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■ カツギの辰

■ カツギの辰_a0115014_552476.jpg

 むかし、辰(たつ)というカツギがいました。
 カツギというのは、海に潜って貝やウニをとるアマ(海士)のことです。
 海に潜るのをカツグといいました。
 辰はカツギの名人でした。
 「カツギの辰」といえば、このあたりで知らないものはないほどだったのです。
 ある日のこと、宮古の代官所から、お達しがありました。
 「盛岡の殿さまにさしあげる五寸のアワビを、二百枚、明後日までに届けよ」
 というのです。
 そもそも、むりな話でした。
 いちど潜れば五枚はとる辰でさえ、五寸もの大ものは、一回一枚がやっとです。
 それを二百枚もとるには、少なくとも二百回は潜らなければなりません。
 しかも、ちょうど大時化のあとで、まだ波が高いときでした。
 とくに大もののいるトドヶ崎は、潮の流れが速く、潜るのは危険でした。
 さすがのカツギたちも怖じけづきました。
 けれども、盛岡の殿さまの命令には逆らえません。
 仲間とともに辰は黙って海に入りました。
 「カツギの辰」の名にかけて潜りに潜りました。
 自分では何回潜り、何枚とったかわかりません。
 とにかく、「もうよし」という声を聞くまではと必死だったのです。
 そのうち、やっと、
 「あと一枚だ!」
 と声がかかりました。
 辰は力をふりしぼって、最後の一枚をサッパ(小舟)に上げました。
 「やった!」
 サッパから大きな歓声が上がりました。
 そのときでした。
 頭を棒で殴られたような強い痛みを覚えて、辰は気を失いました。
 そして波に呑まれる寸前、あやうく仲間の手でサッパに助けあげられました。
 命をかけた辰たちのカツギによって、アワビはお達しどおりに代官所におさめられました。
 けれども、やっと正気にもどった辰の耳には、なんの音も聞こえません。
 鼓膜が、すっかり破れていました。
 なつかしい潮騒の音さえ、ついに辰は聞くことができなかったのです。


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by miyako_monogatari | 2009-02-05 18:40
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