中国企業傘下に入って6年。スウェーデンの名門自動車メーカーが復活を遂げた。米ウーバー・テクノロジーズとの提携など、自動運転分野で独自の戦略を進める。強みとしてきた「安全」を再定義し、ビジネスモデルそのものを変えようとしている。

<b>スウェーデン・イエーテボリの本社工場。上は昨年、生産を開始した「XC90」。下は新設した車体工場。90シリーズがラインを流れる</b>
スウェーデン・イエーテボリの本社工場。上は昨年、生産を開始した「XC90」。下は新設した車体工場。90シリーズがラインを流れる
(写真=島津 翔)
(写真=島津 翔)

 スウェーデン第2の都市イエーテボリ。緑豊かな広大な敷地に、ボルボ・カーの本社と工場が林立する。

 築50年を超えたレンガ造りの組み立て工場の脇に、昨年本格稼働したばかりの車体工場がある。ボルボが社運を賭ける新世代車の専用工場だ。

 火花が散るラインを流れるのは、昨年発売した新型SUV(多目的スポーツ車)「XC90」や、今年発売した新型セダン「S90」など。世界中で大ヒットを続けているモデルだ。工場の担当者は「ずっとフル稼働で動かしている状況だ」とうれしい悲鳴を上げる。

 ボルボの業績は絶好調だ。2015年12月期の売上高1640億クローナ(約1兆9002億円)、営業利益66億クローナ(約765億円)はともにこの10年で過去最高。世界販売台数はこの6年で1.5倍となり、初めて50万台を突破した。世界最大の中国市場と同2位の米国市場では10%以上の成長が続いている。

6年で販売台数は1.5倍 売上高・利益も急増
●業績・販売台数の推移と主な出来事
6年で販売台数は1.5倍 売上高・利益も急増<br/><span>●業績・販売台数の推移と主な出来事</span>
注:2016年12月期は第3四半期までの実績をもとに本誌が推定(写真=背景:島津 翔)
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フォードから中国メーカー傘下へ

米中の販売が好調
●地域別の販売台数
米中の販売が好調<br/><span>●地域別の販売台数</span>
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 ボルボの創業は1927年。名門復活のきっかけはチャイナマネーだった。

 商用車を中心とするボルボ・グループは99年、世界的な自動車再編の最中に乗用車部門を米フォード・モーターに売却。しばらくフォードの一部門だったが、リーマンショックでフォードが経営危機に陥り、2010年にボルボを売りに出した。買い手として独ダイムラー、仏ルノーなどの名前が挙がる中、買収したのは中国の浙江吉利控股集団(ジーリー・ホールディング)だった。

 「中国の軍門に下っても未来はない」。そうした不安の声は、すぐに一変した。

 2015年までの5年で110億ドル(当時のレートで約1兆3000億円)を投資する──。買収された年、ボルボは過去最高額となる投資計画を発表した。自己資金に加え、ジーリーからの投資と中国開発銀行からの融資で賄った。

 「ジーリーは我々に、独立企業としての経営の決定権を与えている」。ボルボのホーカン・サムエルソンCEO(最高経営責任者)は、フォードの一部門だった時代との違いをこう強調する。

 潤沢な資金を得て、新工場建設とプラットフォーム(車台)の刷新を断行。投資が実を結び、台数が右上がりで推移し始めた2015年に新世代車の第1弾として投入したのがXC90だ。

 外部から招聘した有名デザイナーによってデザインを刷新。大型車が主流の米国でヒットし、XC90はボルボの新たな主力車種となった。中国でも新工場の建設とジーリーの協力によって販売が急伸している。

 新車攻勢はこれから本格化する。主力の中型車「60」と「40」シリーズは同じプラットフォームで効率化を図り、2018年までに刷新。小型車もプラットフォームをジーリーと共用し、来年以降に新型車を発売する。中国での共同生産も予定する。

 ボルボが掲げる「2020年に80万台」という目標は2010年の2倍以上。中国資本傘下での復活劇を経て、新たな成長のステージに入ろうとしている。

 現地で見た戦略は、ほかの自動車メーカーとは一線を画すものだった。

 本社工場に置かれた、「#001」と書かれた白いXC90。今年9月に完成した試作車の第1号だ。来年から始める自動運転の実証実験で使われる。

 準自動運転の「レベル2」の機能を搭載するXC90にレーザーレーダー、「ブレイン(脳)」と呼ぶ新型ECU(電子制御ユニット)などを追加。完全自動運転に近い性能を持つとみられる。

 実証実験は「ドライブ・ミー」と呼ばれ、スウェーデン運輸管理局やイエーテボリ市と共同で実施する。特徴的なのは、一般市民が参加する点だ。試作車100台を市民に貸し出し、運転者の反応を開発に反映する。英国や中国でも同様の実験を始める。

 「我々は最初からレベル4を目指す」

 実証実験を担当するボルボのマーカス・ロソフ氏はそう断言する。目下、世界中の自動車メーカーが開発を急ぐのは自動運転と手動運転を切り替える「レベル3」。一方、ボルボは一足飛びで完全自動運転を指す「レベル4」を実現させようとしている。

 そこにはボルボの哲学がある。事故時の責任を、レベル2ではドライバーが、レベル4は全てクルマが持つ。一方、レベル3はある条件下での自動運転となり、ドライバーとクルマの責任が曖昧になる。「運転者が迷うようなクルマは作らない」とロソフ氏は言う。

 ボルボは2008年、「2020年までに新型車での交通事故による死亡者や重傷者をゼロにする」というビジョンを発表した。自動運転技術に積極的なのは、同社の強みである「安全」をさらに進化させるためだ。

 そして今年、ボルボは「完全自動運転車を2021年に市場投入する」と表明。独BMW、フォードと並び、自動運転車の早期投入に最も意欲的なメーカーとして名乗りを上げた。

 BMWの年間販売台数は225万台、フォードは663万台(いずれも2015年)で、売上高も利益もボルボよりも桁が1つ上だ。ボルボは小規模メーカーながら、同業他社と提携せずに完全自動運転を実現しようとしている。

ウーバーと最初に手を組む

異業種との積極的な提携で存在感を高めている
●自動運転分野での主な取り組み

<span class="caption001"><b>米ウーバー・テクノロジーズと完全自動運転車を共同開発。両社で3億ドルを出資し、2021年までの完成を目指す</b></span>
米ウーバー・テクノロジーズと完全自動運転車を共同開発。両社で3億ドルを出資し、2021年までの完成を目指す
<span class="caption001"><b>スウェーデン、英国、中国での実証実験「ドライブ・ミー」では、一般市民に試作車を提供し、ドライバーの様々なデータを取る</b></span>
スウェーデン、英国、中国での実証実験「ドライブ・ミー」では、一般市民に試作車を提供し、ドライバーの様々なデータを取る
<span class="caption001"><b>スウェーデンのオートリブと共同出資会社の設立で合意。自動運転のソフトウエアを開発し、他のメーカーへ販売する</b></span>
スウェーデンのオートリブと共同出資会社の設立で合意。自動運転のソフトウエアを開発し、他のメーカーへ販売する

 そのための戦略が異業種との積極的な提携だ。今年8月、ボルボはライドシェア(相乗り)最大手の米ウーバー・テクノロジーズと自動運転車を共同開発すると発表した。投資額は3億ドル(約315億円)で、ウーバーがセンサーやソフトウエアを、ボルボはブレーキや電気系統が故障した時のバックアップ機能の開発を担当する。

 「打診はウーバーからだった」。サムエルソンCEOは本誌にこう明かした。自動運転技術をライドシェアに導入しようとするウーバーに対し、世界中の自動車メーカーが秋波を送る。自動車各社を“値踏み”するような状況にあるウーバーが最初に声を掛けたのが、ボルボだったのだ。

 今年9月には自動車部品大手のオートリブ(スウェーデン)と自動運転のソフトウエア開発に特化した共同出資会社の設立で合意。画像処理で台頭するイスラエルのベンチャー企業、モービルアイや米半導体大手のエヌビディアとも早くから提携している。

 サムエルソンCEOは「未来志向の開発はこれまでと違う。重要なのはパートナー」と言う。その言葉通り、IT(情報技術)分野で他社との提携を進めながら、ボルボの哲学「安全へのこだわり」をさらに強化しようとしている。

 ボルボ本社横にある「セーフティーセンター」。どの角度からでも衝突実験ができる施設は、安全で時代を築いたボルボの代名詞と言える。

 10月、その外に積まれた数十台のクルマはどれも窓枠のピラーが切断されていた。どうすれば事故時に運転者や同乗者を救出しやすいかを検証したのだ。その結果を踏まえてピラーの位置を変えることも視野に入れている。

 自前の事故調査隊を持ち、事故現場に駆けつけて現場を徹底的に検証するのもボルボ流。事故と同じ状況をセーフティーセンターで再現し、シートベルトなどの作動状況や、衝撃を車体がどう吸収したかを確かめる。

 自動運転技術の開発では、人間の判断・行動の分析が欠かせない。これまで蓄積した豊富な知見が、自動運転時代にも生きるとボルボは考えている。

 10月1日に開幕したパリモーターショー。そこにボルボの姿はなかった。それまで世界100カ所以上のショーに参加していたが、どれも母国メーカーの強い存在感の中に埋もれてしまう。そこでスイスのジュネーブ、中国(上海・北京)、米デトロイトに絞り込んだ。

 マーケティング手法をガラリと変える。その姿勢を示すのがネット販売へのシフトだ。2014年、自社でクルマのEC(電子商取引)を開始。販売店の補完という位置付けだが、試行錯誤を続けている。

 水色が目印のレーシングチーム「ポールスター」。ボルボが昨年7月に買収した際、関係者は「なぜ今、買うのか」と首をかしげた。メルセデス・ベンツの「AMG」やBMWの「M」など、高級車各社はスポーツ仕様ラインを持ち、ブランド力を強化している。一方、ボルボのもう一つの狙いはネット販売強化だった。

 「我々は実験場だ」。ポールスターのニック・コナーCEOはこう明かす。「ボルボのネット販売は限られたモデルで期間も限定されている。(ポールスターは)常時、買えるようにして、成功したらボルボ全体に展開する」(コナーCEO)。ネット上で仕様をカスタマイズする販売モデルが視野に入っている。

 「全く新しい店舗を準備している」。サムエルソンCEOは、東京など世界4カ所で都市中心部に超小型店舗を設置する計画を初めて本誌に明かした。ショールームとして、そして新たな顧客との接点として、ECとの相乗効果を高めるといった狙いがある。

 ECサイトで日用品を買ってから待つこと2時間。現れた配達員はスマートフォンを操作して開けたトランクの中に荷物を置いていった。

 ボルボが今年5月に始めた配送サービス「イン・カー・デリバリー」。現地のベンチャー企業や北欧最大の物流会社ポストノードなどと共同開発した、注文した商品をボルボ車に届けるサービスだ。既にスウェーデンやノルウェーなどで利用でき、今年10月時点で1万人が登録した。北欧のECサイトの80%をカバーする。

 これを可能にしたのが、「キーレス化」だ。今年2月、ボルボはほかの自動車メーカーに先駆け、2017年までにクルマの鍵を全廃すると発表した。その代わり、専用のアプリケーションが入ったスマホを「デジタルキー」として使う。一部の車種で既に採用しており、配達員が一時的にトランクを開けることが可能になった。

 「これからはクルマが情報のプラットフォームになる。デジタルキーを使った他のサービスのアイデアも持っている」。新サービスの担当者であるロバート・ジャグラー氏はこう話す。

 スマホが鍵代わりになれば、複数のドライバーが乗るライドシェアなどのサービスにも展開がしやすくなる。

<span class="caption001"><b>ボルボの事故調査隊。事故現場に駆けつけて原因を分析する</b></span>
ボルボの事故調査隊。事故現場に駆けつけて原因を分析する
<span class="caption001"><b>本社の隣にある「セーフティーセンター」。あらゆる角度から衝突実験が可能な施設で、実際の事故と同じ状況を作り出す。「安全」へのこだわりはボルボのアイデンティティーだ</b></span>
本社の隣にある「セーフティーセンター」。あらゆる角度から衝突実験が可能な施設で、実際の事故と同じ状況を作り出す。「安全」へのこだわりはボルボのアイデンティティーだ

規模の追求とは違う戦い方

 自動運転技術の開発や新たなマーケティング手法、そしてクルマを軸にした新サービス。ボルボがリソースを振り向けられるのは、選択と集中を徹底しているためでもある。

 「規模が小さければ、レーザーのように焦点を絞ることができる。5年前、我々は自分たちがなすべきことを決めた」。研究開発部門トップのピーター・メーテンス上級副社長はこう言う。

 ジーリー傘下に入った直後、ボルボは4つの重点分野を決めた。「コネクティビティー(接続性)」「PHV(プラグインハイブリッド車)」「EV(電気自動車)」「自動運転」だ。

 車種を絞り込み、高級車の代名詞とも言える6気筒や8気筒エンジンの開発をストップし、2.0リットル以下に絞ることを決定。FCV(燃料電池車)を開発しないことも決めた。新プラットフォームをEVにも対応させ、2020年に新車の10%を電動化車両とする目標を掲げる。

 「顧客の大切なものを守ること。これが我々のコアバリューだ」。サムエルソンCEOはこう言う。

 ボルボにとって、かつて「大切なものを守る」とは強固な車体による「安全」を意味した。それが今では事故をゼロにするための自動運転や、クルマを情報や生活の基盤とするためのサービスに変わりつつある。時代に合わせ、クルマを再定義しようとしているのだ。

 環境規制の強化や自動運転の実用化などを背景に、自動車産業では合従連衡や新規参入が続く。プレーヤーが増える中、いかに個性を際立たせるか。小規模メーカーならではのスピード感で我が道を突き進むボルボの姿は、規模の追求だけが戦い方ではないと主張しているようにも見える。

INTERVIEW
ホーカン・サムエルソンCEO(最高経営責任者)に聞く
クルマの売り方、作り方が変わる
<b>インターネットで購入した商品をクルマのトランクに届ける新サービス</b>
インターネットで購入した商品をクルマのトランクに届ける新サービス
<b>ホーカン・サムエルソンCEO。独フォルクスワーゲン傘下の商用車メーカーCEOなどを経て現職</b>
ホーカン・サムエルソンCEO。独フォルクスワーゲン傘下の商用車メーカーCEOなどを経て現職

この数年の好調な業績の要因をどう分析していますか。

「大きく3つあります。まず、魅力的な製品を開発できたこと。ボルボには顧客の大切なものを守るための安全性、使いやすいインターフェース、そしてスカンジナビアンデザインという3つのコアバリューがあります。それらの独自性を前面に押し出せていることが、他のプレミアムブランドとの違いを際立たせています」

「2つ目は企業をグローバル化したことです。我々にはホームが3カ所あります。欧州と米国、そして中国を中心とするアジアです。米サウスカロライナ州で現在、新工場を建設している最中です。市場が広がったことで、会社が大きくなったのです」

「そして最後が独立性です。ボルボは独立した会社であり、独自の決定権を持っています。親会社に依存した時期がありましたが、今は独立しているので素早く判断できる。これは(中国の浙江吉利控股集団=ジーリー・ホールディング=に買収された)2010年に始まったことです」

それまでボルボは米フォード・モーター傘下の企業でした。フォードとジーリーとを比べて異なる点は。

「フォードの傘下だった時代はボルボは、『一部門』という扱いで、フォードから様々な指示を受けました。一方、ジーリーは我々のオーナーですが、経営の自由度は非常に高い。取締役会にジーリーのメンバーは入っていますが、彼らが注視しているのはガバナンス面です。マネジメントの決定権は我々にあります。そこが大きく違う点です」

ジーリーはボルボのブランドを大切にしていると。

「正確に言うならば、『ブランドの独立性』を彼らは重視しています。(ジーリー・ホールディング傘下の吉利汽車とは)完全に別のブランドで、ボルボはボルボ。我々はグローバルなプレミアムブランドとしての位置付けです」

チャイナマネーが世界の企業に触手を伸ばしています。付き合い方の秘訣は。

「中国企業に買収されたことで、我々は中国市場に早い段階で新車を投入できる環境を手に入れました。もちろん、財務的な支援もあります。一番良いアドバイスができるとしたら、(ジーリーのように)ガバナンスをきちんと監視するにとどめて、マネジメントに細かい注文を出さない相手を見付けるべきということでしょう」

近年のボルボは、車種だけではなく販売面でも独自性を強めている印象を受けます。

「プレミアムブランドの独自性を高めようとすれば、新しい顧客との接点が必要になると考えました。EC(電子商取引)サイトもその一環です。もはや、顧客がディーラーに来るのを待つ時代ではありません」

「近い将来、さらに新しい拠点を用意するつもりです。それが、『シティーボルボショップ』という街の中心だけに存在する小さな店舗です。ストックホルム、マンハッタン、東京、ミラノの4カ所を予定しています。プロが接客し、顧客の志向を聞いてコーディネートするのです」

米ウーバー・テクノロジーズとの提携が話題になりました。自動車とソフトウエアの垣根が消える現状をどう捉えていますか。

「これからも我々が必ず自前で担うのは、クルマ作りの部分です。ほかの自動車メーカーとパートナーになることは、今後もあり得ない。クルマ作りでの伝統的な協業では、アイシン・エィ・ダブリュやデンソー、三菱電機といった部品メーカーとの関係がこれからも続くでしょう。ただ、未来の開発はこれまでの関係とは違ってくる。その一例が自動運転なのです」

ウーバーはライバルではないと。

「私自身は競争相手ではなく、パートナーと考えています。A地点からB地点まで移動するという実態は変わらない。彼らは移動というサービスを提供しようとしています。我々が提供できるのはハードウエア。消費者にとって魅力的なソリューションになればいいのです」

2020年に80万台の世界販売台数の目標を掲げる一方で、営業利益率は独ダイムラーなど競合する高級車メーカーに見劣りします。

「主力製品である60ファミリーと40ファミリーで新車の発売を予定しています。特にアジア地域での販売が伸びるでしょう。80万台は割と簡単に達成できると見込んでいます。ボリュームが増えればマージンが上がります。小型車ではジーリーとの共通部分を増やします。営業利益率も徐々に上向いていくと見ています」

(日経ビジネス2016年11月14日号より転載)

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