土用の丑の日(7月22日)、私は都内の牛丼チェーン店にいた。店内に張られた「うな丼」の大きなポスターにそそられた。うな丼(特)は、破格の1180円。より安価な「並」もあったが、今日は土用の丑のめでたい日だ。誇らしげに「うな丼 特!」と注文すると、周囲の客の視線を集めた。
何より私は、ウナギに目がない。人生の末期、「最後の晩餐」は何にするか、と問われれば、うな重を選ぶかもしれない。
実はあまり期待していなかった味のほうだが、柔らかくて案外いけた。店員に産地を尋ねたくなったが、無粋なのでやめた。後日、この会社のホームページをチェックすると中国で養殖されていたことが分かった。
なぜ、ウナギが溢れているの?
ウナギが足りない。ウナギの稚魚が高騰している。最近、「ウナギ、ピンチ」のニュースが飛び交っている。昨年よりも今年のほうが、深刻のようだ。水産庁は5月、国内用のウナギの稚魚(シラスウナギ)の漁獲量が昨年より25%も減ったと発表した。キロ当たりの価格も10年前の10倍になっているという。
それでも、牛丼チェーン店やスーパーに行けば、ウナギが溢れている。どういうことか。先日、元日本水産の環境オフィサー、三吉正芳さんに話を聞く機会があった。
「牛丼屋で安い価格のうな丼が食べられること自体、信じられない。これまで、ウナギといえば、1年でも特別な日、つまり土用の丑の日やお祝いの時に食べるのがせいぜいだった。この季節感、高級感がウナギの需給のバランスを取っていたのです。でも、今や1年中、どこでも誰でも食べられるようになって、獲りすぎているんです。それが稚魚の枯渇の原因です」。三吉さんは厳しい口調で語りだした。
ウナギは、長年、完全養殖(卵の採取から孵化、成長、漁獲まですべて養殖で行うこと)が不可能だった。2010年に水産総合研究センターが完全養殖に成功したが、商業ベースに乗るにはまだまだ時間がかかる。今、流通しているほとんどが、自然界で稚魚を捕獲し、大きく育てたものだ。
マグロも消える
ウナギ同様、マグロも危ない。クロマグロは近年、近畿大学が完全養殖に成功しているが、やはり、いまだ、天然漁獲に頼っている。
こちらも、デフレの影響を受け、回転寿司などで、安価に、大量に消費されている。もはや、成魚だけでは供給が追いつかず、稚魚のヨコワまで根こそぎ獲ってしまっているという。クロマグロもそのうち食卓や寿司屋から消える日が来るかもしれない。
しかし、よく考えて欲しい。水産資源は「生き物」であるため、本来、回復可能なはずである。取ったらなくなる石油やガスなどの化石資源や鉱物資源とは違う。だから、数年間、取らなければ「自然回復力」で、魚は戻ってくるはずだ。
ウナギやクロマグロは、ある一定期間、流通させないしくみを作ることも、人間の知恵だろう。私のように、牛丼チェーンで特上を頼んで舌鼓を打っている場合ではない。
「持続可能な漁業を実現するために、日本は漁業のルールを変えなければならない」と三吉さんは言う。
日本はEEZ(排他的経済水域)において、サンマ、マアジ、マイワシ、サバ類、スケトウダラ、ズワイガニ、スルメイカの7魚種について、漁獲可能量(TAC)を決めている。
この制度は早いもの勝ちの「オリンピック方式」とも呼ばれ、となりの船に負けないように急いで漁獲するやり方だ。一気に大量に獲ってしまうと、供給過剰になって、市場価格が下がってしまう。それをカバーするために、さらに漁獲増に走り、未成魚まで取ってしまう。先述のクロマグロのケースがそれだ。
1歳の稚魚(ヨコワ)を獲ってしまうと、キロ当たり単価は約550円で流通する。現在、1歳稚魚は162万本(計4856トン)が水揚げされ、約27億円の売り上げだ。しかし、孵化から7年間待つことで、単価は10倍近く上がる。結果、売り上げが約2280億円まで跳ね上がるという試算もある。
だから、「待つ」ことが、水産資源を持続可能するばかりか、漁師の収入を確保することに繋がる。しかし、現在のオリンピック方式の下では、「分かっちゃいるけどやめられない」。
そこで、三吉さんが考えているのは、IQ(個別漁獲割り当て)制度の導入。船ごとに漁獲量の上限(漁獲枠)を設ける方法。不毛な漁獲競争を防げるほか、成長した魚価の高い魚を計画的に獲ることが可能になる。
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