コーポレートガバナンス・コードは日本の上場企業に決定的な影響を与えつつある。例えばセブン&アイ・ホールディングスである。真相が何であれ、社外取締役抜きに今回の事態が生じていなかったことは確かである。
そのコーポレートガバナンス・コードの原則のうちで、コンプライ率、すなわち実施率が一番低いのが取締役会の実効性評価(以下「取締役会評価」という)であり、35.9%である(2016年3月末時点)。その他の実施率については、以下の表(2016年4月26日付け東京証券取引所「企業と機関投資家の間の建設的な対話関連 資料」15ページおよび16ページを基に作成)のとおりである。
【上場会社(東証1部・2部)のコードへの対応状況】 | ||
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対応状況 | 原則の数 | |
全社が"実施" | 5原則 | |
一部の会社が"説明" | 実施率90%以上 | 54原則 |
実施率90%未満 | 14原則 |
【実施率が低い原則(低い順)】 | ||
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原則 | 内容 | 実施率 |
補充原則4-11③ | 取締役会評価の実施・結果概要の開示 | 35.9% |
補充原則1-2④ | 議決権の電子行使のための環境整備等 | 42.9% |
原則4-8 | 独立社外取締役の2名以上選任 | 58.9% |
取締役会評価は、米国、英国およびフランスなどの海外では一般的に行われているが、日本ではなじみがなかった制度である。
であればこその最低の実施率なのであろう。一般に参照されている海外における取締役会評価のコンプライ率に関する調査は対象会社の数が桁違いに少ないという事実があるにしても、取締役会評価を実施し始めた日本企業ではその趣旨が十分に理解されていないことが原因となっているように思われる。実際に、自社の取締役会評価に際しより高いスコアを示すことが重要であるといった誤解も生じているようである。
取締役会評価の目的は、高いスコアという結果を示すことではない。課題の把握、その課題に対するアクションの決定・実行、アクションの結果の検証などといったプロセスを毎年繰り返してPDCAサイクルを実現し、取締役会の機能の向上を絶えず図っていくことが求められているのである。あえて言えば、日本企業がこれまで取締役会評価になじみがなく、コーポレートガバナンス・コード施行後の実施率も低いのは、日本企業の取締役会の多くが、経営上の意思決定を行うマネジメント型であり経営の監督に特化したモニタリング型ではないという事実と関係しているように思われる。どう対応すべきか戸惑っているといったところではなかろうか。
もともとコーポレートガバナンス・コードは、取締役会に、独立した客観的な立場から取締役を監督することを求めている(基本原則4)。これはモニタリング型の取締役会であるか否かを問わない。マネジメント型の取締役会においても取締役会の監督機能は重要なのである。したがってマネジメント型の取締役会に自己評価が不要ということにはなるはずもない。どちらの型であるにせよ、取締役会の機能の向上を絶えず図っていくことが重要なのは変わらないのである。目指すゴールがそれぞれの型によって違い、それに応じて取締役会の自己評価の中身が異なってくるだけなのである。
コーポレートガバナンス・コード策定を契機に取締役会評価が普及し、多くの会社がこのような取締役会評価を実質的かつ継続的に行うようになれば、かならずや取締役会は、独立した客観的な立場から取締役を監督するように進歩し、日本におけるコーポレートガバナンス改革の柱の一つとなる可能性を秘めているのである。
そこで今回は、取締役会評価の具体的内容や、さらにその内容を向上させるための方策について解説する。
取締役会評価の導入
取締役会評価の実施・結果概要の開示については、2015年6月に施行されたコーポレートガバナンス・コードに定められている。
まず、原則4-11は、「取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件」として、「取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである」と規定している。
コーポレートガバナンス・コードは、取締役会自身がその役割・責務を実効的に果たしているかどうかを分析・評価することで、取締役会の機能の向上を図ることを求めているのである。
そして、補充原則4-11③は、「取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである」と規定している。
上述のとおり、この補充原則4-11③の実施率はわずか35.9%であり、コーポレートガバナンス・コード諸原則の中で最も実施率が低い(2016年3月末時点)。
取締役会評価の目的
取締役会評価には、大きく2つの目的がある。
一つは、取締役会全体の機能の向上である。取締役会評価は、取締役会自身が取締役会の現状を正しく認識し、その強みをさらに強化するきっかけとなる。また、取締役会の抱える課題を明らかにし、その課題を解決することにつなげることもできる。これらのためには、取締役会全体が実効的に機能しているかどうかについて、定期的に評価を行い、その結果を踏まえ、強みの強化や課題の解決などの適切な措置を講じていくという継続的なプロセスが必要となる。
二つ目の目的は、ステークホルダーの信認を獲得し、自社に対する評価を高め、会社運営の支持基盤を強化することである。例えば株主は外部から分からない取締役会の議論に関心を持っている。取締役会の評価を実施している事実や、その結果の概要を開示することは、株主との建設的な対話の材料を提供することにつながる。
取締役会評価の歴史と海外の状況
取締役会評価は、日本では昨年施行されたコーポレートガバナンス・コードで制定されたばかりであり、その実施率も低い状況にあるが、世界では約10年以上前から導入されており、その実施率も非常に高い。
世界の主要国で取締役会評価の必要性が議論されはじめたのは企業不祥事をきっかけとした1990年代初めからであり、英国や米国で取締役会評価の実施を求める報告書が発表された。
その後2000年代に起こった米国の事件が、取締役会評価の導入を加速させた。米エンロンやワールドコムが企業会計の不正により破綻した事件である。この事件では、取締役会が機能していなかったことが社会的な問題となったのである。
そこで、2003年、ニューヨーク証券取引所が取締役会による自己評価を上場規則で義務づけた。
また、2008年の金融危機の際には、金融機関の取締役会が、信用リスクや市場リスクといった複雑な金融リスクを十分に理解できておらず、その結果、経営陣の決定を適切に監督することができなかったことが問題となった。これにより、2009年、OECDが外部の専門家の支援による取締役会評価を提言したのである。
一方、EUは、2005年に公表した報告書において、EU加盟国に対して取締役会評価を毎年行うことを推奨しており、現在、英国、フランスなど多くの国がコーポレートガバナンス・コードで取締役会評価を規定している。
2011年における取締役会評価の実施率は、英国ではロンドン証券取引所の時価総額上位100社(FTSE100)の95.9%、フランスでは、主要上場会社40社(CAC40)の100%、さらに株式売買高上位120社(SBF120)の86%と、主要企業のみを対象とした調査であるが、いずれも高水準である。
取締役会評価の具体的な内容
1.評価の対象
取締役会評価は、取締役会自身が取締役会の実効性を評価するものであるが、各取締役が自分自身および取締役会全体について評価することから始まる。取締役会の構成員である各取締役も評価の対象であり、もちろん社外取締役も評価の対象となる。
ただし、各取締役の評価は、取締役会全体の実効性向上に貢献しているかどうかを評価するものであるということを各取締役が理解し、了承した上で実施することが重要である。アンケートやインタビューの実施が、例えば自己の報酬に直接影響すると誤解されてしまうと、個々の取締役が萎縮し、自由闊達な評価ができなくなってしまいかねない。
また、指名・報酬委員会など取締役会に設置された委員会自体も評価の対象とすることが考えられる。委員会が機能しているかどうかを評価することも、取締役会全体の評価にとって重要となるためである。
2.評価項目
コーポレートガバナンス・コードは、具体的な評価項目を述べてはいない。しかしながら、コーポレートガバナンス・コードの各原則を参考にして、取締役会の構成、運営などの幅広い事項を評価項目とすることが適切である。
英国のコーポレートガバナンス・コードを策定したFRC(英国財務報告評議会)は、英国において取締役会評価についてのガイダンスを公表しており、日本においても参考となる。FRCのガイダンスでは、例えば以下の項目が評価項目とされている。
上記のうち「後継者とその育成に関する計画」については、日本でもコーポレートガバナンス・コードにおいて、その監督が取締役会の責務と規定されている(補充原則4-1③)。欧米の多くの企業では、長期的な観点で経営トップのサクセッションプランを構築している。
しかし、日本では、経営トップの後継者については、現任の経営トップが決定する場合が多く、取締役会の課題として取り上げられることはほとんどなかった。また、欧米では、社外取締役のサクセッションプランについても重要な課題と認識されているが、日本においては、この点が十分に課題として認識されているとはいえない。これらの点を含めて、取締役会での議論をどう評価するのかが、日本企業の取締役会評価の課題といえよう。
なお、取締役会評価については、日本企業特有の状況も考慮する必要があろう。例えば、日本の上場会社は監査役会設置会社が多数を占める。監査役会設置会社における取締役会評価に関しては、監査役がどのような役割を果たすべきかについて、さらに議論が必要であるものの、例えば、以下の花王の開示は参考になると考えられる。
2016年2月に開催された監査役会において、2015年度の監査総括を行った後に、当期の監査役の活動について出席者間で議論し、評価を行いました。
当期は監査の効率性及び有効性を高めるために、会計監査人との情報交換の機会を多く持ったことや経営監査室等の内部監査部門との協働を推進したことにより、監査の効率性及び有効性が一定程度高まったとの意見が述べられました。また、今後さらに会計監査人及び内部監査部門との連係を深め、監査体制をより強化する方策を検討していくことを確認しました。
3.評価の実施手順
評価を実施するにあたっては、個々の取締役に対してアンケートやインタビューを行い、取締役会について意見を聴くという方法をとることが考えられる。
① アンケートの実施
海外では、いくつかの質問に点数で答えるアンケートを行うことが多い。既に述べたとおり、コーポレートガバナンス・コードも、「各取締役の自己評価」、例えば各取締役へのアンケートを参考にして実施すべきであると規定している(補充原則4-11③)。
アンケートは、質問者と回答者が直接顔を合わせるのではなく、場合により匿名での回答とすることができるため、忌憚のない意見を表明しやすい手法である。匿名性を確保するため、アンケートを閲覧できる者を限定したり、外部の専門家がアンケートを集計したりすることも考えられる。ただし、毎年同じアンケートを繰り返すだけではなく、質問事項を練り直すことが重要である。また、アンケートへの回答は、点数だけでなく、例えば以下のように、自由にコメントを記載できる欄を設けるといった工夫も必要となる。
【質問①】
取締役会の員数は、取締役会における実質的な議論を確保するという観点から適切か。
【回答】
- 適切である
- おおむね適切である
- どちらともいえない
- やや不適切である
- 不適切である
② インタビューの実施
また、取締役に直接会って質疑応答をするというインタビューの方法もある。直接話を聴くことで、アンケートに比べてより詳細な意見を把握することができる。率直な意見を得るために匿名性を確保するのであれば、外部の専門家にインタビューを依頼することも効果的である。
③ 報告書の作成・取締役会における検討
アンケートなどを実施した後は、その回答結果を分析し、事務局担当者が報告書案を作成する。その後、取締役会の議長である代表取締役や担当取締役が最終報告書として完成させて取締役会に提出し、取締役会において課題や改善策の検討を行うことになる。
④ 結果概要の開示
コーポレートガバナンス・コードは、取締役会評価の「結果の概要」の開示を求めている。これが株主などとの建設的な対話の材料となり、結果としてステークホルダーの信認を獲得し、その支持基盤の強化につながることを期待しているとされる。
このように、「結果の概要」の開示を求めている点は、日本のコーポレートガバナンス・コードにおける取締役会評価の特徴であり、いくつか注意すべきポイントがある。
まず、「結果の概要」を開示するとしても、当然のことながら、機密にわたる事項についてまで開示することはできないため、開示の内容に限界がある。
また、日本のコーポレートガバナンス・コードは、取締役会評価の「結果の概要」の開示を求めているものの、課題の開示は求めていない。しかし、取締役会の実効性についての結論だけでなく、今後の課題とその対応などについても開示し、投資家と対話を行うことが望ましいとの指摘がある。
例えば、TDKは、コーポレートガバナンスに関する報告書において、以下のように取締役会の課題とその対応について開示をしている。
取締役会は、この評価結果を踏まえて、取締役会において主要事業についての中長期的な戦略・事業計画の検証を行う定期的な機会を設け、事業の方向性を共有することにより取締役会での議論をより深めることとしています。…
4.自己評価と外部評価
取締役会評価には、すべて社内で評価を行う自己評価と、第三者の支援を受けて行う外部評価とがある。
コーポレートガバナンス・コードの策定を受け、日本において行われるようになった取締役会評価は、取締役会事務局などがアンケートの実施などを行う自己評価がほとんどである。
自己評価のメリットは、外部評価よりも費用を抑えられることや、取締役会内部の状況を外部の人間に話すことへの抵抗感が生じないことなどである。
また、自己評価による方法の1つとして、社内の委員会が中心となって評価を行うことも考えられる。例えば、三菱商事は、コーポレートガバナンスに関する報告書において、以下のように開示している。
他方、海外では、当初は自己評価が行われていたものの、徐々に外部評価に移行する傾向がある。外部評価のメリットは、何といっても評価に独立性や客観性が与えられることの他、社内では議論できないような問題についてもオープンな議論が可能となること、外部からの新しい知見の提供を受けることができること、さらに投資家など外部のステークホルダーの信頼を得やすいことである。
最近では日本でも、国際会計事務所傘下のコンサルティング会社、IR支援サービス会社、信託銀行などが評価の実施や助言を行うことが始まっているようである。
例えばTDKは、コーポレートガバナンスに関する報告書において、以下のように外部評価を実施していることを開示している。
なお、外部評価が介在する場合も、最終的な評価を取締役会が行うという点は自己評価と同じである。
取締役会評価の実効性を高めるための方策
取締役会評価は、コーポレートガバナンス・コード成立以前には、日本ではなじみのなかった制度であるため、日本企業がその実施及び開示を行うことは難しい面があろう。
そのせいか、評価の実施を開示しているものには、単に「取締役会の実効性について評価を行い、結果の概要を開示する」と記載するなど実質が伴わない例が多い。しかしながら、このように形式的にコンプライするだけでは、取締役会の機能向上という目的を果たすことはできない。実質的な評価を行い、取締役会の機能向上に役立てていくことこそが重要なのである。
今の段階で取締役会評価を実施することが難しいのであれば、無理にコンプライするのではなく、まずは取締役会評価を実施しない理由を説明(エクスプレイン)することで、投資家と対話をするという選択肢もある。特に日本では社外取締役の複数選任が始まったばかりであり、「社外取締役を選任したばかりの企業は1~2年かけ監督機能を高めてから評価を実施すべきだ」との指摘がある。マネジメント型取締役会ではいっそう検討の価値があろう。
他方で、コーポレートガバナンス・コードの普及・定着状況などについて議論するために金融庁に設置された有識者会議では、本年「5月末をもってコード適用開始から一年が経過することから、各企業において、取締役会の資質・多様性や運営状況などの実効性について、適切に評価を行うことが期待される」との指摘もなされている。
取締役会評価を実質的に行うには、評価の客観性を高めることが望ましい。客観的な評価を行う方法としては、前述した外部評価という方法がある。投資家の信頼を高めるためには、第三者による評価が好ましいであろう。英国のように、3年に1回だけ外部評価を行う方法もあり得る。英国のコーポレートガバナンス・コードでは、ロンドン証券取引所で時価総額上位350位の「FTSE350企業は、少なくとも3年ごとに外部評価を受けなくてはならない」と規定されている。
外部評価を行う場合、評価機関との利益相反関係の有無を明らかにするため、その外部評価者の名称を公表することが望ましいとされている。英国のコーポレートガバナンス・コードでも、外部評価者の開示が要求されている。
しかし、客観的な評価のためには第三者に委託するだけが方法ではない。社内で行う自己評価であっても、社外取締役を活用して行うことが考えられるからである。海外では、取締役会評価において、社外取締役が中心的な役割を担う例が多い。
さらに、社外取締役を構成員とする任意の諮問委員会が評価を行うことも考えられる。例えば、大東建託は、社外取締役や社外監査役で構成される「評価委員会」が中心となって評価を実施している。
取締役会評価を活用し中長期的な企業価値向上へ
取締役会評価は、取締役会の機能を向上させるためのものである。そのため、数あるコーポレートガバナンス・コードの原則であるから実施するというのではなく、自社の取締役会の機能を向上させるための手段であることを意識して十分に活用すべきである。
また、評価結果が出た後は、これを受けて取締役会が具体的な行動(アクション)をとることが重要である。取締役会評価は、評価、行動、検証を毎年繰り返すPDCAサイクルとして、持続的・継続的に取り組んでこそ効果を発揮することを忘れてはならない。
言うまでもなく、コーポレートガバナンス・コードは、「会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」を目的として策定された。取締役会評価の実施・結果概要の開示においても、この点が重要である。会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けて、取締役会が果たすべき役割・責務に照らし、取締役会の構成・運営状況などが実効性あるものとなっているかという観点からこそ行われる必要がある。
より実質的な開示を行い、企業と投資家が、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上へ向けて、対話を深めていくことが重要だ。
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