今年3月、新宿駅新南口に登場した「NEWoMan(ニュウマン)」が話題を呼んでいる。開発したのは、ファッションビルを運営している株式会社ルミネだ。
「ルミネ」の中でも新宿は、ちょっと別格という印象がある。発祥の地であるとともに、「ルミネ1」と「ルミネ2」が南口に、「ルミネエスト」が東口にある。街の中で大きな存在感を持っているし、いつ訪れても多くの人で賑わっている。そのルミネが、新業態デビューの地として、新宿を選んだのは腑に落ちる。
「ニュウマン」には、いくつか新しい試みが盛り込まれている。病院や薬局、保育園といった公共的な施設が入っていること。ファッションだけでなく、アートや音楽、演劇など、幅広い文化発信を行うイベントホール「LUMINE 0(ルミネゼロ)」が設えてあること。駅に直結した複合商業施設の他に、エキナカ、エキソトにわたったショップがあることなど――JR東日本の傘下にある企業ならではの独自性を感じさせる。
ファッションビルというと、売り場をテナントに貸し出して、全体を管理・運営していくのが主業務。“場所貸し業”と揶揄される所以だが、ルミネはここ数年、そこに留まっていても先はないと、さまざまな挑戦を行ってきた。「ニュウマン」にいくつか自主運営の売り場を盛り込んだのも、策のひとつだ。
新宿駅新南口駅構内のエキナカに登場した「えんなり」は、そういった自主運営のショップ。全国にある和菓子屋の中から、期間限定で3つのブランドを紹介している。直営の和菓子セレクトショップというユニークな切り口は、どのような経緯から生まれたのか、オープンしてからの手応えはどうなのか、ルミネ業態マネジメント部ディレクターの細木美津子さんの話を聞いた。
伝統ある和菓子文化の良さを伝えたい
川島:「えんなり」というショップ名を聞いた時、まず最初に「どういう意味だろう?」って思いました。
細木:よく聞かれるので、パンフレットにも記載したのですが、「優美で風情がある。粋でしゃれている」という意味の古語なのです。「作り手の想いが込められた和菓子の可能性を広げたい」ということから、全国にわたる老舗も含め、足で歩いて探したブランドを、期間限定で販売するショップです。
川島:期間限定で出店する地方の和菓子というと、つい百貨店の催事場を思い浮かべてしまうのですが、「えんなり」は、それとは明らかに違う。おしゃれなエキナカショップ街の一画にあって、他ブランドと同列に扱われているので、“地方物産展”みたいな雰囲気がまったくない。ルミネ直営ではなく、「えんなり」という名前の新しい和菓子ショップが登場したのかと思ったくらいです。
細木:日本各地には、古くから伝わってきた和菓子がたくさんある。そのこだわりや世界観を、一人でも多くの方々に伝え、和菓子文化の可能性を広げたいと考えたのです。
川島:デビューを飾った3ブランドは、細木さん自ら選ばれたのですか?
細木:チームメンバーで相談して決めました。選ぶ基準は、素材・製法にこだわりがあること、伝統だけに甘んじることなく新しい挑戦をしていること、人に贈りたくなること、主にこの3つです。
川島:人に贈りたくなるって、意外と大事な基準かもしれないですね。
細木:自分がいいと感じて、それを誰かに伝えたいというのが、ギフトの根底にあるわけで、それは「えんなり」のコンセプトに合致すると思ったのです。
川島:そう考えると、伝わっていない和菓子ならではの良さって、たくさんありそうです。
細木:四季の移り変わりを感じさせること、繊細な技が込められていること、受け継がれてきた歴史を大事にしていることなど、世界に誇れる和菓子は、日本全国にたくさんあるのです。一方で、伝統を守ることに固執したり、ただ続けてきただけという和菓子もあって、お客様の気持ちが離れていっているように感じていました。ルミネにいらしている20~30代の女性にとっても、和菓子は「地味」とか「古い感じがする」といったイメージがあったようで。
川島:確かに洋菓子の方が華やかで、パティシエなど作り手の顔が見えているし、ブランド化されたものがたくさんある印象がありますね。
細木:そうなんです。でも、本当はそうじゃないと感じています。老舗で果敢な挑戦を続けているお店もあるし、洋菓子に負けずとも劣らない技を持っているお店もある。それを、世界一乗降客数がある新宿駅構内という好立地にある「ニュウマン」で、是非、紹介したいと思ったのです。
期間限定にした理由
川島:でも、どうして3カ月という期間限定にしたのですか?
細木:地方で和菓子屋さんを営んでいるところは、中小企業が大半を占めていて、東京にお店を出して、販売員を付けて、毎日それなりの数量を供給し続けられるかどうかというと、そうでないところがたくさんある。だから、期間限定で行うことを前提に、売り場や販売員はルミネが担当するというやり方で運営しようと考えました。
川島:それは、百貨店の催事に出店するのと大きな違いで、出店者にとってのメリットはわかりますが、ルミネにとってはどんなメリットがあるのですか?
細木:食の自主運営を初めてやるわけですから、物流や販売をはじめ、さまざまなノウハウを蓄積できる意味は、まず大きいです。とともに、お客様がここで知っていただいたことをきっかけに、地元を訪ねてみたいと思うかもしれない。つまり東京と地方をつなぐ役割を担えたらいいと。
もっと言えば「ニュウマン」の隣には、高速バスターミナルやタクシー乗り場と駅がつながった「バスタ新宿」があって、空港から降り立つ外国人観光客の方がたくさんいる。その人たちに向け、日本文化を発信して世界と地方をつなぐ。そうやって駅と社会をつなげられれば、ルミネにとっての意義があると考えたのです。
川島:その意義、もっと派手に宣伝して欲しいと思っちゃいます(笑)
ルミネ初の食の自主運営ショップ
川島:「えんなり」の企画は、いつ頃から始めたのですか?
細木:2015年の春くらいのことでしょうか。百貨店でもファッションビルでもない新しい業態で、グローバルで通用する自主運営ショップをやろうということでした。
川島:もともと細木さんは、食やお菓子が専門領域だったのですか?
細木:いえ素人同然です(笑)。以前は、あるラグジュアリーブランドの販売職だったのですが、もっと踏み込んだ仕事をしたいと思ってルミネに転職したのです。ファッションビルの運営に携わるいろいろな仕事は楽しくて、やりがいを感じてきました。ただ、食の直営店をつくるのは初めてのことで。
川島:それは、いきなりの抜擢です。どうやって地方の和菓子屋さんを開拓していったのですか。
細木:当初は、私も含めて3名のメンバー各々が、自分で調べてみました。雑誌やネットを駆使してリスト化しては絞ることを重ね、それから現地に行ってみたのです。一見のお客として訪ね、買って食べて「おいしい、ここならお願いしたい」ところを決め、それから直接電話し、アポイントをとって会いに行くという手順をとりました。
川島:大変な手間暇ですね。大手ディベロッパーのルミネなら、外部の企画会社や代理店を使う手もあったのではと思いますが。
細木:うちは、自分の頭と身体を使って動くこと、自らの意思でかたち作っていくことが仕事の身上と、きつく言われているのです。特に、新しいことに臨む場合、そこを絶対に手を抜いてはいけないと、自分にきつく戒めていたところもあったのかもしれません。
「真似ようと思ってもお手本がなくて」
川島:でも、相手は地方の老舗の和菓子屋さんです。いきなり電話を入れて、温かく迎えてくださったのですか?
細木:関東圏であれば、ルミネという社名も多少は知られているのですが、地方ではまだまだ知られていない。だから最初は不信感を抱いている方もいて、どういう会社かというところから始まって、なぜ、こういう売り場を作りたいのかを説明していきました。
良い経験を積むことができましたし、共鳴してくれる方に出会うと嬉しかった。「語れるこだわりがあるのか」「歴史や伝統を大切にしながら、これからの文化を作っていこうとしているのか」などについてやりとりを重ね、両者が納得した上で出店してもらったのです。
川島:まさに手探りで作ってきたという感じですね。
細木:そうです。直営の和菓子セレクトショップという業態自体、他にないものなので、真似ようと思ってもお手本がなくて。でも、訪ねて歩けば歩くほど、日本の伝統のひとつである和菓子は、素晴らしい財産を持っているとわかったし、それを紹介していきたいという意思が強くなっていったのです。
伝統に甘んずることなく挑戦している和菓子店の数々
川島:最初に登場した3店はどんなブランドですか?
細木:徳島県の「茜庵」、石川県の「たろう」、滋賀県の「おおすが」という3つです。まず、あんこ屋さんの息子が「徳島だからできる和菓子」に徹底的にこだわっているのが「茜庵」。素材を厳選し、地産の上質な材料を使っているのが特徴です。
川島:たとえば、どんなお菓子が?
細木:「ゆうたま」は、北川柚子、有機すだち、阿波山桃、美郷梅、ゆこう(稀少性の高い柑橘)という五種類のくだものの果汁を、良質な寒天と合わせたゼリー状のお菓子です。寒天を溶かして作るお菓子を錦玉というのですが、小さなボール状の錦玉の中に、地元で採れた果実の香りと風味がぎゅっと詰まっている。
果実が育てられている畑を訪ねたのですが、丁寧に育てられたものばかり。たとえば、急斜面の畑に実った柚子を摘む作業はハードなものですが、その斜面の日当たりが柚子の深い香りを育ててくれている。その地ならではの気候風土の中で、手間暇かけて作っていることがよくわかりました。
川島:細木さん、畑まで行ったのですね。
細木:収穫を体験させてもらったのですが、これがもう厳しい作業で(笑)。柚子の木の棘って物凄く鋭いんですよ。
地元では気づかれにくい長所も、東京でなら際立つ
川島:でも、そうやって現場に行くと、作り手の想いが肌身を通して伝わってきますよね。
細木:そうなんです。正直言って、3つに絞るにあたっては、選び難いなぁと悩むところもありました。
2つめの店は、滋賀県の「おおすが」。城下町の彦根で60年以上の歴史を持つ菓子店です。餅入り最中の「三十五万石」や、どらやきの「月あかり」といった看板商品があって、見た目は素朴なのですが、さくっとした最中の皮、もちっとしたどらやきの皮、良質な小豆で作られたあんこと、伝統をきちんと継承した上質な和菓子を作っているのです。
川島:最中やどらやきというと、いわば和菓子の定番中の定番。どのお店にも必ずあるものですが。
細木:彦根という城下町で、長い歴史を積んできた老舗のおいしさが凝縮されている。そこに、東京にない地方の良さが宿っていると思うのです。彦根の良さ、○○の良さといった風に、それぞれの長所って、地元では気づかないかもしれませんが、東京に出てみると、際立ってくるのではと思いました。実際、「おおすが」の最中やどら焼きを食べて、おいしかったから、友達や親に贈りたいという若い女性もたくさんいて、ほっと安心しています。
そして「おおすが」は、伝統に甘んずることなく、有機クルミを醤油風味でキャラメリゼし、和三盆で仕上げた「和三盆くるみ」など、モダンな和菓子にも挑戦しているんです。
川島:おしゃれなパッケージなので、別ブランドかと思ってしまいました。新しいい挑戦をしているんですね。
細木:3つめのブランドである「茶菓工房たろう」は、金沢にある1911年創業の老舗和菓子屋「村上」の息子さんが立ち上げたもの。和菓子としてのこだわりを持ちながら、伝統的な和菓子素材にとらわれない試みを行っているんです。生チョコのような「カカオチョコ」や「ホワイトチョコ」の羊羹をはじめ、チョコ羊羹と抹茶カステラ、くだいたアーモンドを組み合わせた「はなことたろう」というひとくち菓子もあって、とてもおいしいんです。
川島:面白い羊羹と思って食べてみたのですが、しっかり羊羹の味がする。カラフルなイラストが入ったパッケージも目を惹きます。
細木:色使いやタッチがきれいなので「えんなり」で特別な手提げ袋を作って、初お披露目しました。
共に創っていく、共に挑戦していく姿勢
川島:そういう「えんなり」オリジナルも作っているのですね。
細木:「おおすが」さんには、オリジナルのお菓子をお願いして、「そば粉フロランタン」「煎り玄米おこし」「メレンゲ焼」「きなこボーロ」という4種類を作ってもらい、「えんなり」でデビューさせたのです。今後、少しずつ、そういうコラボレーションをやっていきたいと考えています。
川島:パッケージや商品に限らず、いろいろな面でコラボしていくということですね。
細木:そうです。うちの強みは、目の前にお客様がいて、即、反応が出てくるということ。3つのお店の方々も出店を喜んでくださって、東京まで見にきてくれたのですが、一緒に売り場を見ながら「見せ方をこうしたらいい」「パッケージをこうしたらもっと良くなる」と、改良・改善を重ねていっています。これも大事な仕事ととらえているんです。
川島:たとえばどんな改善をやってみたのですか?
細木:「茜庵」の「ゆうたま」は、見ただけではおいしさが伝わりづらいのです。それで“お試しセット”のようなものを作って、置いてみることにしました。一度、食べてもらえば、良さがわかると考えたのです。
川島:なるほど。ところで「えんなり」は、販売をルミネが担当するということでしたが。
細木:グループ会社のルミネアソシエーツというところと一体となって、販売・運営しています。せっかくやるのですから、単に売るに留まらず、その和菓子ならではの素材や製法へのこだわり、作り手の想いを理解して、きちんとお客様に伝えることをやっていかなければと考えました。だから販売員に徹底して勉強してもらって、理解をした上で接客することを大切にしています。何名かは、実際、現地まで行ってもらって研修もしました。
川島:エキナカショップは、利便性が第一みたいなイメージがあって、そこまで手厚い接客があるとは驚きです。でも、エキナカにどんどんお店が増えていて、下手をすると同質化してしまう。利便性だけで終わらない、新しい価値づけが求められていることはよくわかります。
細木:ルミネならではのエキナカ、これから必要とされるエキナカという観点から、どんどん挑んでいきたいと考えています。実は、JR新宿駅の新南口の存在自体が、まだあまり知られていないので発信していかねばと思っています。
川島:そろそろ3カ月。「えんなり」は、次のグループに移行する時期ですが、どんなお店が控えているのですか。
細木:奈良県で柿専門の和菓子を営んでいる「柿の専門いしい」、富山県で1752年創業の老舗「五郎丸屋」、東京で生地から手作りしているお煎餅屋の「富士見堂」で、どれもお薦めです!
川島:それは是非、訪ねてみようと思います。これからも、日本の伝統を伝える「えんなり」、応援しますのでがんばってください。今日はありがとうございました。
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