SNS上では、時に「正義」の名の下に、当事者の置き去りにした議論が加速することがあります。
現在注目を集めているマンガワン・小学館の事件を巡り、成人済み腐女子を名乗るMさんが行っている発言は、その典型的な危うさを孕んでいます。
彼女は「被害者に寄り添っている」というスタンスを崩しませんが、その実態はどうでしょうか。
当事者の意思を軽視し、自分の正義感を押し付ける「独りよがりな支配」になっているのではないでしょうか。
2026年3月、マンガワン・小学館を巡る性加害事件の判決を受け、被害者(原告)本人が極めて冷静かつ切実な声明を発表しました。
しかし、この声明を巡り、SNSでは「被害者の代わりに怒る」代弁者気取りの正義厨の人々による、本人不在の議論が巻き起こっています。
特に、M氏の一連の発言は、一見すると被害者を擁護しているようでいて、その実は被害者の主体性を根底から否定するものでした。
まず、被害者本人が弁護士を通じて発表した声明の内容を正しく振り返りましょう。彼女は以下の点を明確に述べています。
小学館への感情: 強い怒りや恨みはなく、むしろ良い作品を世に出してほしいと願っている。
炎上の拒絶: 小学館や雑誌への過度な批判、炎上は望んでいない。
メディアへの訂正: 文春記事の「許せない」という見出しは本意ではなく、実際は「やるせない」と語ったのみ。
最大の願い: 自分の意思を勝手に解釈し、代弁者として正義を振るうのをやめてほしい。
大事なのは被害者は、自分が「怒り狂う被害者」としてネット民に消費されることを明確に拒んでいるのです。例え善意であってもです。
これに対し、M氏は被害者の声明をどう受け止めたのでしょうか。彼女の主張は驚くべきものでした。
> 「被害者の態度は虐待被害者特有の『認知の歪み』である」
> 「本来は怒り狂うべきなのに、それを抑えて謝罪するのは異常だ」
このように、普段より妄想と被害者意識の逞しい腐女子である彼女は、心理学的な用語を武器に、被害者の本心を「病的な反応」として処理しました。これは極めて危険な態度です。
被害者が自らの意志で「これ以上の争いは望まない」「前向きに活動してほしい」と言っているにもかかわらず、それを「認知が歪んでいるから、本心では分かっていないのだ」と決めつける。これは、被害者から「自分の感情を定義する権利」を奪う行為です。
M氏は、自分を「被害者の寛容さに甘えない、厳格で正しい大人」だと位置づけています。
しかし、その構図を整理すると、彼女の「寄り添い」がいかに独善的かが浮き彫りになります。
| 項目 | 被害者本人の意思 | ムラサキアジサイ氏の解釈 |
| 小学館への態度 | 良い作品を期待し、協力したい | 謝罪など論外。怒るべき。 |
| 社会の反応 | 炎上させてほしくない | 批判の手を緩めるのは甘え。 |
| 自身の発信 | 私の声を勝手に代弁しないで | 私は正しい。この歪みを指摘し続ける。 |
彼女が行っているのは「寄り添い」ではありません。
「自分が納得できる『理想の被害者像』への強制」でしかありません。
自分の正義感を行使するために、被害者を「正常な判断ができない弱者」に仕立て上げ、その声を封殺しているのです。
この独善的な振る舞いに対し、あおいとしき氏などが「素人が強く表明すべき内容ではない」「配慮が必要だ」とたしなめましたが、彼女の反応は極めて自己防衛的でした。
・ 「私は正しい」という信念を一切曲げない。
・「拡散される意図はなかった」と、影響力に対する責任を回避する。
・批判に対して「理解しましたが、私は否定し続けま)」という、対話を拒絶した形式的な返答。
他者の視点を取り入れ、自分の過ちを省みる柔軟さが欠如しているこの態度は、社会的に見れば非常に「幼稚」であると言わざるを得ません。
「被害者のため」と言いながら、実際には「自分の正義に酔っている自分」を守ることに終始しているからです。
M氏のような「暴走する正義」は、結果として被害者をさらに孤独にします。
本人が「やめてほしい」と言っている行為を、「あなたのためだから」と強行することは、加害者が行った心理的支配と構造的に何ら変わりません。
私たちは、彼女のこうした「専門用語を悪用した当事者軽視」に騙されてはなりません。真の寄り添いとは、相手の言葉をそのまま受け止め、その主体性を尊重することから始まります。たとえ納得できなかったとしても、自分が望む言葉を言わなかったからと言って認知の歪みだと言ってしまうような人を
「これが被害者に寄り添った態度だ」と持ち上げる人たちは、現実は腐女子の妄想とは違うことをまず認識すべきでしょう。世界は腐女子のイデオロギーでは動いていません。
M氏の発言は極めて幼稚なものと言わざるを得ませんが、本人は大人として発言しているつもりだそうなのでかなり救いがないですね。
「私は正しい」という鎧を脱ぎましょう。
そして当事者の静かな声に耳を傾ける。