2025-09-04

「褒め師」をやっていた

もう十年以上前の話だ。

俺は「褒め師」というちょっと変わったバイトをやっていたことがある。

当時はまだ地雷メイクという言葉はなかった。

ゴスロリビジュアル系は一部の界隈では受け入れられていたが、世間的にはまだ珍しい存在だったと思う。

俺が参加したのは知り合いの知り合いから紹介されたバイトで、仕事の内容は至ってシンプルだった。

女の子を男数名でひたすら褒める。本当にただそれだけだった。

対象なる子は俺と同世代で、二十歳前後に見えた。ゴスロリドレスに身を包んでいて、今でいう地雷メイクをしていた。

だが見た目として、普通に可愛い子に見えた。事情としては自分に自信が持てなくて、だから「褒められること」を欲していたらしい。

撮影スタジオに入ると、彼女カメラの前でポーズを取る。

俺たち褒め師は周りでかわいい!や可愛すぎ!最高!と声をかけ続ける。

最初は正直かなり戸惑った。知らない者同士が並ぶ中、誰が最初に声を出すか探り合いになっていたのだ。

沈黙が気まずく、誰か一人が掛け声を出すまでの間が妙に長かった。

そんなある日のことだった。撮影が終わると責任者の人が「この後みんな飲みに行こうか」と誘ってくれた。

これがきっかけだった。俺たち褒め師たちは全員とも年齢が近く、大学生だと知ったのもこの時だった。

俺たちは大学学部も違っていて、工学部ロボット研究しているやつもいれば、文学部フランス詩を勉強しているやつもいた。

普段なら絶対に交わらないようなメンバーだった。

一緒に褒めるという不思議行為を共有するうちに、奇妙な連帯感が生まれた。

バイトを重ねるごとに掛け声は揃い、リズムも出てきて、一種グルーヴ感さえあった。

時にはオタ芸っぽい踊りを混ぜたりした。彼女最初こそ驚いた顔を見せたが、すぐに破顔し、柔らかい笑みを見せた。

「なにそれ」と言って肩を揺らす彼女を見て、俺たちも一緒に笑った。

あの時の一体感は、バイト範疇を超えた青春だった。

褒め続けていくうちに、彼女はどんどん可愛くなっていった。

最初は緊張して固い表情だったのが、撮影を重ねるごとに柔らかくなり、笑顔自然に出るようになった。

やっぱり自信がつくと人は変わるんだろう。女性特に

自分に自信を持てたときに一番綺麗になるというが、それを目の前で体験した気がした。

バイトは三ヶ月ほどで終わった。最後撮影が終わった後、彼女が「お礼を言いたい」と俺たちを呼んだ。

彼女ゆっくりと深くお辞儀をして、顔を上げると、今までで一番の笑顔を見せた。

「おかげで自信がつきました」

そのとき笑顔を、今でもたまに夢に見る。

あのときの俺は、彼女のことが好きだったのかもしれない。

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