米電気自動車(EV)メーカー、テスラモーターズの高級セダン「モデルS」で5月、死亡事故が起きた。事故当時、モデルSは自動運転モードで走っていた。死亡した運転手とテスラのあいだには自動運転をめぐる認識の差があったもようだ。この問題は、遠く離れた海の向こうの出来事ではない。筆者には以前から、気になっていたことがある。

 事故は今年5月、米フロリダ州の高速道路で起きた。太陽光が強すぎたためにセンサーが正常に機能せず、車両前方を横切ろうとしたトレーラーを検知できなかった疑いがある。そのまま直進した車両はトレーラーの下に潜り込むように衝突した。テスラの自動運転システムが直接の原因かは分かっていない。仮にそうだとすれば、いわゆる「自動運転車」で死者が出た世界で初めての事例となる。

自動運転による世界初めての事故が起きたテスラ車の一部とみられる部品(7月1日、米フロリダ州(写真:ロイター/アフロ)
自動運転による世界初めての事故が起きたテスラ車の一部とみられる部品(7月1日、米フロリダ州(写真:ロイター/アフロ)

 車両を検証すると、ブレーキが作動した形跡がなかった。現地報道によれば、車内からはDVDプレーヤーが見つかっている。つまり、衝突時に運転手が前方を見ていなかった恐れがある。

テスラは「運転の責任は運転手に」と強調

 「テスラの自動運転モードはベータ段階の技術にすぎない」。テスラは6月末、事故に関してコメントを発表した。同時に「自動運転モードは、運転手が常にハンドルに手を添えていることを前提とする運転支援機能。車両をコントロールする責任は運転手にある」とも強調した。

 訴訟社会を生き抜く米国企業とあって、さすがに強気な姿勢を崩していない。きっと運転マニュアルや免責事項にも「あくまでも運転の主体は運転手」という注意書きが存在するのだろう。

 だが、あえて問いたい。それなら何故「自動運転」と銘打ってクルマを売っていたのですか。

 テスラは英語で「Autopilot」という単語を使って、自動運転モードを売り込んでいる。Autoが「自動」、pilotは「操縦」だから、日本語の「自動運転」という語感ともほぼ一致している。

 モデルSのウェブサイトを開いても、自動運転機能は「Autopilot」との見出しで紹介されている。運転手がハンドルを握っていなければならない、といった注意は見当たらない。これでは、運転手がテスラの自動運転機能を過信するのも仕方がないのではないか。

テスラが「モデルS」を紹介するウェブサイト。事故から約2ヶ月が経過した7月時点でも「Autopilot」(自動運転)との見出しが躍っている
テスラが「モデルS」を紹介するウェブサイト。事故から約2ヶ月が経過した7月時点でも「Autopilot」(自動運転)との見出しが躍っている

 自動運転は、ここ数年で急速に注目が集まり始めた技術だ。その定義は、各社・各車種によって様々。自動運転と聞くと、どんな道路でもコンピューターに運転の全てを委ねられるようなイメージを抱くが、実際には「高速道路の同一車線上に限定する」といった制約がある場合も多い。

一歩間違えば人が死ぬのがクルマ

 一歩間違えば人が死ぬ――。自動車はリスクのつきまとう工業製品だ。機能と、その限界に関する説明には、メーカーとして最大限の注意を払うべきではないか。

 同じ文脈で、筆者には以前から気になっていたことがある。自動運転より一足早く世間に定着した感のある自動ブレーキについてだ。こちらはテスラの一件と違って、日本の消費者の安全に直接影響する。

 問題は、ひとくちに「自動ブレーキ」といっても、メーカーによって名称から機能まで、かなりのバラツキがあるという点だ。少し長くなってしまうが、主要メーカーの自動ブレーキを比べてみよう。

トヨタ自動車の小型車「アクア」
トヨタ自動車の小型車「アクア」

 まずは最大手のトヨタ自動車から。小型車「アクア」に搭載できる自動ブレーキの名称は「プリクラッシュセーフティシステム」。時速約10~80kmで走っていれば、運転手がブレーキを踏めなくても自動でブレーキが作動するという機能だ。

日産自動車の小型車「ノート」
日産自動車の小型車「ノート」

 次にハンドルから手を離した矢沢永吉氏のCMが印象的な日産自動車。小型車「ノート」に搭載できる自動ブレーキは「エマージェンシーブレーキ」と名付けられている。作動速度は時速約10~80kmとトヨタと一緒。ただしノートは歩行者とぶつかりそうになったときにも、時速60km未満ならブレーキが作動する。

ホンダの小型車「フィット」
ホンダの小型車「フィット」

 ホンダも見てみよう。小型車「フィット」に搭載できる自動ブレーキは「シティブレーキアクティブシステム」。対応速度は時速5~30kmと、トヨタや日産と比べると低速にとどまっている。歩行者の検知にも対応していない。ただしホンダの場合は誤発進を防ぐ機能とセットで取り扱われている。

富士重工業のセダン「インプレッサ」
富士重工業のセダン「インプレッサ」

 最後に運転支援システム「アイサイト」のヒットで「安全のスバル」というブランドを確立させた富士重工業。セダン「インプレッサ」に搭載できる自動ブレーキの名称は「プリクラッシュブレーキ」。「前方車両との速度差が50km以下のときに作動する」としており、そもそも作動条件の設定の仕方が他社と異なる。ちなみに歩行者に関しては、富士重も速度差が35km以下なら対応している。

 マツダの「デミオ」など他車種を比べてみても、やはりその機能は微妙に異なる。新聞や雑誌ではどれも「自動ブレーキ」と表現されているが、プリクラッシュセーフティシステム、エマージェンシーブレーキ、シティブレーキアクティブシステム、プリクラッシュブレーキのあいだには、実際にはかなり大きな性能差があるのだ。

 トヨタ「アクア」に乗っていた消費者が、ホンダの「フィット」に買い替えれば、自動ブレーキの作動速度がぐっと限られることになる。日産「ノート」を所有するドライバーが仕事では社用車のトヨタ「アクア」に乗る場合、勤務中には歩行者の検知機能がなくなることになる。

 自動ブレーキは車種のグレードによっても異なる。一家で2台を保有していれば「お父さんのセダンなら自動ブレーキが作動する場面でも、お母さんの軽自動車では作動しない」といった危険性も出てくる。

 これだけの違いがあっても、消費者はどれも「自動ブレーキ」だと認識している。少なくともテレビCMなどで機能の限界が明解に示される場面は目にしない。ブレーキは「走る・曲がる・止まる」というクルマの最重要性能の一角を占める機能なのに、こうした分かりにくさが放置されていて良いのだろうか。

せっかくの技術なのだから

 話をテスラに戻そう。テスラは発表文の最初の段落で「今回の事故は、テスラ車がこれまでに1億3千万マイルを自動運転モードで走って初めて起きた事故」と強調している。クルマ全体を対象にすれば、米国では9400万マイルごと、世界では6000万マイルごとに死亡事故が起きているという。

 だから「死亡事故が1件起きたにしても、テスラの自動運転モードが手動運転より安全であることには変わらない」というロジックだ。

 ひどい言い分にも聞こえるが、論理的ではある。筆者としても「人間の運転より、コンピューターに任せるほうが安全」というのはその通りだと思う。自動運転車は居眠りしない。アクセルとブレーキの踏み違いもなければ、「ポケモンGO」をプレーしながら走ることもない。

 とはいえ、どんなに確率論をかざしても、家族にとっては事故で失われるのはかけがえのない命である。

 自動運転にしても、その要素技術となる自動ブレーキにしても、せっかく人々の暮らしを豊かにしてくれる技術だ。これまで自動車メーカーの技術者に話を聞く機会が何度もあったが、必ず「少しでも安全なクルマを作りたい」という純粋な思いに感動させられてきた。だからこそ、消費者の誤解や、勘違いによる事故が起きないよう、万全を期してほしいと思う。

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