今年15回目を迎える「日本イノベーター大賞」。受賞者の素顔を紹介する連載の第4回は、優秀賞の阪根信一氏(セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ社長)。開発に10年の歳月をかけた、全自動で衣類を折りたたむ世界初の機械「ランドロイド」は、昨年の公開以降、国内外で注目を集めている。来年3月、いよいよ予約販売が始まる。

教授の夢を諦め「技術のわかる経営者」へと転身した阪根社長は、徹底的に「世界にまだないモノ」を作ることにこだわる。ランドロイドはまだその一歩に過ぎない。創業5年目のベンチャーが飛躍に向けて新たな一歩を踏み出した。

 しわくちゃの洗濯物は、“魔法の箱”の中で丁寧に折り畳まれていた。

 来年3月、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(東京都港区)は全自動の衣類折り畳み機の予約販売を開始する。大型冷蔵庫ほどの大きな魔法の箱の名前は「ランドロイド」。この機械により、洗濯物をたたみ、仕分けし、棚にしまうという、一生で9000時間、約375日分を費やすと試算されるこの作業から、人類はついに解放されるかもしれない。

 実用化にこぎつけるまでにかかった期間は、約10年。「何度も失敗し数え切れないほど試作を繰り返した」。社長の阪根信一氏はこう振り返る。29歳でビジネスの世界に入ってから、ランドロイドをはじめ様々な製品の開発に取り組んできた。セブン・ドリーマーズは、そうした取り組みの中で阪根氏が設立した、「初物」を世に送り出すために特化した会社だ。

<b>阪根信一(さかね・しんいち)</b> セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ社長。1971年生まれ、兵庫県出身。1999年米デラウエア大学化学・生物化学課、博士課程修了。2000年、父が経営する高機能材料の研究開発を手掛けるI.S.T入社。2003年同社CEO。2008年に人工衛星製作のスーパーレジン工業の社長に就任。同技術を引き継ぎ、2011年セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズを創業(写真=的野弘路)。
阪根信一(さかね・しんいち) セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ社長。1971年生まれ、兵庫県出身。1999年米デラウエア大学化学・生物化学課、博士課程修了。2000年、父が経営する高機能材料の研究開発を手掛けるI.S.T入社。2003年同社CEO。2008年に人工衛星製作のスーパーレジン工業の社長に就任。同技術を引き継ぎ、2011年セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズを創業(写真=的野弘路)。

教授の夢諦め、経営の世界へ

 日本の大学で化学を学んだのち、米化学大手デュポンの本社にほど近い、米デラウエア大学に進んだ。物理や化学の教授になりたいと思い研究に励んだが、研究成果が出て学会に出席できるようになると、「同世代で自分よりも優秀な化学者がたくさんいた。『あぁ彼らには絶対かなわない』と感じた」(阪根)という。教授の道を諦め、「技術の分かる経営者」に目標を変更。在学中、研究の傍らパナソニック創業者の松下幸之助やソニーの盛田昭夫など、著名経営者の本を読みあさった。

 博士課程を修了後、日本に帰国。2000年から父が経営する高機能性材料の研究開発会社で働き始める。父の右腕として働く中で、「収益を伸ばすには部品売りのBtoB(企業間取引)ビジネスだけではなく、BtoC(消費者向け取引)も手掛けるべき」と考えるようになった。2005年、社員の反対を振り切り開発に着手したBtoC製品の一つが、ランドロイドだった。

 そこからは、会社経営と平行して、5人のプロジェクトチームと共にランドロイドの開発に没頭。自動折りたたみ機を構成するステップは、(1)つかむ(2)広げる(3)衣類の種別を認識(4)折りたたむ(5)種類別に仕分けて収納、の5つ。これらをセンサーや測定ソフトを使った画像認識と、衣類をつまみあげてたたむロボット技術が組み合わさっている。

 技術的ハードルが最も高かったのが、積み重なった衣類の中から一枚ずつつかみ上げる工程と、しわくちゃな衣類を認識する技術。いちからのスタートだっただけに、試行錯誤を繰り返し、いくつものプロトタイプを作成した。センサーやAI(人工知能)技術の進化も追い風となり、2015年、世界初の衣類自動折りたたみ機が完成した。当初想定した開発期間の2倍となる、10年の歳月が過ぎていた。

 その間に、阪根氏はセブン・ドリーマーズを設立。父の会社ではなく、BtoC製品を手掛けるベンチャー企業として新たにスタートした。会社のモットーは「世の中にないモノを作り出す技術者集団」。手がける業種は一つに限定しない。これまでは、特殊素材を使ったゴルフのシャフトや、いびき防止用の鼻チューブを発売してきた。

 阪根氏が最も大切にしているのが、新製品の開発テーマの選定。「世の中にない」「人々の生活を豊かにする」「技術的ハードルが高い」の3点が全てそろわなければ、開発に着手しない。逆に言えば、この3点がそろっていれば、その分野の素人であっても果敢に挑む。

 100人ほどいる社員の3分の2は技術者で、電機、化学、医薬など、彼らのバックグラウンドは様々だ。「既にあるモノをよりよくするための開発は競合が多すぎる。世の中にない全く新しいものを作るほうが、優位性を維持しやすい」(阪根氏)。

30年間限定でビジネス

 ランドロイドも今後、まだ進化していくという。発売当初は高額な高級家電との位置づけになりそうだが、量産効果で最終的には20万円、洗濯機との一体型で30万円程度にまで安くすることを目指す。現在は冷蔵庫ほどの大きさがある本体の小型化なども今後の課題だ。「洗濯機の上のスペースに納まるようなサイズにしたい」と阪根氏は意気込む。

 既にランドロイドに次ぐ新たな「初物」の種も仕込み中だ。その中身を聞くと、「一つはヘルスケア分野。その次は、これまでと全く異なる分野で2022年頃までに実用化したい。これはまだ内緒」と笑ってはぐらかす。

 阪根氏は、「最初から30年間限定でビジネスをやろうと考えていた。その後は社会貢献活動などしていきたい」と話す。今でも60歳でビジネスの世界を引退する思いは変わっていないそうだ。60歳まであと15年。その間にいくつ「世の中にないモノ」を作りだせるか。阪根氏の挑戦は続く。

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