企業行動や消費者の行動を「時間価値」という観点から読み解くと意外な未来が見えてくる。IT、ことに携帯情報端末の進化と普及は、人間の「時間」を大きく変えつつある。5分、10分の「すきま時間」が大きな価値を生むようになり、思考や働き方、ライフスタイルに影響を及ぼしつつある。時間価値から導かれる人間の創造性はどのような形になっていくのか。フロンティア・マネジメント代表取締役の松岡真宏氏に聞いた。

(聞き手は秋山 知子)

松岡 真宏(まつおか・まさひろ)
東京大学経済学部卒。野村総合研究所、UBS証券を経て産業再生機構でカネボウ、ダイエーの再生計画策定を担当。2007年にフロンティア・マネジメント株式会社を設立し、共同代表に就任。著書に『小売業の最適戦略』(日本経済新聞出版社)、『百貨店が復活する日』(日経BP社)、『問屋と商社が復活する日』(日経BP社)など。(写真:都築 雅人)

松岡さんの近著『時間資本主義の到来』(草思社)では、「時間価値」に着目することでマーケティングや社会の未来予測、あるいは個人の働き方やライフスタイルまで、どうなりつつあるのかが見えて、様々なイメージが広がる思いでした。この本は、日経ビジネスオンラインの連載「時間資本主義の時代」をベースにしたものなので、詳しくはそちらも参照していただくとして。

 まず、IT(情報技術)の発達によって、以前は使い道がなかった数分間の短い「すきま時間」でも、スマホで買い物もできればメールの返信もでき、時間の効率化や快適化が図れるようになりました。ある程度まとまった「かたまり時間」に対して、「すきま時間」の価値が急激に上昇してきたと指摘されています。確かに人間の行動は大きく変わりつつあるなと実感します。

松岡:将来的に、時間は「すきま時間」の積み重ねでしかなくなるんじゃないかと思うんですね。例えば、こうしてお話をしている最中でも、携帯端末があれば、部下からの経費申請の承認ボタンを押し続けることは可能ですよね。その瞬間、瞬間で相手がランダムに変わっていくすきま時間がたまたま60秒積み重なったら1分になり、60分積み重なったら1時間になるというように、時間がより小さい原単位に変わっていくんだろうなという気がしています。

前から思っていたことがあるんですが、メールは元来、非同期のコミュニケーションツールでしたよね。パソコンからメールを使うようになった人、例えば仕事でずっとパソコンを使う環境にあるママ友は、メールの返信はおおむね、それほど速くないんです。ところが最初からパソコンではなく携帯メールでやってきているママ友は、瞬時に返信するのが当たり前の人が多い。今はメッセージアプリでさらにリアルタイムに近づいていて、すきま・すきまのコミュニケーションが普通になってきている。

 子供はさらに、メールすらあまり使いません。知人の中学生のお嬢さんは友達と一晩に200回以上LINEでメッセージをやり取りしている。当然、睡眠時間が足りないので学校の「すきま時間」に寝る。宿題をやる間もスマホをそばに置いて、LINEの合間のすきま時間に宿題をやるような状況で、主客転倒になっているのはやはりまずかろうと思うんですが。

松岡:ただ、世の中って機器がどんどん発達してきて人間はそれに順応してきてますよね。昔は、主婦はかまどの火を起こせなきゃダメで、できないとけしからんと言われた。でも今はそんな必要はない。世の中が変わっていっても人間は対応できるはずですよね。特に我々の子供世代は最初からスマホがあって、その環境に順応してきているはずなので、我々の価値観でそれをけしからんというのはどうなんだろうと最近思いますね。

節約時間価値と創造時間価値

本の中では、人が追求する時間価値には「節約時間価値」と「創造時間価値」の2つがあると指摘されています。物やサービスを使うことによって時間が短縮でき、余裕の時間が生み出されるのが「節約時間価値」、物やサービスを利用すること自体が有意義な時間につながるのが「創造時間価値」と定義されていますね。これはよく分かります。

松岡:すべてのものごとは、ある人にとっては節約時間価値の対象であり、ある人にとっては創造時間価値の対象になります。

 例えば、本を読むという行動がもたらす時間価値は、その人によって違います。 50年前の経済学部の人間にとっては、マルクスを読んでいることが重要でした。でも今では、一つの思想として把握しておけば十分ですよね。当時はそれを読むこと自体が創造時間価値だったけど、今は節約時間価値なんですね。

 単に教養として頭に入れておけばいいという読書であれば節約時間価値の対象になるでしょう。細切れに読んでポイントだけ押さえればいい。もしその人にとってその本を読むこと自体がクリエイティブで楽しいのであれば、それは創造時間価値の対象になります。

かなり偏差値の高い大学でも、1年に1冊も本を読まない学生がいると大学の先生が嘆いていましたが、もしかしたら資本論でも源氏物語でも要点だけ読んで「ああこういう内容なんだ」で十分な人が実は大半かもしれませんね。

松岡:読書そのものを楽しみたい人と、エッセンスだけ知りたい人に分かれてくるんでしょうね。最近だとトマ・ピケティの『21世紀の資本論』などはそうですよね。サマリー本が出ているのは節約時間価値を求める人向けですから。

 教養というのは、結局はお互いが「このレベルの話をしていいよね」という記号化された知識ですよね。プロテスタンティズムと資本主義の論理という話をして相手が反応してきたら、ああこの人とはこういう話をしてもいいのだなと。それであれば節約時間価値で十分なんですよね。でも、読んでその時間自体がハッピーだったら読みますよね。本が好きな人にはそれが創造時間価値の対象なんですよ。

なるほど。

松岡:節約時間価値や効率ばかり追い求めていくと、結局浮いた時間をどうするかという問題に突き当たります。節約時間価値が最終目的ではないということがすごく大事です。

 実はこのことも本を書いていて気づいたんですよ。本の構想段階では節約時間価値の話が中心でした。でもいろいろな人と議論をする中で、時間とはそもそも節約系の話と、時間自体が価値になるという話を分けて考えなくてはいけないことに気づきました。

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