超弦理論では、この宇宙は非常に繊細な物理定数のバランスの上に成り立っていると考えられます。
ほんのわずかでも値が違えば、星も、生命も存在できなかった可能性がある。いわゆる奇跡的なfine-tuningです。
一方、創世記では
トーラーは物理理論を教える書物ではありません。しかし、ラビ的思想では、自然界の秩序そのものが神の知恵の現れと考えます。
つまり、宇宙の精妙さや法則性は神の作品であるという見方です。
ミドラーシュ(創世記ラバ9章)では、「とても良い」とは死や困難すら含む、と説明します。なぜなら、それらも最終的には神の計画の一部だからです。
その全体像が「とても良い」なのです。
もし宇宙が極めて精妙な条件のもとに存在しているなら、それはトーラー的世界観では矛盾しないと思われます。
宇宙の構造が精妙であることは、舞台が整えられていることを示す。しかし、その舞台でどう生きるかは人間に委ねられている。
奇跡とは自然法則の破れではなく、自然法則そのものが神の知恵であると見ることが多いです(ランバンの見解)。
だから、
この二つは競合ではなく、層が違うのです。
もし宇宙が奇跡的なバランスで存在しているなら、それは「とても良い」と宣言できるほど整えられている、という考えと響き合います。