1. はじめに
さまざまな騒音振動解析を行う場合、問題の物理的な基礎をとらえ定式化を行い、数値解析を行うことは有効であると考えられる。 そこで今回はレールの振動解析を題材に数値解析ならびに実験的な検証の試みを紹介したい。 なお基本的な解析ソフトならびに分析ソフトは自社製の物を用いた。そのため数値解析の精度や妥当性を検討するために解析解、 実験結果を用いた精度の検証を行いつつ解析ソフトを開発してきた。
車両がレールを走る輸送形態は古くは鉱山の資源輸送のトロッコから始まったといわれている。 これは木製のレールをガイドウェイとして鉱石を運搬するもので中世のヨーロッパで用いられていた。 1830年に蒸気機関を動力とした鉄道による営業線がイギリスで開業した。一方日本でも1872年には新橋-横浜間、 1874年には大阪-神戸間の鉄道営業運転が開業した。このように鉄道による輸送はかなり長い歴史をもっている。 現在営業線において、東北新幹線においては最高速度275km/h、山陽新幹線においては300km/hにも達している。 およそ200年程の間に鉄道技術は進歩し続けてきた。
最近においては踏み切り等を減らすために地下や高架などの敷設方法が多くとられるようになった。 また日本などでは土地が狭いため、一般住居に近接して鉄道が走行する区間も多くある。これらの敷設事情や新幹線等で代表される高速走行による運行状況下において、 騒音や振動などの環境問題の解決が営業を行なうことの課題となっている。 そこで騒音低減の試みとしてレールから発生する音の原因となる振動に焦点を絞って数値解析を行なった結果の報告を行なう。
レールの形状は断面2次モーメントの値を大きくする形状が望まれるため、H形鋼に似た形となっている。 レールの形状を図1に示す。この形状を示したものは新幹線などで使われる60kgレールである。(1mあたり60kg)レールの部位は上から頭頂部、 頭部、腹部,底部とよばれる。
レールを車輪が移動することによる騒音は転動音とよばれ、鉄道騒音の一要素となっている。 転動音の発生メカニズムは以下のとおりである。レールと車輪の微小な凹凸が、車輪移動による加振力を生じさせ、 それによりレールと車輪が振動する。それら振動によりレールと車輪の表面が法線速度を持つことで音が放射される。
今回レールの振動について上下、左右とねじれの振動を考慮したTimoshenko 梁理論を基礎とした物理モデルを提案して解析を行なった。 物理モデルから連立微分方程式を求め、それから時間領域差分法による数値計算を行なった。実測値との検証も行ない比較的良好な位置が見られた。
2. 差分法による振動解析
2.1 物理モデル
レール振動の数値予測計算方法ならびに解析結果についての説明を行なう。 レールの断面積はおよそ0.007m2で一方長手方向は普通のレールでも25mロングレールにおいては1km以上に及ぶので縦横比の違いが大きい。 そこでTimoshenko梁理論を応用した1次元モデルを考え解析を行なった。またレールはまくら木位置に設置されている締結装置によって一定のばね定数で支えられている。 その締結装置は一般的に軌道パッドというゴムを用いてレールを支える構造となっているために単にばね定数だけではなく減衰定数の影響も考慮する必要がある。 また車輪の移動による移動荷重加振力も考慮できるようにする必要がある。そこで時間領域解析が可能な物理モデルを考えることにした。 座標系としてレール断面の水平方向をx座標、垂直方向をy座標、レール長手方向をz座標とした。素材の粘弾性、締結装置のばね定数ならびに減衰定数、 流体力学的な減衰等の影響を考慮できるようなレール振動物理モデルを考えるために以下のパラメータを導入した。
図-1 レールの形状と振動モード
これらのパラメータならびに変数を用いてレール振動の微分方程式をTimoshenko 梁の拡張モデルを用いて考えた。
--- (1)
--- (2)
--- (3)
--- (4)
--- (5)
(1)(2) の式は水平方向の振動モード、(3)(4) の式は垂直方向の振動モード、(5) の式がねじれ振動モードの方程式となる。 これらの連立微分方程式を数値的に解くことで振動の挙動を求めることにした。
これらの方程式に現れる定数のうち粘弾性と流体力学的損失係数については文献[3]の木琴の振動解析で用いた量を参考にして与えた。 一般的なレールの形状に関するパラメータを示すことにする。
形状 | 60Kg | 50N |
断面積(m2) | 7.77×10-3 | 6.41×10-3 |
重心の高さ(m) | 0.078 | 0.071 |
剪断中心の位置(m) 重心からの高さ |
-0.037 | -0.028 |
断面2次モーメント x方向(m4) |
5.18×10-6 | 3.31×10-6 |
断面2次モーメント y方向(m4) |
3.11×10-5 | 1.94×10-5 |
ねじれ定数((m4) | 2.20×10-6 | 1.64×10-6 |
高さ(m) | 0.174 | 0.153 |
底部幅(m) | 0.145 | 0.127 |
剪断係数 x方向 | 0.84 | 0.88 |
剪断係数 y方向 | 0.43 | 0.42 |
表2に計算で用いた物質定数を示した。
レールの密度(kg/m3) | 7700 |
レールのヤング率(N/m2) | 2.1×1011 |
レールのポアソン比 | 0.3 |
粘弾性による減衰パラメータ(sec) | 2.0×10-8 |
流体力学的減衰パラメータ(sec) | γ1=γ2=40.0 γ3=20.0 |
2.2 数値計算方法
前節で導出した微分方程式を数値的に解く方法を紹介する。移動荷重による加振等に対応できるように、 また過渡的な現象を直接捉えられるように、1次元時間領域差分法による解析を行なった。
前節の微分方程式は5本の連立偏微分方程式で変位u,vに関しては実質的に空間4階微分で時間2階微分の偏微分方程式となる。 空間微分の階数が高いので解法の数値的安定性を確保が必要となる。そこで陰解法 (次の時間ステップの状態の空間微分を用いて時間発展を計算)を用いて解析を行なったので、 連立1次方程式を解く必要となった。今回の問題では数100メートルのロングレールの解析においては数10万元程度の未知数を各時間ステップで求める必要がある。 係数行列が対角要素の上下に6コずつ非ゼロ成分をもつ帯行列となるのでCG法などの反復解法ではなくバンドマトリックスに対する直接解法を用いて連立1次方程式を解くこととした。
数値解析での加振条件としては衝撃加振実験によるものと、実車走行時の移動加重によるものについて計算を行なった。 以上のような系において時間領域数値シミュレーションを行なう場合、時間と空間の差分ステップ間隔を設定する必要がある。 弾性波やTimoshenko梁の横波の伝搬速度や固体接触の理論をもとに見積もった衝突時間等を考慮して数値計算での時間差分ステップを定めた。 数値計算に用いた時間、空間差分パラメータを表3にまとめた。
表-3 時間、空間差分パラメータ
締結装置間隔(mm) | 625 |
締結装置の幅(m) | 0.18 |
計算メッシュ間隔(mm) | 衝撃加振 12.5 移動荷重加振 25 |
計算時間ステップ(msec) | 衝撃加振時 1/441 移動荷重加振時 2/441 |
2.3 数値計算の結果と実測値の比較
今回の数値解析において衝撃加振実験時の測定値と数値計算の比較と実車走行時の測定値と数値計算の比較を行なうことにした。
a) 衝撃加振実験時の測定値と数値計算の比較
最初に試験レールを質量500gのステンレス剛球で衝撃加振をしたときの振動応答の実測値と数値計算の結果の比較を行なった。
試験レールの長さ10mであった。振り子の原理を応用して同一条件での加振できるように実験を行なった。 数値計算ではHertzの固体接触理論を用いて衝突時間、衝撃力の設定した。
実験装置の写真を図2に示す。
図-2 衝撃加振実験現場写真
最初に時間波形の比較を行なった。最初に加振実験のデータを示す。
図-3 加振実験時振動加速度波形
次に数値計算のデータを示す。
図-4 加振実験時振動加速度波形
類似した時間波形が得られることがわかる。
次に1/3オクターブバンドでの周波数特性の比較を行なった。
図-5 振動加速度1/3オクターブバンド周波数分析
周波数特性の傾向は2kHz位までは比較的良く一致することがわかる。
b) 実車走行時の測定値と数値計算の比較
実車走行時の測定値と数値計算による振動加速度と変位の時間波形比較を行なった。 実車走行時の実測値は在来線ロングレール直線区間において、列車走行時のレール底部振動加速度を振動ピックアップを用いて測定しAD変換の後PCに記録した。 変位は直流成分をカットした振動加速度を2回積分することで求めた。数値計算においては車輪の位置で移動加重とレール及び車輪の凹凸による加振を外力として与えた。 列車は10両編成として各車両ごとの重量ならびに乗客数を仮定して、加振力と加振位置を設定した。 レールの長さは200mで列車走行速度は100km/hとして計算を行った。実測値と数値計算によるレール底部の振動加速度と変位について時間波形のグラフを示す。
図-6 レール底部振動 実測値
図-7 レール底部振動 数値計算
以上のように実車走行時においての数値計算、実測値について振動加速度、変位ともに良好な一致が見られることがわかる。 振動加速度においては絶対レベルについて数値計算によって妥当な値が得られている。また変位については、 車輪の位置で大きくたわむことも数値計算により再現されている。 このことから数値計算によってレール振動を予測することが振動騒音対策を考える場合に有効な手段となりうることがわかる。
3. まとめ
以上のように差分法数値解析による振動解析の紹介してきた。基礎方程式の導出法から数値計算方法についても説明を行なった。 数値計算のみではなく実測値との比較検討についても紹介を行なった。実験値と絶対レベルにおいても一致が良いことが確認された。
シミュレーション結果に基づく振動速度境界条件を用いた境界要素法解析によってレール放射音の数値的な解析が可能なことが示唆される。 そのことによりレール振動による騒音の低減を目的とした新しいレール形状や制振方法等の考案についてこれらの計算方法が応用されることが期待される。 このように基礎理論から数値モデルを作り解析を行う事は、振動騒音の分野において有効な解析手法であると考えられる。
参考文献
[1] 近藤恭平:"工学基礎 振動論" (1996) 培風館
[2] 平修二監修:"現代 弾性力学" (1975) オーム社
[3] A. Chaigne and V. Doutau: J. Aocust. Soc. Am. 101 (1997) 539