなくても,複合サービスを社外向けに無償で公開するというのは十分に考えられることでしょう。

 その内容ですが,Googleは自社系列の販売代理店の所在や,ショールームの所在地など,固定的な地図で足りそうな例を挙げています。こうした例では,Google Maps for Enterpriseを持ち出すまでもなさそうです。むしろ,経路のトポロジさえ正しければ,思い切って簡略化して表示した方が分かりやすいかもしれません。コスト・パフォーマンスの点でも,“for Enterprise”ではない,ただのGoogle Mapsで十分だという声が聞こえてきそうです。

 でも本当にそうでしょうか。GoogleのWebページの勧めに従って,Google Mini Map を眺めてみると,北米におけるGoogleの拠点のところに数多くのピンが刺さっているのが見えます。このくらいたくさんあれば,ズーム・イン/ズーム・アウトやスムーズ・スクロールなどをしたくなるのも分かります。大規模であれば,Google Mapsの出番になるだろうし,そこへマッシュアップされるコンテンツも量が多く複雑だろうから,しっかり“for Enterprise”版でサポートしてもらったらいかが,というアピールがなされている,と言えます。

 ビジネス・モデル的には,イントラネット検索エンジンのGoogle Miniと同じ位置付けになりますが,エンジンだけでなく,地図というコンテンツも込みで提供される点が異なります。よりWeb 2.0的なサービス(商品)といってもよいでしょう。

 さて,ここまで紹介してきたアプリケーションのアイディアは,果たして,独創的な,誰も思いも付かなかったようなものでしょうか? 全然そんなことはないと思います。Google自身,Google Mapsを見たら誰でも思いつくでしょ? という程度に考えているように見えます。

 もし,それでも驚いたというのなら,それはいわゆる草の根的,ギーク的なWeb 2.0の雰囲気にだまされていた,ということではないでしょうか。地理的な情報を道具として用いる業務は元々多岐にわたっていたけれど,チープ革命以前には,Google Mapsのようなものを業務プロセスに組み込む代わりに,人間が紙の地図帳の頁をめくらざるを得ない状況(オンラインのWeb地図をただ見るだけなのも同様)だったと言えます。個々の企業が,一つひとつをとってみればたまにしか使わない,多種多様な業務にGoogle Mapsのような高度な機能を組み込むのでは,コストがかかりすぎて割りに合わないからです。

 しかし,ここまでの例で見てきたように,Web 2.0によって多種多様な個別の業務支援機能が素早く低コスト(=チープ革命)で提供できるようになります。このように考えていくと,「Web 2.0はBtoCのためのもの。BtoB,ましてや社内情報システムには無関係」というのが,いかに的外れな主張であったか,改めて論理的に納得させられるのではないでしょうか。