「俺が音楽を始めてから今がR&Bにとって最悪の時期」とはジャーメイン・デュプリの発言。最悪とは売り上げのことなのか、内容のことなのかはよくわからないが、確かにR&Bは死に体だ。単発で良盤好盤は出ているものの、大きなムーヴメントは生まれる予感すらしないし、ミックステープ市場で才能ある人たちが“発掘”され続け、シーンが常に動いている感のあるヒップホップと比べると、いつも同じ人たちが同じようなアルバムを出しているR&Bは、やはりどうにも停滞しているようにしかみえない。エイサップ・ロッキーやタイラー・ザ・クリエイターの動向を気にするロック・ファンの姿は想像できるが、彼らがエステルやエリック・べネイの新作を楽しみに待っているとはとても思えない(どちらもなかなかのアルバムなんだけど)。別にロック・ファンに気にされる必要はないし、新しいシーンを生み出せばいいというわけでもない。けれど、クロスオーバーを狙うメインストリームのメジャー作品は極端にポップに走り、それ以外の作品は決まったリスナーにしか届かないなんて、黄金期のR&Bの勢いを思うと、酷い状況だと言わざるを得ないだろう。
僕がケンシロウやネルソン・ジョージだったら、さっさと死を宣告しているところだが(「R&B、お前はもう死んでいる」)、実は今年はR&Bの年だと思っている。アリシア・キーズやニーヨの話ではなく、How To Dress Wellやフランク・オーシャンの話だ。彼らはヒップホップ・クルーのメンバーだったり、アメリカ人じゃなかったり、場合によっては歌がたいして上手くなかったりする。それにもかかわらず、周縁から、インディから現れた彼らの歌は、いまやメインストリームを浸食しつつある。彼らに共通するのはアトモスフェリックで、アンビエントで、チルな音響。沈んだトーンと耽美な歌唱。“アンビエントR&B” と呼ぼう。これまで個人的には“アンビエント・ソウル”と呼んできたのだが、黄金期のR&Bに対する強烈な愛情に支えられた彼らには、R&Bの方がふさわしい。
これ、というかたちがあるわけではない。むしろ、いくつかの支流がここにきてひとつの大河になろうとしている、とした方が適切だ。いまに至る直接的な契機はドレイク、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル、ジェイムス・ブレイク。そして、元にあるのは、彼らに共通するルーツであるカニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』だ。 以下、隣接する動きにも触れながらアルバム単位でみていき、アンビエントR&Bという、もやもやとしたものにかたちを与えてみたい。
僕がケンシロウやネルソン・ジョージだったら、さっさと死を宣告しているところだが(「R&B、お前はもう死んでいる」)、実は今年はR&Bの年だと思っている。アリシア・キーズやニーヨの話ではなく、How To Dress Wellやフランク・オーシャンの話だ。彼らはヒップホップ・クルーのメンバーだったり、アメリカ人じゃなかったり、場合によっては歌がたいして上手くなかったりする。それにもかかわらず、周縁から、インディから現れた彼らの歌は、いまやメインストリームを浸食しつつある。彼らに共通するのはアトモスフェリックで、アンビエントで、チルな音響。沈んだトーンと耽美な歌唱。“アンビエントR&B” と呼ぼう。これまで個人的には“アンビエント・ソウル”と呼んできたのだが、黄金期のR&Bに対する強烈な愛情に支えられた彼らには、R&Bの方がふさわしい。
これ、というかたちがあるわけではない。むしろ、いくつかの支流がここにきてひとつの大河になろうとしている、とした方が適切だ。いまに至る直接的な契機はドレイク、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル、ジェイムス・ブレイク。そして、元にあるのは、彼らに共通するルーツであるカニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』だ。 以下、隣接する動きにも触れながらアルバム単位でみていき、アンビエントR&Bという、もやもやとしたものにかたちを与えてみたい。
『So Far Gone』 Drake
2009年のドレイクのミックステープに収録されている「Houstatlantavegas」と「Successful」。前年にリリースされたカニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』の流れを受けているこのミックステープは、全体的に落ち着いた柔らかなトーンとアンビエントなシンセが印象的だが、特に歌メロの美しいこの2曲は、後のアンビエントR&Bの礎を築いたと言えそう。また、下の方で改めて書くが、前者はボストンのデュオ、Sonnymoonにカヴァーされ、後者にはトレイ・ソングズが参加している。どちらもアンビエントR&Bの中心人物だ。なお、ドレイク、及びプロデューサーのNoah "40" Shebibのサウンドがいかに影響力の大きいものなのか、ということについては『REV MAG Vol.2』で高橋芳朗さんが書かれているのでぜひお読みいただきたい。
2009年のドレイクのミックステープに収録されている「Houstatlantavegas」と「Successful」。前年にリリースされたカニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』の流れを受けているこのミックステープは、全体的に落ち着いた柔らかなトーンとアンビエントなシンセが印象的だが、特に歌メロの美しいこの2曲は、後のアンビエントR&Bの礎を築いたと言えそう。また、下の方で改めて書くが、前者はボストンのデュオ、Sonnymoonにカヴァーされ、後者にはトレイ・ソングズが参加している。どちらもアンビエントR&Bの中心人物だ。なお、ドレイク、及びプロデューサーのNoah "40" Shebibのサウンドがいかに影響力の大きいものなのか、ということについては『REV MAG Vol.2』で高橋芳朗さんが書かれているのでぜひお読みいただきたい。
『House of Balloons』 The Weeknd
ドレイクと同郷、トロント出身のThe Weekndは、彼の直接的な影響下にあるR&Bシンガーだ。ザ・ウィークエンドがソングライティング・チームのThe Noise時代に書いた「Birthday Suit」と言う曲には"( Drake Demo Reference )"という注釈がついている。同曲のほか、最初期の音源を集めた『The Noise Ep Unreleased』は曲調の幅が割と広いが、そのなかで、ドレイクのために作った「Birthday Suit」 がいまのアンビエントR&Bのテイストに非常に近いことは示唆的だ。その後の彼の作品はどれもアンビエントR&Bのど真ん中なので、デビュー・ミックステープを挙げておこう。「Coming Down」、「What You Need」、「Loft Music」など、耽美な名曲揃い。
『More Balloons』 The Weeknd Remixed By Sango
そのザ・ウィークエンドの曲を、プロデューサーのSangoがリミックスしたのが本作。Sangoはチルウェイヴ的な浮遊感たっぷりのプロダクションが魅力の人で、実際にBathsなどチルウェイヴ周辺の音をネタに使ったりもしているが、同時にドレイクからザ・ウィークエンドというトロント・コネクションの影響も大きいのだろう。彼がリミックス集で取り上げている曲目をみると、スタンスがよくわかる。Sangoのソロ作はすべてインストだが、いずれも官能的なムード色濃い作品で、聞いておきたい。
Sangoのトラック提供先はIceEdwards(『#weedhead』は名作!)などラッパーばかりで、EP『☯』 はシンガーのZandSHEと組んだおそらく唯一の完全な歌モノの作品。ファルセットを駆使し、セクシャルに歌うZandSHEのヴォーカルが、Sangoの幻想的なトラックに境目なく溶け込んでいく。DrakeとNoah "40" Shebib、The WeekndとDropxLifeを彷彿させる、アンビエントR&Bの理想的なかたち。ほかにSango周辺では、彼と交流のあるThe SEVENthらがプロデュースした女性シンガー、Lena Chanelの『Lena Chanel EP』も、この流れで取り上げたい一枚だ。
『Love Remains』 How To Dress Well
チルウェイヴ/ウィッチハウス側の源流はこの人だろう。ドローン/アンビエントとスロウ・ジャムが歪に溶け合った地獄発の一枚。詳しいことはこの記事で書いたが、R&Bシンガーのような歌唱力はないものの、とにかくR&Bが好きで、歌を愛する彼は、その差を過剰なリヴァーブと歪みとナルシシズムで埋めようとした(最近発表したミックスの曲目からもR&Bに対する偏愛を見てとれる)。トロント・コネクションとは別の場所で、アンビエントやチルウェイヴの手法を用いて、似たような音楽が生まれていたのは面白い。この両者の関係は、2012年、The Weekndが所属するXO Gangのプロデューサー、DropxLifeがミックステープ 『FURTHUR.』 収録の「NuerxOld.」で、HTDWの「Escape Before the Rain」をサンプリングしたことで、現実にリンクした。美しい。
『†Priscilla†』 JMSN
『Darker My Love』 Guerre
HTDWはR&Bをダーク・アンビエントの渦のなかに落としこんだが、似たような手法で、歌を澄んだ音響で包みこんだのが、シドニー出身のグエルだ。Oliver TankやThe Townhousesなど、シドニーではチルウェイヴの影響を受けたふわふわとしたエレクトロニカを聞かせるアーティストが増えているが、そのなかでもビヨンセをカヴァーし、マーヴィン・ゲイに影響を受けたグエルは、とりわけ歌/声の扱いに意識的な人で、ここに挙げておきたい。
『Carolina』 Top Girls
そのGuerreとも共演しているノースカロライナのEvan Adamsによるソロ・ユニット、トップ・ガールズ。過去のシングルではマライア・キャリーのスクリュー・トリビュート・アルバムを出したParty Trash(別名義のPolice Academy 6)と共演もしているが、やはりHTDWやグエルのような、チルウェイヴ/ウィッチハウス経由のメロウなアンビエントR&Bを聞かせる人で、その周辺の音が好きであれば、気に入るはず。
『Open Minds Vol. 3 (The Hip-Hop Edition)』 V.A.
以前取り上げた、チルウェイヴ系のミュージシャンを抱えるネット・レーベル、Absent Fever企画のコンピレーション。Gucci Mane、Black Sheep、Common、Janet Jackson、Destiny's Childなどのヒップホップ/R&Bの曲を、Guerreを始めとしたブルー・アイズたちがカヴァーするというもので、Guerreはジャネル・モネイとも共演しているラッパー/詩人のSaul Williamsの「Scared Money」をカヴァー。アフロビート風のホーンリフを核にした攻撃的な原曲を穏やかで夢見心地な曲へと変えてしまっている。このコンピレーション・シリーズは内容こそさまざまだが、何本も出ていて、すべてここでフリー・ダウンロードできる。
『Sydney In Theory』 Personal
HTDWに対するヒップホップ/R&Bからの血みどろの回答。リリースが延期され続け、出る予感すらしないのだが、ウィッチハウスに通じる独特の美的感覚と強烈な音楽/映像表現で異彩を放つのが、このパーソナルだ。まだ数曲しか発表されていないし、シンガーというよりはラッパーなのだが、そのなかの一曲「The Heartless Arts (The Great American Tragedy)」はアンビエントR&B色の強いナンバーで、ここに並べるにふさわしい。とにかく、下の「Six Piece Orchestra」の曲、映像は衝撃的だ。
『Swimsuits (The Mixtape)』 Stevie and Sam
シアトルのStevie and Samは、パーソナルと同様、ラップをメインとしつつ、歌心を感じさせる人たちだ。小技の効いたヴァリエーション豊かなトラックを、(ガチガチの)ヴォコーダーやオートチューン、スクリュー・ヴォイスやヴォイス・サンプリングで、メロディアスに彩っていく。The WeekndやDrakeに通じる曲があり、女性ヴォーカルをゲストに迎えたブギーなエレクトロR&Bあり、A$APやSGPを思わせるトリルウェイヴあり、そしてそのところどころにtofubeats「水星」風の爽やかなオートチューンが挟まれる。終わりゆく夏のサウンドトラック。
デトロイトのシンガー、JMSN(ジェイムスン)は、HTDWとTheWeekndのあいだに位置するような人だ。前に書いたように。過去の音源を聞いてみると流行りに敏感な人で、本作のアンビエントR&Bのスタイルも、おそらくThe Weekndの成功を受けたものだろうと思われる。ただし、そこにはっきりとHTDW~ウィッチハウス的な、退廃的で、ナルシスティックで、耽美な意匠を持ち込んだことで、その両者とも違った、独特のムードを作り上げた。
『Darker My Love』 Guerre
HTDWはR&Bをダーク・アンビエントの渦のなかに落としこんだが、似たような手法で、歌を澄んだ音響で包みこんだのが、シドニー出身のグエルだ。Oliver TankやThe Townhousesなど、シドニーではチルウェイヴの影響を受けたふわふわとしたエレクトロニカを聞かせるアーティストが増えているが、そのなかでもビヨンセをカヴァーし、マーヴィン・ゲイに影響を受けたグエルは、とりわけ歌/声の扱いに意識的な人で、ここに挙げておきたい。
『Carolina』 Top Girls
そのGuerreとも共演しているノースカロライナのEvan Adamsによるソロ・ユニット、トップ・ガールズ。過去のシングルではマライア・キャリーのスクリュー・トリビュート・アルバムを出したParty Trash(別名義のPolice Academy 6)と共演もしているが、やはりHTDWやグエルのような、チルウェイヴ/ウィッチハウス経由のメロウなアンビエントR&Bを聞かせる人で、その周辺の音が好きであれば、気に入るはず。
『Open Minds Vol. 3 (The Hip-Hop Edition)』 V.A.
以前取り上げた、チルウェイヴ系のミュージシャンを抱えるネット・レーベル、Absent Fever企画のコンピレーション。Gucci Mane、Black Sheep、Common、Janet Jackson、Destiny's Childなどのヒップホップ/R&Bの曲を、Guerreを始めとしたブルー・アイズたちがカヴァーするというもので、Guerreはジャネル・モネイとも共演しているラッパー/詩人のSaul Williamsの「Scared Money」をカヴァー。アフロビート風のホーンリフを核にした攻撃的な原曲を穏やかで夢見心地な曲へと変えてしまっている。このコンピレーション・シリーズは内容こそさまざまだが、何本も出ていて、すべてここでフリー・ダウンロードできる。
『Sydney In Theory』 Personal
HTDWに対するヒップホップ/R&Bからの血みどろの回答。リリースが延期され続け、出る予感すらしないのだが、ウィッチハウスに通じる独特の美的感覚と強烈な音楽/映像表現で異彩を放つのが、このパーソナルだ。まだ数曲しか発表されていないし、シンガーというよりはラッパーなのだが、そのなかの一曲「The Heartless Arts (The Great American Tragedy)」はアンビエントR&B色の強いナンバーで、ここに並べるにふさわしい。とにかく、下の「Six Piece Orchestra」の曲、映像は衝撃的だ。
『Swimsuits (The Mixtape)』 Stevie and Sam
シアトルのStevie and Samは、パーソナルと同様、ラップをメインとしつつ、歌心を感じさせる人たちだ。小技の効いたヴァリエーション豊かなトラックを、(ガチガチの)ヴォコーダーやオートチューン、スクリュー・ヴォイスやヴォイス・サンプリングで、メロディアスに彩っていく。The WeekndやDrakeに通じる曲があり、女性ヴォーカルをゲストに迎えたブギーなエレクトロR&Bあり、A$APやSGPを思わせるトリルウェイヴあり、そしてそのところどころにtofubeats「水星」風の爽やかなオートチューンが挟まれる。終わりゆく夏のサウンドトラック。
トロントではドレイク、ザ・ウィークエンド、BADBADNOTGOODといったブラック・ミュージック・シーンのほか、Sandro Perri、Eric Chenaux、BRUCE PENINSULAらを中心としたアヴァン・フォーク/ジャズ・シーンも活況だ。後者の担い手の一人、Thom Gillは、ブルース・ペニンシュラやオーウェン・パレットの作品に参加するギタリストだが、「T H O M A S」名義でアンビエントR&Bシンガーとして活動している。AOR、ジャズ、ハウスなど、さまざまなシーンに顔を出すミュージシャンらしい引き出しの多さで、静謐としたダウンテンポなトラックのなかに幾層にもレイヤーを作りだしている。いまにも消えてしまいそうな、か細いファルセットが歌うのはR&Bで、全体を覆う神聖な響きと併せ、ゴスペルを聞いているようでもあり、ジェイムス・ブレイクを思い出すこともしばしばだ。彼のヴォーカルは魅力的なようで、ヴォーカリストとしてのゲスト参加も少なくない。トロントのフォーク/ソウル・グループ、The Elwinsのアルバム『The Elwins and Friends vol. 1 featuring Doctor Ew & T H O M A S』 で、温かみのあるバンド・サウンドをバックにソウルを歌っているほか、やはりトロントのトラックメイカーのPiègeと組んだ『Meter Runs EP』では、ダブやハウスをベースにしたダンス・ミュージックで、官能的、かつ神々しい、独特のファルセットを披露している。おもしろい立ち位置の人だ。
T H O M A S らのシーンとつながりがあるかは不明だが、トロントの4人組、アンボタンドも、ダウンテンポなブルー・アイド・ソウルを志向するバンドだ。この界隈ではバンド形態というのは珍しいが、まっとうなソウル・バラードからエレクトロニックなディスコ・チューン、ザ・ウィークエンド風アンビエントR&Bまで、男女ヴォーカルを中心に雰囲気たっぷりに 聞かせ、おもしろい。T H O M A S といい、このアンバトンドといい、トロントでは、ドレイク~ザ・ウィークエンドの流れと、アヴァン・フォーク/ジャズ・シーンの、ちょうどあいだに位置するような人たちが出てきているっぽい。
続く...
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