Microsoft OfficeとOpenOffice.orgはどちらが使いやすいか。使いやすいかどうかは主観的な感覚であり,ユーザーのスキルや慣れ,作業内容にもよる。結論の出にくい設問だ。
しかし,この日示されたデータは,定量的,客観的な議論を行うひとつのきっかけになるかもしれない。栃木県二宮町の町役場で,Micorsoft OfficeとOpenOffice.orgで同じ作業を,同じ担当者が行った際の所要時間を計測したものだ。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が5月17日に行ったイベント「IPAX 2006」の「OSSパイロットビジョン~競争と協調の鍵を探る~」と題するパネル・ディスカッションで明らかにされたデータである。
栃木県二ノ宮町は,経済産業省が実施している「自治体へのオープンソースデスクトップ導入実験」に参加し,2006年2月に全事務職員のパソコン約140台をWindowsからLinuxに入れ替えた。WebブラウザとメールはMozilla,オフィス・ソフトはOpenOffice.orgである(関連記事)。ただし,どうしてもWindowsが必要になったときに備え,課に一台Windowsマシンを残し,LinuxマシンからVNCと呼ぶオープンソース・ソフトウエアでリモート・コントロールで使用できるようにしてある。
Linuxに移行したことで作業効率が低下しないか。それを確かめるために行政事務作業の計測が行われた。データはまだ集計中だが,その一部がパネル・ディスカッションで公開された。「従来」と書かれている水色のグラフがWindowsとMicrosoft Office 2000/2003での作業時間,「初期」と書かれている赤いグラフがLinuxとOpenOffice 2.0での移行直後の作業時間,「現在」と書かれている黄色いグラフがLinuxでの最近の作業時間である。簡単なワープロ作業と長文のワープロ作業,簡単な表計算作業と複雑な表計算作業などを計測している。
結果を見てみると,Windowsの方が早い作業もあるが,Linuxのほうが早い作業もある。慣れてきたはずの現在のほうが早い作業もあるし逆もある。「Microsoft Officeが早い,あるいはOpenOfiice.orgが早いとは一概に言えない。個々の担当者や作業によって結果は異なる」(栃木県二ノ宮町 総務企画課情報管理室長 海老原慎一氏)としか言いようがない。ただ多くの作業ではWindowsでもLinuxでもそれほど作業時間に著しい差はないようだ。
もちろん何の戸惑いもなく移行できたわけではなく,移行作業中やその直後は,町役場に設けたヘルプデスクに多くの問い合わせが寄せられた。しかし現在では問い合わせは少なくなり,ヘルプデスク・チームも常駐を解いている。
このデータだけをもってどちらが何倍使いやすいと結論付けることはできない。「使いやすさ」には,定型業務の作業時間だけでなく,新しいことをどれだけ簡単に理解できるか,といった非定型の作業の容易さも大きな比重を占めるだろう。しかし,こういった客観的,定量的なデータとそれに基づく検討は建設的な議論のためのよい出発点になるのではないだろうか。