「違法ダウンロード刑事罰化(罰則化)問題」というタグの付け方が、もしかしたら、すでに失敗だったのかもしれない。このネーミングの行く先には
「違法なら罰則があって当然じゃないか」という感じの早呑み込みが待ち構えているからだ。
たしかに、普通の日本人の日常的な言語感覚からすれば、違法な行為に罰則が科されるのは極めて自然ななりゆきに思える。
それどころか
「違法無罰とか、むしろそっちの方がありえないんじゃないか?」
ぐらいな先走りさえ考えられる。
「つまり、津田っちは違法堂々みたいな世界を望んでるわけだな?」
「というよりも、イリーガル天国で脱法フリーダムなやりたい放題のインターネット社会を構築することが、ああいう連中の望みなわけで、結局のところ、金髪津田野郎一派は、既存の社会的枠組みを破壊したい分子なわけですよ」
と、まあ、ここまで決めつける向きは少数派だろうが、それでも、最初に「違法」と言ってしまっている以上、罰則化に反対する言説は出発点からして分が悪い。
今回は、「違法ダウンロード刑事罰化問題」について考えてみたい。
遅すぎたかもしれないと思っている。もう少し早い時期に取り上げて、注意を喚起――いや、「注意を喚起する」という言い方は上からに聞こえて良くない。言い直そう。私は、もう少し早い時期に悲鳴をあげるべきだった。ちょっと後悔している。
話を冒頭に戻す。「違法なら罰則があって当然だ」という見方は、実は、かなり大幅に間違っている。
法の実態はそんなに単純なものではない。
禁止が定められていながら、それを破った場合の罰則が定められていない法令は、実のところ、山ほどある。
たとえば、建築関係の法令や政令、条例、規則の多くは、特段の罰則を定めていない。それでも、法は機能している。罰則が定められていなくても、規則に準じていなければ、許可が降りなかったり、検査を通らなかったりして、事実上建物を建てることができないからだ。建ててしまった場合は、施主および建築主が民事上の損害賠償責任を負うことになる。ということはつまり、罰則は別として、法令は働いている。こういう例は珍しくない。
いま話題になっている「違法ダウンロード刑事罰化問題」は、これまで特段に罰則が定められていなかった「違法ダウンロード」に対して、新たに「刑事罰」を科そうという策動をめぐる問題だ。
ということは、これは、大変に物騒な話なのである。
発端は、2010年の1月、違法にアップロードされた音楽ファイルなどを違法と知りながらダウンロードする行為を禁じた、いわゆる「ダウンロード違法化」を盛り込んだ改正著作権法が施行されたところにある。この改正自体、かねてからの音楽業界の意を受けたものだったのだが、この時には、罰則規定は見送られている。このことが今回の罰則化問題の背景にある。
以来、音楽業界には「違法ファイルの流通がCD売り上げ減少につながっている」という意見がくすぶり続けていた。で、彼らは、文化庁傘下の審議会などで、違法ダウンロードの刑事罰化を強く求め、また、各党の議員を対象に、活発なロビー活動を続けてきた。
こうした流れを受けて、音楽等の私的違法ダウンロードについて、自民党及び公明党が、政府提案の著作権法の一部を改正する法律案を修正し、刑事罰(2年以下の懲役または200万円以下の罰金)を設ける法案が整えられる。
で、その法案が、にわかに成立しそうな雲行きになっているのである。
6月14日の朝日新聞は、
《罰則化法案は、15日の衆院文部科学委員会で、自公両党から提出される見込み。政府が提出している著作権法改正案に盛り込む形で同委で採決された後、続く衆院本会議でも採決される見通しだ。》
と、法案の成立をほぼ既定事項とする形で記事をしめくくっている。リンクはこちら。
法案が「採決される見込み」とされている背景には、「政局」がある。
要するに、民主党の側では、消費税の増税案を通すためなら自公両党に対してかなり譲歩する決意を固めているということで、「違法ダウンロード刑事罰化法案」の丸呑みは、ほかにもいくつかある民主党側からの「妥協」のひとつとして差し出される案件であるようなのだ。
なんとくだらない経緯だろうか。
建前論を述べさせていただくなら、法案はひとつひとつ、個別に、各々の主旨に沿って検討されるべきでものだ。Aの法案を通すために、Bの法案を人質として差し出すといったようなことがあってはならない。その種の取引は、法案に対する冒涜であるのみならず、国会審議の名を汚すものだ。
が、そんな綺麗事を言ってみてもはじまらない。
現実に、法案は、人質案件として、一両日中に採決される日程に乗っかっている。花一匁で売りに出される哀れな命みたいな調子で、インターネットの自由は、政局の生贄に差し出されようとしているのである。
個人的には、音楽著作権および違法ダウンロード周辺の話題は、10年ほど前から興味を持って追いかけてきた問題だ。過去に何回かコラムで取り上げたこともあるし、関連の記事は常にチェックしていた。私個人としては、こういうふうにひとつの問題を追い続けることは珍しい。だから、ちょっと責任を感じてもいる。最終局面に入る前に、もう少しアピールしておけばよかったのかもしれない。
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