発達特性のある人は、一般的に「頭脳労働」に向いている一方で、単調なルーティン作業や強い身体的負荷を伴う仕事には大きな苦痛を感じやすい傾向がある。これは怠けや甘えではなく、脳の特性として注意の向き方や疲労の溜まり方が根本的に異なるからだ。抽象的な思考、問題の構造化、創造的な発想、情報の分析や最適化などに強みを持つ一方で、同じ作業を長時間繰り返すことや、体力勝負の現場ではパフォーマンスが著しく落ちてしまう。
一方で、定型発達の人は、必ずしも全員がそうではないにせよ、一定の体力を前提とした肉体労働や、決められた手順を安定してこなす作業に比較的適応しやすい人が多い。毎日同じ時間に出勤し、同じ工程をミスなく繰り返し、チームで連携しながら身体を動かす仕事は、社会の基盤を支えるうえで欠かせない。しかし現代社会では、そうした仕事の価値が過小評価されがちで、賃金や社会的評価が釣り合っていない場面も多い。
これからの社会を考えたとき、すべての人に同じ働き方を求めるのは明らかに無理がある。発達特性のある人に肉体労働や過度なルーティン作業を押し付ければ、心身を壊す人が増えるだけだし、逆に定型の人全員を高度な頭脳労働に適応させようとしても、社会はうまく回らない。それぞれの特性に合った役割分担を前提にしなければ、持続可能な社会にはならない。
つまり、発達は頭を使う仕事で能力を発揮し、定型の人には肉体労働や現場を支える役割を正当に評価し、きちんと報いる。その前提があって初めて、社会全体のバランスは取れる。向き不向きを無視した「平等」ではなく、特性を前提にした「公平」こそが、これからの社会に本当に必要な考え方だと思う🌱